二話 恐怖の副会長

 新鮮な空気、想像していたよりは広めの部屋に、真夏とは思えないほどの涼しさ、否、妙な空気が漂っている。真ん中に大きな机があり、椅子が九個ほど並べられている。壁に張り付いている張り紙が時折風になびいている。そんな雰囲気からも悟れるように、空気がとてつもなく重い。そんな中、いきなり連れて来られた俺、クルアは、どんな表情をするかにも、気を使わなければならない。


「で、どうして生徒会室に俺が呼び出されたんですか。」


 ようやく口が開けた。その問に応じるように、生徒会長こと、笹崎せらが口を開く。


「実は、お前にやってもらいたい事がある。」


「なんですか。」


「副会長の頼みを聞いてやってほしいのだ。」


 きっぱりと言う生徒会長だが、俺は正直、何がどうなっているかの整理に頭を使っていた。要するに、状況整理である。まず、会長に拉致られ、生徒会室に連れられ、副会長の頼みを聞いてほしいと言われる。

 ……なんだ?この状況。


「ちなみに副会長はどこに?」


「それが、今は少し席を外していて、だなあ。この伝言を預かっている。ちょっと目を通してみてくれ。」


「はい。」


 そういって渡された紙に書かれている文字を読む。


 <<唐突ですが、生徒副会長の渡辺です。私は君と同じ中学校の出身です。もちろん、君のことはよく知っています。そして、君のことを知った上で、一つ提案があります。

 ゲームに興味はありませんか。もし少しでもあるなら明日の放課後、生徒会室に来てください。>>


 何だこれ。ゲームと中学生時代の俺をどう結びつけた。まあ確かに俺の文学青年ぶりは見事に校内で話題になっていたらしいけど。って、じゃあそんな俺を知ってるならなぜ、あえてゲームを勧めたのだ?

 俺はさっぱり理解が追いつかない。まあ、明日は暇だし話だけでも聞いてみるか。


「どうだ、神谷来亜。」


「一回話をしてみようと思います。」


「言っとくがなあ、あの渡辺が人を呼び出すことなんてめったにないことだ。それだけに私は緊張しているのだがなあ。まあ、せいぜい命ぐらいは残してこいよ。」


「ええっ。そんなに怖いんですか?副会長って。」


 この会長がそんなに怖そうに言うってことは、よっぽど怖いんだろうな、その渡辺って副会長。そんな人に呼び出されたのか。

 俺は今更ながら額に流れる冷や汗を感じる。


「まあ、用はそれだけだ。神谷来亜。それではまた。」


「はい、失礼しました。」


 俺はそう言って丁寧に生徒会室の扉を閉めると、恐怖心を持ったままツバキのところへと足を運んだ。


△ ▼ △ ▼


「えええ、あの会長がそんなことを言ったの?」


「そうなんだよなあ。」


 俺はそのまま、さっきの出来事をツバキに話した。

 そして、ツバキも驚いているように、あの会長は、言ってみれば怖いもの知らずの代表とも言える印象だった。会話をしなくても、入学式などで会長の挨拶を聞いていればわかるほどである。そんな会長が少し緊張するほどの存在の副会長って一体どんなやつなんだよ。

 何度も想像しようと試みても、映像となって出てこない。


「って言うか、クルア、伝言の内容を見る限りでは、全然ヤバそうでもないよね。」


「まあ、そうだな。ゲームに興味があるか?とかしか書かれて無かったし。」


「そんなに気にすることないって。」


「そうだといいんだけどな。」


 考えてみれば生徒副会長って……


「ねえ、クルア、そういえば副会長って見たことある?」


「無い。今まで一回もない。」


 どうしてだ。副会長を高校二年生の二学期、つまり今まで、約二年。この学校にいる期間はなかなか長いのに、副会長の姿を見たのは一度もない。不自然だ。


 俺達は、妙な違和感を残したままその場をあとにし、昼休みの終わりを迎えた。あっという間に午後からの授業が終わり、家に帰宅した。


「ただいまーー。」


「おかえり、おにいちゃん。」


「おう、ってお前、なんだその格好。」


 バスタオルで体を巻いただけの妹を見てボソリとつぶやく。こいつが俺の妹、神谷飽露シンタニアロ。身長は結構大きめで、すこしクセのあるショートな髪。明るくてギャルみたいな性格。あと、結構美人。


「だってお風呂あがりだもん。それより、今日のご飯は?」


「生姜焼き作ってやるから、ちょっと待ってろ。」


「なんかお兄ちゃん、渋くない?もっとさあ、里芋の煮物とか、魚の塩焼きとか、あるじゃん。」


「おい、お前のほうが渋いじゃねえか。」


「冗談だって。じゃあ、ご飯作れたら二階に呼びに来てね。」


 そう言ってアロは、俺の返事も待たずに二階へとかけあがっていった。


「んじゃ、作りますか。」


 そう言って冷蔵庫から、朝から醤油と生姜につけていた豚肉を取り出し、火をつけたフライパンに油を垂らす。

 十分に温まったのを確認すると、その豚肉を焼き始める。いい香りがしてきたらようやく焼き上がり。

 できたのを刻んだキャベツと一緒に盛り付け、リビングの食卓に並べる。

 いつもながらこの作業をしていて思うのだが、


「こういうのって普通、妹の仕事だよな。」


「なんて?、お兄ちゃん。」


 ふと横を見ると、ニコニコした妹が立っていた。さっきまで二階にいたはずじゃ。


「お、降りてきてたのか。アロ」


「うん、ご飯の匂いがしたからね。で、さっきなんて言ってたの……?」


「いやあ、御飯作るのとか、ふつう、女がやることじゃね?と思って……」


「こんな可愛い妹にご飯作るのって、ふつうだよね。そうだよね?」


 なんだ、こいつ。そんなに自分のことかわいいって思ってるのか。って言うか、その殺意しか感じられん笑顔、やめろ。


「お前、あんまり調子に乗ってると、ご飯作らねえからな。」


「ごめんなさい、お兄ちゃん。」


「よし、それでいい。……じゃあ食うか。」


「いただきます。」


 でも、こうして家に帰ってくると、やっぱり落ち着くなあ。そんなことを思って、今日の出来事を回想しながら少しの恐怖心と共にご飯を食べる俺であった。

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