Chapter:1

 その州でもそれなりに古いダイナーの建物は、噂では西部開拓時代からの歴史を持つという。今はダイナーであるが、かつてはペンションにブティックに、軍の特殊基地だったという説もある。家主によってそのありようを変える建物は、そう広くない町でも、ある種のシンボルになっていた。




 歳は65、後退し始めた頭頂部を指摘するとへそを曲げる”偏屈”が、今の家主にしてダイナーの経営者だった。

 名をダグラスという。姓を知る者は、この町にはいない。




 この時間帯、客はいない。カウンターの向こうに腰かけ、マグカップに注いだインスタントのコーヒーを啜る。

 地方紙を開く。20ページほどを繰っても、愛用の葉巻の値上げ予告と、贔屓のラグビーチームの大敗以外にめぼしいニュースはなかった。

 舌打ちし、新聞を畳む。気の紛らわしに、ラジオのチューナーを合わせた。40年くらい前のジャズのヒットナンバーが流れ出した。ミュージックはこれでいい。箱入りの葉巻に手を伸ばす。


 しばし、曲と葉巻の味を楽しんだ。大して深みのあるものではないが、嗜好品にお金を掛けない主義のダグラスには丁度良かった。




 ラジオの曲が終わり、つまらないニュースが垂れ流される時刻になった。スイッチを切り、プレーヤーにレコードをセットする。

 イギリスだかどこかだかのバンドの歌だった。音質はお世辞にも良いとは言えなかったが、やはりダグラスに拘りはない。


 丸椅子に座り直そうと腰を落とした瞬間、ダイナーの表でエンジン音が轟いた。

 思わず「相棒」を掴みかけるが、その必要はなさそうだ。


 耳慣れた排気音と共に、71年式の白いダッジが、ダイナーの砂利を敷いた駐車場に滑り込んできた。相当に飛ばしてきたようで、太っちょの運転手は、顔中に汗の珠を浮かべていた。

「どうした、ヘンリー」

 息をつきながら、ほうぼうの体で店内へと入ってきたダッジの男―ヘンリー・カートライトに呼び掛ける。元から臆病で大袈裟で損をしがちな性格をしているが、様子が尋常ではない。葉巻を灰皿に押し付ける。

「追われてるんだよ、助けてくれ、ダグ!」

「追われてる?」

 誰にだ、と続ける前に、表でまたしても車が停まった。パトランプ付きの、フォードのセダンだ。

 中から、スーツと防弾ベストに身を包んだ男たちが降りてきた。何かをその手に持っている。


 ―おそらく、拳銃。




 今度こそ、「相棒」を抜く必要が出てきた。銃把を握る。ローディング・ゲートを開け、輪胴式弾倉シリンダーの中を覗く。

 


 スターム・ルガーが生み出した回転式拳銃リボルバーには、6発の.44マグナム弾が、確かに装填されていた。

 見かけは、コルトのシングルアクション・アーミーSAAによく似ている。違う点があるとすれば、弾薬だ。.45ロングコルト弾か.357マグナム弾が限界のSAAに対して、この銃…スーパーブラックホークは、初速毎秒390メートル、弾頭重量200グレインの強力な.44マグナムを撃つことが出来る。そして、SAAのフレームでは受け切れない.44マグナムの発射に耐えうるよう、各部パーツは強化されている。その分、反動もすさまじいが、ダグラスも手に負えない銃を持つほどの阿呆ではない。

 その銃を、乱暴にドアを蹴り開けた闖入者どもに突きつける。撃鉄はハーフコックで、撃つつもりはない。

 あくまで、”脅し”だ。


 闖入者どもはそれを解っているのか、自動拳銃を構えたまま足音も立てずに店内に位置どった。H&Kヘッケラー・ウント・コッホの―9ミリか45口径か、それとも40口径かは不明。銃口にネジが切ってあるうえ、バレルの下部にLEDのタクティカルライトらしきものまで見受けられる。リーダー格らしき先頭の男から入口を見張る最後尾まで、同じ銃を持っている。


 ―ただの警官にしては、動きにも装備にも無駄と隙がなさすぎる。連邦捜査局か、あるいは情報局か?

