第3話  ワルモノは許さない! 前編

あっはっはっはっはー、誰なんでしょうね宵闇の美魔女って。

街の人がですねー、私を見るとそう呼ぶんですよねー、ハッハッハァ!



「……はぁ、今回の噂はどうにも手強いですよ」



頑固な油染みのように消えないのです。

川のせせらぎのように止めどなく囁かれ続けるのです。

子供の命を助けた事が影響しているんでしょうか。


ちなみに私に魔法の知識なんか欠片もありはしません。

魔法を扱うどころか、魔法の予備知識も医療知識もなーんもなし。

極々平凡な受付嬢なんです。



「あの子が助かったのも偶然が重なっただけだと思いますよ、ほんと」



来訪者の居ないカウンター。

行く宛のない独り言が暗い屋根に吸い込まれていきます。

まぁ職場でなくても、話し相手は家族かウサちゃんくらいなもんですが。


ウサギといえば、貰いっ放しのマジックアイテム。

それは今もポッケにギッチリ詰まってます。

家に置いてくりゃいいんですが、毎回忘れちゃうんですよねぇ。

こんなものを持ち歩くなんて、ギルドの関係者じゃなかったら不審者ですね。

いや、十分アウトかも。


ポケットがパンパン過ぎて、机につっぷすのも一苦労です。

これじゃあ妄想に支障が出るなっとくらぁ。



「おぅい、アリシア」

「あい、マスター。なにかお仕事ですか?」

「領主様からご指名だ。これから館に行ってきてくれるか?」

「私がですか? マスターじゃなくて」

「どうやら依頼のようだが、詳細はまだ聞けてない。とりあえずお前を寄越すように頼まれた。すぐ終わるだろうから、宜しく頼むわ」

「イエス、マスター!」



領主様に直に会うなんておっかねえですが、上司の命令にノーはないのです!

服のヨレを正して行ってきます!


領主様の館は街をまるで見下すように、丘の上にデェンと建ってます。

ポツンじゃなくて、デェンって感じの。

遠目から見てもその尊大さは伝わってきます。

一体どんな悪事を働いているやら。


「嫌がらせみたいに遠いですね。もっと街中に建ててくれりゃ楽なんですが」



館に着く頃には良い汗をかいちゃいました。

このままお目通り願うのも失礼ですが、待たせるのもアレなので。


館に着くなり、すぐに奥へ通されました。

窓が多くて明るく輝く廊下を通りましたが、心は不思議と和らぎませんでした。

緊張しているせいでしょうかね。

とあるドアの前で兵士さんがノックして、中に向かって声をあげました。



「領主様。冒険者ギルドより使いの者が到着しました」



返事はありません。

促されたので部屋にインしますが。


さて、案内されたのは応接室でしょうか。

何やら悪シュミな調度品がゴロゴロしてます。

毒々しい柄の皮が張られた椅子やら、異様に歪んだツボとか。


それらに気を取られてしまって、しばらくの間気づきませんでした。

椅子には既に領主様らしき人が座っていたんですね。

毎日旨いもん食ってそうな見た目のおじさんです。

私は失礼のないよう、背筋を伸ばしてから挨拶しました。



「お呼びとの事で参上いたしました。冒険者ギルドのアリシアです」

「……ん」

「ご用命はご依頼と伺っておりますが、詳細をお聞かせいただけますでしょうか」

「……うむ」

「ご領主様?」

「街に不思議な娘がいると聞いていたが、見た目も悪くない。連れていけ」

「ハッ!」



ーーガシリッ

いきなり捕縛。

私罪人かなにかですか、何か失礼な事やらかしました?!


「痛い痛い!兵士さん、私の腕肉を挟んじゃってますって!」

「暴れるんじゃない、静かにしろ!」



痛い痛い痛い!

逃げないから離してくださいよー!



_______________

________




「ここで大人しく待て!」



バタン。



薄暗い部屋に閉じ込められてしまいました。

なぁーんか、とんでもないことになっちゃいましたね。


奥には女性の人形が3体置かれています。

不気味です。

ここはもしや、趣味の部屋ですかね。

こんな精巧な美女の人形だなんて、用途を想像したくはないです。



「あら、新しい子が来たのね」

「ハゥァッ!」



心臓止まるかと思いました。

人形かと思ったら生きてる人でしたか、そうですか。

無表情な上に身じろぎすらしないってだけで、みなさん人間だったんですね。



「あなたもアイツに目をつけられてしまったのね、可哀想に。もうここから出られないわよ」

「出られないって……どういうことですか?」

「あなたはこれから、領主に飽きられるまでお相手して、捨てられたらこんな風に監禁されるの」

「お相手? 監禁!?」

「私たちはあの男のコレクションとしてここに飾られるの。外を出歩くことも、家族に会うことも、死ぬことすらも許されない。ただのインテリアとして生きていくのよ」



え、酷い!

酷くない!?

酷いっすよねこれ!



「ささやかな抵抗として、みんな感情を殺しているのよ。こうでもしないと気が狂うだけだから」

「こんな、こんな酷い事が許されるんですか!?」

「馬鹿げた話だとは思うけど、これは現実なのよ。権力には誰も勝てないから」



この人、凄くきれいで、そして悲しそう。

これまでにどれだけ酷い目に合わされたのか、聞かなくても察しがつきます。

あまり良い噂のない領主様でしたけど、陰でこんな事していただなんて!

私のか細い腕が義憤で震えました。


と、その時。

背後のドアがガチャりと開きました。



「アリシア、領主様がお呼びだ。出ろ!」



私にも死刑宣告がやってきました。

これからどうなっちゃうのか、分かりきってますが考えたくありません。


私は抵抗することもなく、黙って兵士さんの後ろに続きました。

廊下の窓から注ぐお日様の光は、私の足元までは照らしてくれませんでした。

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