モデル業も楽じゃない! 第6話



 私の仕事。

 モデルを演じ、家事をやり、ルーノさんの世話をする。

 ルーノさんの仕事。

 描く、描く、描く。


 本当にこんな毎日です。

 ほんとぉーーに、脚色なしで。

 以前の私はショッピングを楽しんだり、美味しいものを食べに行ったりもしてたんですが、今はそれもママなりません。


 仕事の依頼が多いこともありますが、ルーノさんの世話が重たいのです。

 掃除洗濯、炊事に給仕。

 いっそ家政婦としてのお給金もいただきたいくらいです。

 まぁ、勝手にやってる事ですから、賃上げは筋が通りませんがね。



「あぁ、疲れた。今日もヤベェっすわ……」



 ようやく一日が終わり、あとは寝るだけです。

 倒れ込むようにしてベッドにインしました。

 体の芯にジットリとした疲れが居座ってるのがわかります。



「ルーノさん。私の事をどう思います? やっぱり、ただの仕事仲間ですか?」



 枕に埋めた顔を浮かせて、壁の方に視線を向けました。

 そこにはプレゼントしてくれた私の絵があります。

 自分で言うのも何ですが、かなり美人に描いてくれたと思います。



「こんな風に見えてるなら、もう少し興味を持ってくださいよぉ……」



 最近はなんというか、境遇が辛くなってきました。

 何をしても一定以上の感謝しか得られないこと、そして距離が縮まらないこと。

 重病人の看護のように食事を食べさせても、せっせと掃除をしても、本業のモデルを演じても、リアクションは同じ。



ーーありがとう、お疲れさまぁ。



 私は何をしてるんだろう?

 最近はそんな疑念が渦巻いています。

 見返りを求めて始めたことでは無いんですが、流石に延々と続くとしんどいのです。

 

ーーどうしたもんかなぁ。


 頭の中で不安と不満がかき混ぜられてます。

 そして思考が定まらなくなり、遠くなり、いつの間にか眠りに落ちました。



 翌朝。

 私はひとつの考えにたどり着きました。



「よし、工夫しましょう!」



 朴念人相手に自発的な動きを期待してはいけません。

 ここは先手を打って、私から攻勢に出るのです!

 意気揚々と朝のパンをモリモリ食べてから、ルーノさんのもとへ向かいました。



「ルーノさん、アリシアです。入りますよ」



 さぁ、首を洗って待っておれ。

 今日のアリシアさんは一味違うでよ。

 へっへっへ。


 工夫その1。

 枕元で甘い雰囲気を出しながらの『おはよう』

 寝覚めに若い女が優しく起こしてくれたらどうですか?

 私ならすんげぇ嬉しいです。

 さぁルーノさん、無防備な寝起きの心を晒すが良い!



「アリシアさん、おはよう。今日も悪いねぇ」



 ……起きてんじゃん。

 起きてちゃダメじゃないですか!

 最近は朝方なんか寝てるばかりなのに、今日に限ってはハツラツしてるし。

 はぁ、次の作戦に移りますか。



 工夫その2。

 彼の味覚を支配せよ。

 早い話、食で釣るってやつです。

 今日はいつもより奮発して、手の込んだ食事を用意してきました。

 食材もいちいち高いヤツですよ。

 これを期に、こっちに興味が向くといいんですが。



「はい、ルーノさん。あーん」 

「あーん」

「……どうです?」

「うん、おいひい」

「普段と何か違いませんか?」

「えー? いつも美味しいよ?」

「そう、ですか」



 これも失敗です。

 早めに起きて作った労力が惜しまれます。

 スピード優先の手抜き料理と、手の込んだ料理が同じ評価って……結構辛いですね。

 ですが、まだまだ諦めませんよ!



 工夫その3。

 男は視覚で恋をする。

 簡単に言えばチラリズムです。

 今日着ている服はというと、少し作りが凝っています。

 前から見ると普通のスカートですが、後ろ側の裾が短いのです。

 この服を来て床掃除でもしようものなら、かなり危険な見映えとなります。

 少なくともお子様に見せられない程度には。

 余りに下世話過ぎるので最後の手段としていたのですが、もはや贅沢は言っていられません。



 「じゃあ掃除しますねー」

 「ありがとう、助かるよー」



 私は四つん這いになりつつ、床を拭き始めました。

 不自然に体を揺らしてますので、かなり際どい所まで見えてるでしょう。

 そしてここで決め台詞!



「ちょっとルーノさん、どこを見てるんですか!?」

「んんー、何の話?」



 ……いや、ほんとどこ見てんですか!

 私のアピールには目もくれず、ずっとキャンバスとにらめっこなんかして!

 くっそう、有り得ん程恥かいた。

 でもここまで来たら引き返せません、やれるだけやってやらぁ!


ーーバシャアン!


 私は『うっかり』転び、バケツをひっくり返してしまいました。

 スカートも不自然に捲れ上がってます。

 さぁ存分に堪能するが良い。

 これが乙女のパンツであるぞ!

 そしてここで決め台詞!!


「いたぁい、転んじゃいましたぁーー」

「あらー、大丈夫? 怪我してたら教えてねー」



 相変わらず彼の視線はキャンバスに注がれる。

 私、完敗。

 つうか、何やってんですかね。

 下着見せつけて釣ろうなんて、痴女か何かですか。



 「……掃除やりまーす」

 「大丈夫ー? ほんと無理しないでね」



ーーゴシゴシゴシ。

 床を擦る布に力がこもります。

 いっそ涙目の顔も擦ってやりたいくらいです。

 くたばっちまえ、今朝の私!


 それからはお互い会話を交わすことなく、掃除が終わりました。

 気まずくて私からは声をかけなかったんですが、そうなると会話すら無くなるんですね。

 ルーノさんは無言で絵描いてますもん。

 はぁ、騒がしくしてすいませんっした。



「じゃあ私はこれでー」



 過去一番の消極的な声。

 それだけ残して去ろうとしたんですが、ここで呼び止められました。

 やめて! これ以上恥をかかせないでください!



「公爵様にお呼ばれしてさぁ。パーティをやるらしいんだ。アリシアさんも良かったらどうぞ、だってさ」

「あぁそうですか。じゃあ私も行きますのでおやすみなさい」



 妙に早口で返事をしましたが、迂闊でした。

 うっかり『行く』と言ってしまいましたね、断ればいいのに。

 それに気づいたのはベッドに寝転んだ頃です。

 


 実際、私は出席を後悔することとなります。

 ルーノさんのとある姿を目撃してしまう事によって。

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