第4話『イマジンブレイカー』
「俺はDクラスの緑橋翔、この戦争の原因でもある人間だ。」
翔は大きな声で宣言した。
「そして、この勝負に賭けるのは俺と代表である堀越の全ポイント、そしてお前たちに賭けてもらうのはお前、川北の全ポイントだ。」
さあ、この戦争もいよいよ大詰めを迎える。といったところで翔の耳から声が聞こえた。
「おにい…相手、余裕な顔をしている。」
「ああ…だからさ、あえてイカサマを知らないという雰囲気を出している。後、ここからは兄ちゃんの戦いだから黙ってみていてくれ。」
「了解。」
そんな兄妹の会話は周囲に聞こえることなく、Cクラスの川北がゆっくりと翔に近づいた。
「お前…翔といったな。そんな大一番にお前が出てくるのは不本意だな。」
「ハッ…お前たちのクラスがなんかしっかのイカサマをしているのは分かっているんだぜ。お前もバラされたくないだろう。ここは勝負に乗るべきだと思うけどなぁ…」
翔は先ほど以上のゲスの顔をしてなめてかかってきた相手を見下した。
「イカサマと分かっていて敵地に乗り込んでくるか?普通。お前、よほどのバカなのか?」
「さあな、ただ、お前も少しは危機を感じた方がいいんじゃないのか?」
「どういうことだ?」
「お前も頭が分かってないな。いいか、イカサマをしていると知っている敵が乗り込んできたということはそれほどお前に勝つ自信があるということだととらえてくれるのが普通だがな?」
翔がそう言うと川北は後ずさりした。だが、翔はこの行動でイカサマをしていることの確証を持った。
「い、いいだろう。その言葉がどれくらいの意味を持っているのか、楽しみだ。」
「ああ…だが言っておくぞ。俺はゲームなら負けないからな。」
そして、翔と川北の一対一のオセロが始まった。
「先手はくれてやる。早く始めようぜ。」
川北の言葉に翔は疑いを感じた。オセロにおいて基本的に先手後手の圧倒的有利不利は無いものの先手の特権は慣れた展開に持ち込みやすい。だから理論上は先手が有利なのだ。しかし、川北はそれを分かっていて言っているのだろう。なぜ…と、しかし翔は動じることなく手盤を進める。
「俺が黒か…じゃあ、ここで。」
「なるほど。じゃあ、こっちはここにしよう。」
そして、ゲームが始まった。
◆
遅れて教室に入ってきた堀越は教室に異様な空気と匂いを感じながら、自分の目の前で行っていることの光景に目を疑った。あの、寸前まで堀越を救い、なおかつゲームなら負けないと言い張っていた翔が逆に追い詰められているのだ。
「翔くん…」
その声に翔は初めて堀越の方を向いた。
「堀越…」
翔はそれ以上は何も言うなと言いたげな声を上げた。
「どうしたのかな?勝負が始まる前までの意気込みはどこに行ったのか…」
--くそっ…まさかこいつがここまでのイカサマをしていると思わなかった。このままじゃ、負ける。
実際、これまで翔がゲーム相手として経験してきたイカサマは多々ある、だが、オセロはイカサマのできる手段が限られている。それは相手の盤面を自分の盤面に置き換えることだ。またの名を『選手洗脳』翔はこれにかかっていた。いくら翔がオセロの手盤、10の28乗をすべて暗記していても相手の思うつぼになるだけだ。
焦ると手がずれる。落ち着け、今のこの状況では俺が勝っているのか負けているのかすらわからない。だが、落ち着けと言っているとかえって焦る。なら、目を閉じてゲームをするか。
翔は絶望的状況にいた。ゲームは翔が入って来た時から始まっていたのだ。オセロの盤面を見たときから翔は洗脳にかかっていた。と言えるだろう。それほど翔は追い詰められていたのだ。
「おにい…」
愛が心配そうに翔に呼びかけるが翔からの応答はない。それもそうだ、翔は何も考えられることができない状態なのだから…
「翔くん…」
堀越が心配そうに見たとき、翔は何か策を思いついたのかニヤッと笑った。
--そうか…こうすればいいんだ。
翔は川北に向かって笑い始めた。それもCクラスの全体に響き渡るように…
「いやー、参った参った。あんた強いな。流石Cクラスの代表だ。」
--なんだこいつ…目の前に見える敗北の影響でおかしくなってしまったか?
「はっはっはっはー」
川北はこの時から翔の事をバカにしていた。目の前でおかしな奴がいるんだから。
しかし、翔はこれで良かったのだ。翔自身が乱れることで相手の集中力を下げることができるからだ。
「おい、見てくれよ堀越、俺、あんだけ勝てるとか言っておきながら負けているぜ。はっはっは。あーおかしい…」
さすがに翔がおかしくなったことを見かねたのか川北が翔に話しかけようとした。
「おい…」
その瞬間、翔はこれを狙っていたかのように笑みを消し、今度はあざ笑うかのようによってきたか川北に向けて言った。
「さてと、それじゃ、これで俺の勝ちな。」
--は?
