モデル業も楽じゃない! 第3話



公爵邸。

ただ今、その大広間は賑わっていた。

数々の料理が用意され、歓談する身なりの良い貴婦人たち、会話術で牽制し合う領主の面々。

本日は公子、つまり公爵の息子の社交界デビューの日。

その場を借りて、公爵はとあるイベントを用意していた。



「さて皆さま方! こちらへ一度ご注目あれ!」



野太い声が会場に響く。

何事かと、客人たちは興味深げにそちらを見た。



「本日は2枚の絵をご用意した。無名ながらも才気ほとばしる芸術をご堪能いただこう!」



公爵が立っている周りは、飾りも椅子も一切が無いスペースだ。

そこに2枚の絵が飾られた。

どちらもアリシアをモデルに、ルーノが描いたものである。

観客からはどよめきが起き、さざ波のように広がっていく。



「宵闇の魔女……なんという圧迫感か」

「隣の『花を愛でる女』も素晴らしい。延々と眺め続けていたいですな」

「……モデルの女性が同一人物?! 信じられん、別人のようではないですか!」

「欲しい、何としても1枚欲しい」

「公爵閣下、なんという名の画家なのですか?!」



予想を上回る反響に、公爵は口の端を歪ませた。

自尊心が程よくくすぐられているのだ。



「これは我が領地より生まれた、当世一の英才。名をルーノと言う!」

「ルーノ……聞かぬ名だ。一体どれほどの人物か」

「だが2枚も傑作を描けたなら、実力は確かであろう。公爵閣下、ぜひ私にご紹介を」

「抜け駆けをするでない! 閣下、私にこそ」

「閣下!」

「閣下!!」



公爵にすがりつくように、多くの要望が寄せられたのだった。




ーーーー

ーー




「はい、アリシアさん。もういいよー」

「お疲れ様です……あと何枚でしたっけ?」

「2……じゃないや、3枚だね」



前回の絵を納品してからしばらくして。

ルーノさんに作成依頼がジャンジャン寄せられました。

もうほんとジャンジャンって感じで。

おかげで私たちは目の回るような忙しさです。



「次は宵闇の方で、人差し指を唇にあてつつ、それでいて見下すように……」



概ねの題材は同じでも、細部は依頼主によって違いました。

なので私も都度ポーズを決めて描く必要があります。

立て続けモデルをやると、体のあちこちがビシビシ痛くなってきますね。

そして、何作かの仕事をこなした頃……。



「よし、下書き終わり! アリシアさん、お疲れさまー」

「ええ、ようやくですか……。お疲れさまでした」

「もう部屋に戻ってくれてて構わないよ」

「その前に、ルーノさんの食事を用意しておきますね」

「ほんと? 助かるなぁ」



この人、絵を描く以外はやろうとしませんからね。

またミルクのみで過ごされても困ります。

パンにハムエッグ、トマトサラダを用意してテーブルに置いておきました。

忙しくなる前に家具を買っておいて正解でしたね。



「じゃあ私は戻りますから、ちゃんと食べてくださいね」

「わかったよ、お疲れさまー」



ーーバタン。

ルーノさんの部屋からでると、途端に静けさに襲われてしまいます。

往来は相変わらず賑わっているので、街の喧騒は側にあるのですが。



「1枚の絵でも大変なのに、5枚も一気に描くなんて……大丈夫なんですかね?」



部屋に戻っても気は休まりません。

つい壁の向こうに意識がいってしまいます。

今もきっと、一心不乱に描いてる事でしょう。



「大丈夫かなぁ、ルーノさん……」



食事の時も、買い出しの時も。

散歩に訪れた大河を前にしても、頭から彼の事が離れません。

なので、私は決めたのです。



翌朝。

私はルーノさんの部屋を訪れました。

様子を見るためですね。

長居はせずに、顔だけ見て帰ろうとしたんですが……。



「ルーノさん、アリシアです。入りますよ」



返事を待たずに中へはいると、ルーノさんはイーゼルの前にいました。

昨日と比べて位置が変わってないんですけど……。

それはテーブルの上の食事も同じ。

完全に手付かずじゃないですか。

こんな生活続けたら死んじゃいますよ!



「アリシアさんかい? 今日はどうかした?」

「気になったから様子を見に来たんです。昨晩も食事は?」

「うん、食べてない。時間が惜しいから」

「わかりました。じゃあ口を開けてください」

「口を?」



私はパンを千切り、ルーノさんの口に入れました。

顎は力なさげに動きつつも、ひと欠片完食です。



「アリシアさん、君は何をしようとしてるの?」

「良いんです、ルーノさんは作業を続けてください! 食事は私が食べさせてあげますから!」

「ええ? そんなの赤ちゃんみたいじゃないか」

「贅沢言わない! はぃ、アーン」

「あ、アーン」



なるべく絵の邪魔をしないよう、呼吸を見切りつつ食べさせました。

これが中々に難しいんです。

うっかり筆にぶつかりでもしたら一大事ですからね。

そんな色気の無い食事を済ませた頃に、1枚の絵が描き上がりました。



「ふぅ、終わったー。そろそろ寝ようかな」

「お疲れさまです。寝れるならそうしてくださいな」

「ご飯ありがとうね。すっごく楽だったよ」

「そうですか、別に楽をさせる為にやった訳じゃ……」

「これからも宜しくね!」

「これから、も……?」



私は失敗したかもしれません。

もしかすると、ダメ男を生み出してしまったのでしょうか。

少しだけ自分の軽率さを後悔したのでした。

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