「突然に失礼。失礼ついでに、銃をおろして頂けるかな?」

 リーダー格の男が発した。声音はフラットだが、有無を言わせぬ言外の圧力を感じる。

「駄目だね。あんたたちはうちの敷地を踏み荒らしてるんだ。あのデブ――ヘンリーが何かをしでかしたってんなら別だが」

 店の隅でガタガタと震えるヘンリーを顎でしゃくる。非難がましい目線を向けられたが、知らない。


 リーダー格の男は、ふぅ、と息をついた。

「―彼は銀行の近くに停まっていた我々のパトカーを見るなり、車で逃げだした。ただの方向転換じゃない、180°ターンして、道を引き返していったんだ。やましいことがあるに違いないと睨んだ」

 銀行の近くに、どうしてこんな物々しい連中が?問いかけようとして、一つ思い当った。何日か前の新聞に、町の銀行金庫が強盗に襲われた、という記事が出ていた。


 拳銃の狙いを外す。おおよそ疑問は解決した。無駄だろうが、もう一つ質問をぶつけてみる。

「おたくらの所属は?」

「申し訳ないが、その質問には答えかねる」

 予想通りの返答。だが、動きを見るに警察を装ったギャングではないだろう。ブラックホークをカウンターの上に置く。

「貴方は―」

「ダグラス」

「…ミスター・ダグラス。その男―ヘンリーとはどういう関係だ?」

「共犯だ、とでも言えばいいのか?あんたらの目的は知らんが、あいつと俺はただのダチだ。あいつのことはよく知ってる、誓ってもいい、金庫破りなんざできっこないさ。そんなに肝は座ってない」

 ヘンリーの目線がいっそう険しく突き刺さる。が、気にしない。

「…彼が3日前の深夜、どこで何をしていたか、証明できる人間は」

「いないね。奴は独り身だ」

「…ヘンリー、君に訊ねよう―君はなぜ、我々を見て逃げ出した?」

 ヘンリーの強盗容疑は、別方面から攻められるらしい。

「う…ええっとその、た、逮捕されるんじゃないかと思ったからさ」

「どうして?」

「あそこはいつも俺が通る道なんだ、そう、いつも…家から仕事場に行くときに。俺は時計職人でよ、家は狭くって工房になんざできやしない…だから別に建物たてもんを借りて、そこで時計を直してるんだ…あんななとこ、俺ぐらいしか毎日通らない…だから、俺を捕まえに来たんじゃないかって、怖くなっちまって…俺は浅学バカだから、法律なんか知らねえし、自分でも判んねえうちに、一線を越えちまってるかも…でもよ、そんでも駄目なもんは駄目だって…分かってるよ、でも、あんなとこにパトカーを停められちゃ、俺がなんかしたかなって、思っちまうんだよ…」

 そこまでしゃべり終え、ヘンリーはガクリと項垂うなだれた。まるで自供後の犯人だ。


「……解った」

 リーダー格の男が、左腕をゆっくりと上下に振った。それが合図らしく、残りのお仲間たちがH&Kの拳銃をホルスターに仕舞った。男自身も、手持ちの銃にセーフティを掛ける。

「ヘンリー、君はどうやら強盗犯人ではないらしい。我々とのでいくつか違反をやっているが、それは見逃そう。それと―」

 男の顔つきが、にわかに鋭くなった。

「―もし強盗の件で何か思い当たることがあったら、気軽に警察に情報を提供して頂きたい。犯人は依然逃走中で、目撃情報も数えるほどしかなく、そのどれもが決め手に欠けるものだ。我々は一刻も早く、市民の不安を取り除きたいと思っている…そのために、捜査にもできる限り協力してほしい」










「手前のケツくらい手前で拭け、この

「悪かったよ!」

 ダッジのエンジン音が遠ざかっていくのを聞きながら、ダグラスは2本目の葉巻に火をつけた。止めていたレコードを回す。紫煙をくゆらせながら、長い溜め息を吐いた。

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