ギルド受付嬢も楽じゃない! ーー私が幸せを掴むまでーー

おもちさん

第1話 健やかな妄想が世界を救う

あなたは、雄壮たる王都をご存じですか?


一帯を横断する美しき大河。

街並みから醸し出される整然の美。

その中心にはあるのは大聖堂。

荘厳で豊かな音色の鐘は、毎日住民に祝福と安らぎを与えてくれます。


大通りにはレンガ造りの老舗店が立ち並び、世界中から集まる人々で連日大盛況。

今をときめく有名貴族様や名人役者たちが、壮大で華やかな物語を彩っています。


ここは誰もが憧れる、歴史薫る偉大なる王都!

新旧の文化が融合し、永遠の繁栄が約束された麗しき王都!



……から、10日くらいかけて村々を経由しつつ馬車を走らせて大森林に入り、そこでまた3日くらい駆けて森を抜けた先に、微妙に寂れた街があります。


ここは特に珍しい物もない、片田舎の長閑な街。

あるのは人情と広大な畑くらい。

それから野生動物と戯れる事もできますね。


私の生まれ育った街です。

そしてそんな侘しい田舎の、これまたよくある門のすぐ側に、私の職場があります。



冒険者ギルドの受付嬢。

それが私の仕事です。

ギルドの看板娘、アリシアとは私の事です。



「ふわぁぁ。依頼も報告もからっきし。暇ですねぇ」



人の気配のしない店内に、私の大あくびが響き渡ります。

やることと言えばカウンターで来訪者を待ち受けたり、稼働中の依頼を管理するくらいです。

置物のように座っているだけという日も珍しくはありません。

特に今日なんかは顕著ですね。

魂にコケが生えるくらいに暇です。



「はぁ。何かでっかい事でも起きませんかねぇ。ドラゴン退治とか、大盗賊の一斉撲滅とか!」



もちろんこんな辺鄙な所に依頼なんかありません。

この地方特有の野草採集とか、畑を荒らす動物の撃退くらい。

ルーキー向けのエリアと断言しても過言ではないのです。



「しましょうよぉ、大討伐。やっちゃいましょうよぉ、大捕り物……」



カウンターで首を休ませても咎める人は居ません。

上司であるマスターは2階で仕事中なのですから。

薄給とはいえど、こんな勤務態度ではさすがに叱られます。

あの筋肉お化けに怒られるくらいなら、背筋を伸ばしたまま居眠りする方が断然に楽ですよ。



「どんなのかなぁ、大討伐って。見てみたいなぁ」



書物や噂の中でしか知らない話です。

だからこの目で見るよりも、妄想した方が手っ取り早いのです。

例えば、こんな風に……。



 ◆

『アリシア姫、私はもう行かなければ』

『そんな、行かないでください……。ドラゴン退治だなんて危険すぎます!』

『泣かないで。その美しい瞳で見送ってくれないか? それだけで100万の味方を得たような気になるんだ』

『ああ、あなたのために泣きたいのに。それすら許してくださらないのね』

『夢に生きてしまう私のことを、許してほしい。きっと、秘宝を持ち帰ってみせるから』

『どうか、ご無事で。それだけをただ祈り続けています……』


 ◆



「あのう?」

「ヒャイ!」



今すっごい変な声出た!

びっくりしたぁ、急に話しかけないでくださいよ。

え? ずっと声をかけてました?

依頼の報告に来たんですか……すいません。



「それから、僕はドラゴン退治なんか行きませんよ? そもそも野草刈りから帰ってきたとこですし」

「ハイスミマセン……」



あの妄想が全部漏れてただなんて、死にたくなりますよ!

