モデル業も楽じゃない! 第4話


「あっ」

「あっ……」



いつものようにルーノさんの部屋に行こうとしたところ、彼の部屋の前に一人の女性がたってました。

どうやら良いところのお嬢さんらしく、お付きの人も従えてますね。

もしかして依頼主でしょうか?

ひとまず失礼の無いようにご挨拶をば……。



「こちらはルーノのアトリエとなっておりますが、ご依頼の方でしょうか?」

「あぁ、やはり先生のお部屋でしたのね? お返事がないので不安でしたの」



うおっ、眩しいスマイル!

一点の汚れもない箱入り娘の輝きだ!

暗い廊下に太陽が現れたかのようですよ。

……っと。

驚愕はさておき、ルーノさんを呼ばないと!



「はじめまして、私はルーノの……仕事仲間です。ちょっと中を見てきますね」



ーーバタン。

スルリと美女の前を通り、ルーノさんの部屋に入り込みました。

えっと、ルーノさんはどこかなー……。

なんて探す必要もありませんでした。



「ルーノさん、起きてください! お客様ですよ!」



床に毛布敷いて寝てますよ、この人。

なんで頑なにベッドを拒むんですかね。


ーーペシリッ。


額に一撃。

それで目覚めるのが最近のお決まりです。



「魔女様、絵の納期は明日です。もう少しおまちあそばせぇー」

「違いますって! お客さん待たせてるから起きてくださいよぉぉおお」



今日は頑固だな。

たぶん寝溜めの日なんですね。

でも今は緊急事態なんで頑張ってください!


カックンカックン揺れるルーノさんを椅子に座らせ、毛布を片付け、お茶の準備。

うん、こんなもんかな!

私は息を整えてから入り口のドアを開け、なるべく丁寧に言いました。



「お待たせしました。準備が整いましたので、どうぞこちらへ」

「突然の来訪に快く応じてくださって、ありがとうございます!」



ギェッ! まぶしっっ!!

あまりの輝きに消えちまうかと思いましたよ。

純朴な若いオナゴっていいもんっすなぁ。

あっはっは。



ーーーー

ーー



「ルーノ先生、私を描いていただけませんか? もちろん、お礼もご用意しておりますの」



ーードサリ。

依頼と共によく肥えた袋がテーブルに置かれました。

さすがに銀貨でしょうが、それでも相当な額だろうと予想できました。

美少女、柔和、純朴、金持ち。

今のところ私は全敗ですね、勝負する気すら失せますわ。



「ええと、閣下。私の絵を評価していただけるのは大変嬉しいのですが……」

「先生、閣下などと! ここには父も母もおりません。よろしければシエラとお呼びくださいませ」

「それではシエラ様。私は凡庸な人間です。そのような大金をいただくわけにはいきません」

「凡庸? まさか! このアトリエを目にしたものは誰一人そのような感想を抱かないでしょう。画材しかない部屋に住まわれてるのですから。気を休ませる花のひとつ有りませんもの!」



それ、同感です。

お金は結構貯まったのに使わないんですよね。

画材以外にはガタガタのテーブルに椅子、廃棄寸前のベッドくらいしか置いてません。



「先生は描くために生まれてきたお方。そうでしょう? 絵と共に起き、暮らし、そして眠る。それは余人に出来ることではありません、神より授かった才能です!」



いやこの人、ほんとに描く事しかしませんよ。

今や食事だって私が用意して、しかも食べさせてるんですから。

最近では大きな雛鳥だと思ってます。



「シエラ様。私はやはりお受けできません」

「そうですの。非常に残念ですわ。理由を御伺いしても?」

「私はあくまでも凡庸な男です。隣にいるアリシアさんの協力なしには、一筆なぞる事すらままなりません。どうかご依頼の件はご容赦ください」

「頑(かたくな)ですのね……良いですわ。先生のご不興を買ってしまう前に、引き下がる事としましょう」

「お聞き入れいただき、感謝致します」



というかルーノさん、こういう振る舞いもできるんですよね。

普段の姿からかけ離れすぎて別人です。


ーーアリシアさん、ごはんー。

ーーお風呂かぁ。まだ痒くないからいいよぉ。

ーー服を買えって? これまだ穴は空いてないよー。


私の知るルーノさんは結構破綻してます。

王都より前の生活はどうしてたんでしょうね?



「お暇が出来ましたら伯爵邸へお越しください。絵の事でも、それ以外でも、歓迎致しますわ」

「そうですか、では機会がありましたら是非」

「長々とお邪魔致しました。女神の慈愛をあなたに」

「慈愛をあなたに」



ーーパタリ。

高貴なる金髪純朴美少女が去っていきました。

伯爵令嬢かぁ……なんだか別世界の人って感じでしたねぇ。

雲上人ってやつでしょうか。

そんな人からの依頼を断るなんて、ちょっと意外です。



「ルーノさん、良かったんですか? 伯爵家のお抱え絵師なんて、もう一生安泰じゃないですか」



ルーノさんは答えません。

その反応のせいか、顔を見るのが躊躇われました。



「しかもあんな美人さんの話を蹴っちゃって。私が独身男だったら、そりゃあもう! 一心不乱にまっしぐらですよ?」



やはり返事はありません。

多少不可解ではありますが、断ってくれたことは嬉しかったです。

理由はどうあれ、伯爵令嬢よりも私をモデルに据え置いてくれたことが。



ーーポスン。

何やら重みが加わりました。

ルーノさんのつむじが良く見えます。

彼の頭が肩に乗せられているのです。

これは、真っ昼間からの情事?!



「ルーノさん? 急にどうしました?!」

「ねむいー、から寝るぅ」

「ちょっと! こんなタイミングで寝ないでくださいって!」

「うんうん、タイミングーーね」



あぁ、完全に夢の世界に行ってますよ。

いつ頃から睡魔に負けてたんですか?


まさか、交渉中に……てことは無いですよね?

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