翔はそういい、いまだに確信が持てていない川北に向けて今度はさげすむような表情で言った。
「ほら、よく見ろよ。俺の黒色が33個、お前の白色が31個、お前のターンだが置ける場所はどこにもない。どう考えても俺の勝ちだ。」
「待てよ、盤面は白色の方が多いんだ。俺の方が勝っているに決まっているだろう。」
今の盤面は間違いなく白色の方が黒より多い。しかし、翔は表情を戻し、探偵のようにイカサマの解説を始めた。
「はぁ…お前たちは何もわかっていないな…。それじゃ謎解きの時間だ。堀越、俺が質問をするから答えられるだけ答えて。」
堀越は急に自分が当てられたのでびっくりしたが、返答をした。
「分かったわ。」
翔はゆっくりと一周し、質問を始めた。
「一つ、なぜ、この空間は窓やドアが閉められている?」
「それは…周囲に戦いを見れないようにするため?」
「いいや?不正解だ。なぜならすでにこの開戦は生徒会によって全校中にモニターされている。そうだろ?」
翔は生徒会役員に聞いた。
「ええ、あなたのおっしゃったとおり、この開戦は開幕から最後まで録画されております。」
「なら、質問を変える。二つ、なぜ、この教室に入ってきたときに異様なにおいがある?」
「それは…クラスの問題じゃないのかしら。」
堀越の回答に翔はうんうんと頷き、
「なら、今度は川北に聞こう、なぜだ?」
「それは…教えられない。」
その言葉で翔はケータイを取り出した。
「では、正解は?」
「洗脳のイカサマをするため…」
その声は川北でも、堀越でも、ましてや生徒会の物でもない。
「そういうことだ。よく分かったな。愛。」
「おにい…このくらいの問題は楽勝。」
妹の愛であった。
「だ…誰だそいつは?」
川北は突然の乱入者に驚いた。当たり前の反応といえばそうなんだが…
「俺の妹の愛。正確にイカサマを破ったのは俺じゃなくてこいつだ。」
「ぶい」
いつから通話をビデオにしておいたのだろうか。愛が長くなった黒髪を束ね、ブイサインをしている。
「この異様な匂いにそもそも気づかない方がおかしい。俺も最初に来た時にすでに感じ取っていた。だが、あえてそれに関して質問をすることは無かった。それがここのクラスのイカサマと分かっていたからだ。では、質問です。『なぜ相手は格下である俺たちに対してイカサマをする必要があった?』」
「答えは…簡単。Cクラスが弱いから…」
愛がそう言うと川北はさすがにキレたのかダンダンと足踏みをした。
「さっきから黙って聞いていればっ!お前は一体何なんだ。人の勝負にケチをつけるような形をして!」
「それが…貴方の弱いところ。」
「うぐっっ…」
愛が曇りのない瞳で川北を睨みつけた。
「そう…そこがお前の弱いところだ。短気、怒りっぽい、人の話を最後まで聞かない。」
「自分勝手、融通が利かない。」
天才ゲーマー兄妹にここまで言われてしまうと川北は何も答えることができない。それほどこっぱみじんにされたのだ。もはや、川北に反論を言う労力はない。
「だが、まだ答え合わせは終わっていない。このままだと俺が負けた状態になる。生徒会、そこの窓を開けてくれないだろうか。」
翔が申し出ると、生徒会はこくりと頷き、密閉された空間を壊した。
「これがイカサマの正体だ。」
すると、どうだろう。白色で埋まっていた盤面が少しづつ、黒色に代わっていくではないか。
「これは…」
堀越は変わり果てた盤面をみてゴクリと息をのんだ。
「さてさてさーて、あっという間に白色の景色が一転、黒色に変わってしまいました。これは一体どういう事かなぁ?」
何も答えないCクラスの代表と驚いて声も出ないDクラスの代表を前にして翔は生徒会に勝利の宣言をした。
「今ここに、我らDクラスの緑橋翔がCクラスの大将を討ち取った事を宣言する。」
こくこくと愛が頷き、それを肯定した。
「今回の戦争でCクラスは洗脳というイカサマを、それに対してDクラスは第三者の協力というそれぞれイカサマを使い、相手を翻弄しました。よってここにDクラスの勝利を決定します。」
生徒会がそう言い、翔は堀越の方へと向かい、手を挙げた。
「これでいいんだろ?お前がやりたいことって。」
堀越は涙を浮かべて挙げた翔の手に自分の手を重ね、ハイタッチをした。
「ええ、本当にありがとう。」
「どういたしまして…」
翔は次に電話の主、愛に声をかけた。
「愛、ありがとうな。正直、お前がいなかったら勝てなかったよ。」
「いいよ。そんなことくらい、12時間イベントをやり続けるよりまし。」
愛がイカサマに気づいたのは一瞬の出来事が原因だった。それは堀越が教室へと来る前、愛はオセロの全勝利方式をすべて暗記している兄が負けることは無いと思っていた。でも、愛はそこに突っかかったのではなく相手の余裕さに注目した。そこで愛はすかさずビデオ通話に切り替えた。翔がそこまで考えていたのか知らないが翔のケータイはポケットの外に出ていた。