ともかく平謝り。

死んだ魚のような目をして陳謝です。


ーーバタン。


イケメンさんがお帰りです。

彼の苦笑いを忘れることは無いでしょう、たぶん。

恥の余り職を辞して引きこもりたいですが、あいにく我が家にそんな余裕はありません。

なので傷心に構うことなくカウンターに座り続けるのです。



「あぁ、貧乏とは辛いもんです。貴族の箱入り娘として生まれたかったですよ……」



ど平民の私には無縁の世界。

働かずに済む暮らしなんて、死ぬまで望めそうにありません。

だからせめて心の中だけでも、と思ってしまうのです。



 ◆


『アリシアお嬢様、お茶にございます』

『なぁに、またその銘柄? それ好きじゃないわ』

『これはとんだ失礼を……。すぐに替えをお持ち致します』

『ふふ、冗談よ。せっかく淹れてくれたのだもの。それをいただくわ』

『お嬢様のご温情。この老体にはもったいのう御座います』

『それはそうと、今度の晩餐会だけど』

『先ほど仕立て屋より新しいドレスが届けられております。ご覧になられますか?』


 ◆



「いいわね、持ってきてちょうだい。お父様に見せてビックリさせましょう!」

「おうアリシア。今日も絶好調だな!」

「……ゲフゥ」



目の前で筋肉が人語を喋りました。

天井の方へググッと頭を向けると、ようやくご尊顔を拝めます。

彼は私の上司兼、店舗責任者のギルドマスター。

いわゆる雇い主ってやつです。



「暇だから無理もねぇが、あんまりボヤッとするなよ? 腹の中が腐っちまうからな」

「そうですね。魂だけじゃなくお腹の中もってなると、修正が効きませんから」

「魂? 何の話だ?」

「こっちの話です」



今日は厄日なんでしょうか。

いつもならここまでヘマしないのに、本当に。



「オレはこれから会合にでるから、しばらく受付頼むわ」

「はい、いってらっしゃいです」

「この辺にお尋ね者が潜伏してるらしいぞ。安全には気をつけておけ」

「イエス、マスター!」



ビッと敬礼で返しました。

ただでさえアレな子と思われてるんですから、せめて返事くらい良くしないと。

路頭に迷ったら一大事ですからね。



「さてさて。邪魔者も居なくなったし、妄想に耽りますかね。ウェッヘッヘ」



私を辱しめたり足を引っ張ったりする妄想癖ですが、同時に日々の彩りでもあるのです。

仕事もせずに心の旅をしてお給金が貰えるだなんて、たまんねぇぜ。

机に両腕を敷いて頭を寝かせて準備万端。

後は気持ちが堕ちていくのを待つばかり。



「今度はどうしよう。100人の王子さまに言い寄られて、99人をふる話とか……」



その時です。

入り口のドアがドカッと勢いよく開かれ、さらにバァンと閉じられました。

私はね、もうビクーンですよ。

急ぎの用にしても、もう少しマナーを弁えて欲しいもんです。



「あのぅ、何かご依頼ですか?」

「はぁ、はぁ」

「……えっと。それとも報告ですか?」

「はぁ、はぁ」


ジャキンと剣が抜かれました。

白刃さんこんにちわ!

でもこんな所で抜剣だなんてご法度ですから!



「おとなしくしろ、騒ぐんじゃねえ!」



あぁーーヤバい人だったー!

なんで今日はこうも不運ばかり続くんですか!

よりにもよってマスターは出たばかりだし、絶体絶命じゃないですか!



「オレはなぁ、もう10人殺ってんだよ。あと1人増えたところで何も変わんねえ……」



アワワワ、完全に目つきがヤバイですよぉ。

こうして為す術もなく、無残にも私は殺されてしまうのでした。


お父さんお母さんごめんなさい。

最後の仕事が妄想でごめんなさい。

せめて来世は、すっごく強い剣士にでも生まれ変われますように。


剣士に、誰よりも強い剣士に……。


 ◆


『くっ、この女強ぇぞ!』

『囲め囲め! サシでやりあうな、数で押し潰せ!』

『フッ、愚かな』

『ぐわああ! 化け物だぁ!』

『おい、お前ら!逃げるんじゃない!』

『我が聖剣は、悪には決して屈さぬ。非道のものどもめ、覚悟しろ!』


 ◆



「おい、聞いてんのかよ!」

「なんだ。まだ生き残りがいたのか」

「え、何だコイツ。急に雰囲気が……」

「逃げれば死なずに済んだものを。我が聖剣の前に塵となるがよい」

「いや、どう見てもそれホウキ」



恐怖のせいだろうか、目の前の男が不可思議な事を言いだした。

呆然と口を開いたままで、何とも間抜け面だ。

彼我の戦力差のわからん生き物は哀れなものだ。

子犬でさえそれくらいは弁えているというのに。



「愚かな悪党よ。我が竜王剣の力、とくと味わうが良い!」

「クソ。せめて聖剣なのか竜王剣なのかハッキリ……」


「いたぞ、お尋ね者はここだ! 取り押さえろ!」



辺りがにわかに騒がしくなる。

バタバタと未熟者共が集まりだした。

群れなければこんな輩とも向き合えんとは、情けない。

それでも衛兵か。



「捕まえたぞ! もう逃げられんからな!」

「離せ畜生! こんな最後、なんかメチャクチャ理不尽だろうがッ!」

「アリシア、随分と無茶したな。大丈夫か?」

「フン、我に気遣いなど無用。未熟者の分際で、気遣いだけは一人前か」

「あ、うん。問題ないようで安心したよ」



後日。

この一件は街中の噂となってしまいました。

ただでさえちょい有名人だった私は、街で知らない人は居ない程にまでのしあがりました。

ありがた迷惑の極みですよ、ちくしょう。


両親はというと、犯罪者を捕まえてお手柄ね

……なんて言うはずもなく、恥をさらすなと泣かれちゃいました。

そして危ない真似はするな、とも。

こんな娘で本当にすみません。


色々あってもう泣きたいですが、私は受付嬢なので泣きません。

暗い顔じゃみなさんに失礼ですからね。

最悪職を失っちゃいますから。


だから今日もいつものように、一番の笑顔でお迎えします。

あなたもこの街に来たら、ぜひとも冒険者ギルドに足を運んでくださいね。

その時はあまり苛めないでくれたら嬉しいです。

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