第2話  一家にひとり アリシアさん

「よぅアリシア、今日も元気だな!」

「あ、どうもー。今日もなんとか、えへへー」

「アリシアちゃん、今度うちの息子とお見合いしてくんない?」

「アハハ。まだ結婚とかちょっとー」

「アリシア、これ今度の新作なんだけど、旨いから食ってみてくれよ」

「くれるんですか? ありがとうございますー!」



バタン!

扉を潜る。

そうして辿り着いたのは、愛すべき我が職場。

今日も人っ子ひとり居やしません。

この静寂がなんとも有り難いです。



「だぁあ~~疲れた。なんで道を歩くだけでアチコチから声かけられるんですかっ」



あの事件を解決してからというものの、何かと私を持て囃すのです。

出勤するだけでこの有り様ですから、おちおち道も歩けませんよ。



「何というか、私は本棚の後ろに隠れる虫のように生きていたいんです。なのに、どうしてこんな目に……」



こんな日は仕事を切り上げて、心の旅に励むこととします。

そして帰宅したら、部屋の隅っこで再度妄想の世界へ堕ちるのです。

そうやって心身の疲れを癒しましょう。

妄想は私を苦しめますが、同時に良きパートナーでもあるんですから。


でも、人生とは常に五里霧中。

予想外の出来事ってのは突然やってきます。

こんな日に限って絶妙な邪魔が入るんですよね。


ダダダダダ!

バタン!



「アリシア! マスターはいるか?!」

「えぇ、二階の部屋にいますけどー」

「そうか、すまない!」



薬屋のおっちゃんが騒々しく階段を昇っていきます。

息も絶え絶えって様子ですが、何かあったんでしょうか。

どうにも事件のカホリがします。

 

でもひょっとしたら、犬の赤ちゃんが生まれたとか、ホノボノした報告かもしれないです。

希望ってのは最後まで捨てちゃいけません。



「アリシア! 大至急、手の空いてる連中を集めてくれ!」



ダメでした。

さようなら早上がり、いらっしゃいトラブルさん。

あぁ……今日は何時の帰宅になるんでしょうか。



「そういや、残業代って出るんでしたっけ?」



ちょっとした気がかりが沸き上がりましたが、そっと胸の奥にしまいました。

集められた人たちの様子からの判断です。

私はぼんやり顔ではありますが、鈍感な性質ではないのです。



「街の子供が一人、行方不明なんですか?」

「目ぼしいところは探したが見つかってない。瘴気(しょうき)の森になんか入り込んでたらやっかいだ」

「確かに、今は危険なシーズンに入ってますもんね」

「長い時間瘴気なんか吸ってたら、でっかい病気になっちまうぞ。早いとこ見つけてやらねえと!」



居なくなったのは男の子との事。

この辺に危険な生き物って極端に少ないから、襲われる心配ってのはしてないんですが、話題に出た森はちょっとマズイですね。

よどんだ魔力の集合体が瘴気と呼ばれるものらしいですが、人体に甚大な悪影響を与えてしまうのです。


さらに言えば、魔力に対して抵抗力の低い子供は特に危険なんだとか。

そんな場所なんかじゃなくて、別の場所でヒョッコリ見つかってくれるといいんですが。



「しょうねーん、少年やぁーい!」



街中の路地や建物の中はもちろん、井戸や屋根の上とか、目ぼしい場所を回り続けました。

門外にも出て茂みの中やら空洞の中、あちこち手を尽くしましたが、手がかりすら見つかりません。

皆の焦りが肌に伝わってきます。


住民が血相を変えて動いているせいでしょうか、付近の動物が驚いています。

今だって、森の茂みから跳ねウサギがこっち見てますよ。

頭だけヒョッコリだして確認しています。


あーいう子達と会話でもできたらなぁ、森の中のこともより詳しくわかるのになぁ。

魔獣と会話、できたらなぁ……。

なー……。



「そこな獣よ、妾の頼みをきけい。」



獣かわビクッと体を震わせる。

何をそんなに驚いておるのか、小心者めが。



ーーお姉さん、僕とお話ができるの?


「妾をなんと心得る。108の魔術を使いこなす『宵闇の美魔女』とは妾のことよ」


ーーえ、そんな通り名聞いたこと無い……


「ふむ、今夜は肉の気分じゃ。兎肉にするとしよう、覚悟せい」


ーーごめんなさい殺さないで宵闇さま!



それからしばらく話し込み、瘴気の森に人間の子供がいることを突き止めた。

全く、これだけの事に時間をかけすぎじゃ、グズめ。


ウサギの案内に続くと、確かに瘴気の森の中で少年が倒れている。

行方不明の坊主と見て間違いあるまい。



ーー魔女様、そのニンゲンはもう助からないよ。体に斑点が出てる。悪い気を吸いすぎたんだ。


「凡愚め、すぐに諦めるのは愚者の悪癖よ。見ておれ」


ーー何をする気なの?


「そこに生えていた草から汁を絞り出し、あっちに生えていたキノコを細かく刻み、それらを混ぜたものをしばし陽に当てる。最後に布でくるめば完成じゃ」


ーー完成って何が?


「察しの悪いヤツよ。特効薬に決まっておろうが。これを口にあてがっておれば、毒なんぞ瞬く間に中和できよう」



処置を施してから背負い、急ぎ森から出た。

薬のおかげで体からは斑点が消えて意識も戻り、やがて歩けるようになった。

妾の手にかかれば当然の結果じゃな。



「お姉さんが……僕を助けてくれたの?」

「そうじゃ。妾がかの高名な『宵闇の超絶・美魔女』であるぞ。覚えておくがいい」

「え、高名ったって……」

「なんぞ文句でもあるか?」

「なんでもない! ヨイヤミ様、ありがとうございました!」

「うむ、礼をキチンと言う事は大事じゃぞ」



街の側まで戻ってきた。

その時点で、ウサギが立ち去ろうとして足を止める。



ーー魔女様、僕はこの辺で失礼します。


「獣の分際で、大義じゃった。貴様を使い魔に格上げしてやろう。妾は街におる、有用なマジックアイテムを毎日持ってくるのじゃぞ」


ーーえ、それはさすがに、難しいというか……。


「空に輝く天の火神よ、無明を照らす理知なる光よ。炎の僕たる我が声に今応えよ」


ーーま、毎朝お届けします!


「初めからそう申せ。一々手間をかけさせるな」



もう少し遅かったら黒焦げじゃったぞ。

まぁ、それも香ばしそうで悪くはないかの。


街に戻ると、凡愚な人間共がしきりに感謝しておった。

そこで妾は、宵闇の美魔女たる妾を崇めるよう命じた。

反応は今一つじゃったが、今のうちは良い。

いずれ本当の支配者が誰なのか、遠くない未来に知る事となるであろう。



……


ァァアアー!

やっちまいましたー、またやらかしましたー!

皆があの日から私の事を『宵闇さん』『ヨイヤミのお姉ちゃん』とか呼ぶんですよー。

もうこれ苛めじゃないですか、私の名前はアリシアです覚えてね!

そもそも何ですか、宵闇の魔女って。

そんな通り名なんて聞いた事もないですよ!


更に異変はそれだけに留まりません。

毎度早朝に、私の元へマジックアイテムが届くようになりました。

持ってくるのは跳ねウサギさんたちです。

私を見るとビクッとした後に、それらを置いて帰るんです。


可哀想な事をしたもんです。

それは妄想時の私なんですがね。

どうにか止めさせてあげたいのですが、動物と会話なんかできませんので。

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