モデル業も楽じゃない! 第5話
仕事の依頼も山場を過ぎ、ようやく暇な時間が訪れました。
あれだけ散々描き上げましたからね。
女神様もようやく『おやすみ』を下さったのでしょう。
なので今日は、ルーノさんと買い出しに出ようと思います。
「休みの日に男女でお店巡り……これはデートってやつですかね?」
私はこっそり期待しました。
なんだかんだ言って、親しい中の若者同士。
ちょっとくらい勢い付いて、間違いが起きてしまうかもしれません。
……なんて思ってたのですが。
「ルーノさん、約束通り買い物に行きますよ」
「ええー、面倒だし止めようよ」
「いいから! 最低限、晴れ着くらい買いましょうって!」
「いいよー、この服で僕は十分だからぁー」
子供のようにごねるルーノさん。
それを何とか引っ張り出しました。
あなたはイーゼルから離れられない呪いでもかけられてんですか?
まったくもう。
やってきたのは仕立屋さん。
社交界に出ても恥ずかしくない服を作ってもらう予定です。
以前は金欠だったから仕方ないにしても、今は結構稼いでしまってます。
なので今後は、貧乏を言い訳には出来ないのです。
「アリシアさーん。買い足したい絵の具があるんだけどさぁ」
「わかりました。画材屋も寄りますから、大人しくしててください」
「うう、早く終わんないかなぁ……」
担当のお姉さんに寸法計ってもらってる間もソワソワきょろきょろ。
ルーノさんの波の激しさには毎度驚かされます。
公爵様やら伯爵令嬢相手の方が余程緊張するでしょうに。
仕立屋さんは流石に手慣れたもので、すぐに作業を終えて見積もりの作業に入ってます。ルーノさんにはとても長く感じたんでしょうね、ちょっとグッタリしてますよ。
「せっかくの休みが……なんて日だろう」
「そんな落ち込まないでくださいよ。そんな事言うなら、どんな過ごし方が良かったんですか?」
「うーん。新しい色の開発とか」
「普段と変わんないじゃないですか。もっと目新しいことしましょうよ」
「うーん。じゃあ、絵しりとりとか?」
「え? しりとりですか?」
「知らないの? やろうやろう!」
ルーノさんが胸元から取りだしたるは紙と鉛筆。
あぁ、持ち歩いてるんですね。
少年と虫取り網くらい親和性あります。
この手の話となると急に元気になるんですね。
さっきまで『この世の果て』みたいな顔してたじゃないですか。
「しりとりのルールを守りながら、お互いに絵を描いていくのさ。例えば、人を描いたら、次はトンボとかね」
「へぇ。そんな遊びがあるんですね」
「じゃあいくよ。ちなみに何を書いたかは言っちゃダメたからね」
そう言ってルーノさんが貝を描きました。
さすがに本職は上手ですね。
じゃあ私は犬を、っと。
「ルーノさん、どうぞ?」
「ううん? んんーーッ?!」
「どうかしたんですか? 首がもげそうな程傾いてますが」
「……ごめん、これ何?」
初っぱなから失礼な。
持ち前の絵心で読み解いてくださいよ。
もうほんと、馴染みのある動物です。
「何って、犬ですけど」
「犬?! これが?」
「いや、大声止めてくださいよ。傷つく以前に恥ずかしいです」
「あ、ごめんね。あまりにも予想外すぎてさ」
「そうですかねぇ。奇をてらったつもりは無いんですけど」
「じゃあ何で足が10本くらい生えてるの?」
「それははしゃいでるからです。足をパタパタさせてるので」
「じゃあ、耳が左右六つあるのも……」
「ええ。それも耳をピコピコさせてるので」
そこでルーノさんはそっぽ向いて、頬をひと掻き。
きっと失礼な事を考えてますね。
「動きのある絵っていうのは、慣れた人がやるべきなんだ。最初のうちは止まっている絵を描いて、特徴を捉えられるようになってから……」
「ルーノさん。指導はありがたいですけど、私は別に画家になる気はありませんよ」
「そうかい? でもなぁ、これを放置するのはなぁ……」
「いいんです! ほら、見積もりができたみたいですよ!」
仕立屋さんが安定したスマイルで、こちらにやってきました。
騒がしい客を前にしてもブレませんね、ほんとプロですわ。
「詳細についてお話させてください。まずは上着の裏地についてですが……」
「あー、良いですよ。上手くやってください」
「それは、私どもにご一任くださるということでしょうか?」
「うん、ヘンテコにならなきゃ何でもいいからー」
「ルーノさん! そんないい加減な!」
「じゃあよろしくー。アリシアさん、画材屋いこッ」
逃げるようにしてルーノさんはお店を飛び出していきました。
そこまで服屋さんが苦手ですか?
まぁ、おしゃれな美男美女だらけで気後れはしますけど、それは過剰反応では?