--なぜ?川北は完全におにいの方を見ていない。それどころかあの余裕っぷり、これは間違いなくイカサマをしている証拠。でも、その手順が分からない。
この2人のゲーマーはそれぞれの担当手段が違う。翔がやるのは相手の心を読むこと、盤面をすべて暗記し相手にミスをさせること。それに対して愛は相手のイカサマやチートを読むこと、それを兄に伝えること。いうなれば翔がプレイヤー、愛はサポーターという形になる。彼ら兄妹は二人で一人のゲーマーなのだ。
--そうか…洗脳だ。それならおにいがあんなに悩むことは無い。
そこまで愛が考えるのにかかった時間はたったの五分。しかし、その五分に80%の集中力を使った。
「おにい、洗脳。それならイカサマもバレない。」
ビデオモードから通話モードに切り替え、そう伝え、愛はふぅと息を吐き、通話を切ろうかと思ったがこれは不正アクセスをしているので次にかける時には対策をされる可能性がある。と考え、切らなかった。そして次の瞬間、堀越が入ってきた。
「あはは、あれはしんどかったね。とりあえず、今日はゆっくり休みな。」
翔がそう言うと愛はおやすみと一言いい、通話を切った。
ーーごくろうさん。
翔はケータイをしまい、倒れている川北に言った。
「さてと、それじゃあ賭けたものを渡してもらいましょうか。」
川北はうなだれたままか細い声で翔に言った。
「Cクラスの教室とDクラスの教室の設備を入れ替える。そしてDクラスに毎月500ポイントをCクラスから払う。」
「よろしい。ということなので生徒会、報告をお願いします。」
「かしこまりました。」
生徒会の人はそう言うと結果を会長へと報告をしにいった。
「一つだけ…聞いてもいいか?」
生徒会がいなくなった後、川北はうなだれながら翔に聞いた。
「なんだ?」
「お前は…何でこの学校に来た?」
川北の質問に翔はふむ…と言うと川北に背を向けて言った。
「別に…ただ俺は平穏に学園生活を送りたいだけだよ。」
そう言った翔の眼は何か遠いものを見るような眼をしていたのを堀越は覚えている。
「それじゃあ、行こうか。」
翔はそれだけ言うとCクラスの教室を出て行った。
「ごめんなさいね。あなたに慈悲はないの。」
堀越はそれだけ言って翔の後を追いかけた。
4
戦争終了と告げられDクラスの教室は翔と堀越が来るのを今か今かと待っていた。
そこに翔と堀越が入ってきた。
「大将…」
クラスメイトの一人が翔に結果を聞き出した。この時点ではまだ勝敗の決定はDクラスには告げられていない。翔が自分で言うと生徒会の人にいったからだ。
「ああ…ゲームには…」
そこで区切り、翔はクラスメイトの反応を見た。
--なるほど、そういうことか。
翔は何かを感じ取り、目を閉じ、そしてその何かを心の中で打ち消し目を開けた。
「我々の勝利だ!!!」
翔は右手をグッと突き上げ、勝利を報告した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
大歓声に包まれた翔たちはそのまま自分たちの机に座った。
「この流れで言うのアレだが、改めて自己紹介をしよう。俺の名前は緑橋翔、自宅で引きニートをしている妹を改心させるためにここに来た。以上。以後よろしく。」
翔はそのままのテンションで堀越の方に手をやった。
「ほら、次はあんたの番だ。」
堀越は一旦息を吸い込み、目をキリッとさせ自己紹介を始めた。
「私は堀越、堀越小雪よ。あなた達の事はただのクラスメイトだと思っているわ。だから仲良くしてもいいししなくてもいい。それは任せるわ。」
堀越は相変わらずのツンツンした態度を取っていたが翔を含めたクラスメイトは笑顔をやめなかった。
「堀越さん、仲良くしよ。」
一人のクラスメイトに堀越は話しかけられた。
「あなたは?」
堀越が聞き返した、翔はその相手に見覚えはなかったがどこか、懐かしいことを感じ取った。
「私?私は花蓮、須藤花蓮よ。これからよろしくね。」
須藤花蓮といったその人物は髪はまるで異世界から来たかのように黄色をしていた。今更だが、俺の髪は黒色、堀越の髪も黒色だ。補足をすると愛は白色の髪の毛をしている。
「分かったわ。不本意だけど、これからよろしく。」
翔は盛り上がる教室の中でも、次の戦いについて備えていた。
次はBクラスだ。だが、今までの戦いから俺ができそうなことは目立つことではないはずだ。
翔はあくまでもチームの勝利を願っていた。あくまでもだ。
ようこそ戦争主義の学園へ 芳香サクト @03132205
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