ひとまず店員さんに頭を下げ、逃亡者の後を追いました。
画材屋さんは路地に少し入った所にあります。
ジメっとしてる感じが却って面白味を演出してるお店。
その中にルーノさんは既に入り込んでました。
本当に頭には絵の事しか詰まって無いのでしょうね。
「デートっぽくなんか、なりそうに無いですね」
実は出発前はちょっと期待してました。
ルーノさんが服を仕立てたあと、私も何か見繕ってもらったり、アクセサリー屋なんか覗いてみたり。
その後はゆっくりお茶しながら、これまでの日々を振り返ったり、夕暮れまで名所を散策してみたり。
そうしているうちに、ちょっとずつ良い雰囲気に……なんていう展開を。
もはや流れは別の方へ向かってます。
期待値は絶望的に低いでしょう。
今も私の事をそっちのけで絵具見てますもん。
「新緑の緑、夕焼けの朱、清流の水色、他はどうしようかなぁ……」
絵具にも細かく種類があるらしく、似たような色味がズラリ。
心得の無い私からすると、おんなじにしか映りません。
もちろん一緒に楽しむことなんかできず、店の入り口で置いてきぼりです。
ため息をつくこと数度の後、店の奥から声をかけられました。
「おやルーノさん。今日は美人なお嬢さんを連れているね、恋人かな?」
「店主さん、違います。彼女は仕事仲間ですよ」
定番のいじりを「ただの同僚」として流される事態。
その扱いは仕方ない事ですが、ここまでの流れからしてちょっと辛くなります。
「何にせよ、女性を待たせちゃいかんよ。少なくとも買い物においてはね。女性は待たせる側なのだから」
「アハハッ。そうですよねぇ。おっしゃる通りです」
あなたは店主の発言に乗っかる権利は無いと思います。
女性に苦労をかけられた人にのみ許された、自嘲混じりの皮肉なんですから。
ルーノさんはそんな自省などすることもなく、カウンターに商品を持っていきました。
「じゃあ、これとこれ、あとこれもください」
「おや、鉛筆は昨日買い込んでいなかったかね?」
「あぁ、これは別件ですんで」
「そうかい。まぁ詮索はせんよ」
そして画材の買い物が終わり、次はどこへ行こうかと考えていると……。
「じゃあ部屋に戻ろっか!」
「ハイ、そっすね」
最悪のケースです、帰る宣言。
デートに期待した私よ、現実を知って消え去るが良いです。
そうして、部屋の前の通路まで戻ってきました。
普段から陽の当たらない構造ですが、今ばかりは寒気がひどいです。
こうなったらふて寝に限りますね。
とっとと自室に戻ろうと早歩きになったところ……。
「アリシアさん、良かったら付き合ってくれない?」
ルーノさんは手招きしつつ、私を自分の部屋へ呼び寄せました。
行っても良いですがね、もう期待はしませんよ。
どうせ私は只の『仕事仲間』ですからね!
ルーノさんの部屋に入るなり、紙と鉛筆を渡され、そのまま椅子に座らされました。
目の前のテーブルにはリンゴがひとつ置かれています。
「さぁ、試しにデッサンしてみてよ。もし面白くなかったら止めてもいいけど、きっと楽しいからさ!」
「はぁ。まぁ、ちょっとくらいなら……」
わざわざ呼んだかと思えば、絵を描けなんて言われました。
絵しりとりの一件が余程気にかかったんでしょうか。
まぁ、暇だから付き合ってあげますがね。
ーーーー
ーー
りんご、リンゴ、林檎。
作りも単純だし、頭にイメージも湧きますが、描写となると大変なんですね。
曲線はもちろん、色の案配や光沢なんか、どう描けば良いかわからなくなります。
ルーノさんだったらアッサリ描き上げちゃうんでしょうけどね。
「ルーノさん、こういうのはどう描けばいいんです?」
「そうだなぁ、僕の意見は僕の考えでしかなくて、答えじゃないんだよ。アリシアさんが思うように描いてみると良いよ」
「私が思うように、ねぇ」
さっき思うように犬を描いてバカにされたんですけどね。
まぁそれは言うだけ野暮でしょう。
ひとまず目の前のリンゴを観察することにしました。
「うーん。光ってる所は薄く見えますよねぇ。周りの色を濃くすれば良いんですかねぇ」
「おお、良いじゃない。そうやって試行錯誤するのが楽しいんだよ!」
そういうルーノさんもイーゼルに向かって制作中です。
仕事は無くとも、何かしら描きたいものなんですね。
ーーしばらくして。
ようやく私はリンゴを描き終えました。
本当なら下書きだけで終わりにするつもりでしたが、ルーノさんが絵具まで持ち出したので、色付けも込みで。
出来映えはと言うと……まぁ、不格好なリンゴですね。
ちょっと歪んでるし、色は汚いし、少しも美味しそうには見えません。
素人の作品なんてこんなもんでしょう。
「ルーノさん、描けましたよ」
「うん。こっちも描き終えたよー」
「こっちも?」
そういえばルーノさんもせっせと作業してましたね。
いったい何を描いたのでしょう。
彼は嬉しそうに、私の目の前にキャンバスを置きました。
そこに描かれていたのは……。
「これ……私ですか?」
「そうだよ。真剣な雰囲気が良いでしょ?」
依頼品じゃないのに、凄く丁寧に描かれています。
色も細部までしっかりと。
「どこかで一枚プレゼントしようと思ってたんだぁ」
「これ、私に……ですか?」
「もちろん。いつものようにポーズとってるのも良いけど、普段の表情も凄く良いよね!」
宵闇の魔女、孤高の剣士、求められた作り笑い。
そんな架空の自分ではなく、本当の私を描いて貰えました。
今や売れっ子画家さんなので、一枚でも相当お高いはずなのに。
これが彼なりの親愛の情なんでしょうか。
「……嬉しいです。本当にもらっていいんですか?」
「もちろん! 出来れば売らずに飾ってもらえると嬉しいな」
「売りませんよ! 私は鬼畜ですか?!」
今日は散々な一日だなんて思ってましたが、今は喜びで一杯です。
そんな私をニコニコと眺めるルーノさん。
その視線がこそばゆくて、仕方がありませんでした。
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