1D4 クリミナルメイズの主(前編)
「なにしてる!早くそのガキを捕まえろ!他の奴はディオロンを片付けるんだ!」
チャックの言葉で、護衛たちが再び動き出す。それに合わせて僕も一歩を踏み出し、ズンズンと無遠慮に部屋の奥へと進んでいく。
今のところ力任せで何とかなっているが、今後それが通じない事態に陥る時がくるかもしれない。そんなとき能力を十全に使えるようになるためには、より効率的に体を動かす必要がある。一時的に制限をかけて接戦を演じることで、同等もしくは格上の敵と遭遇した場合の状況に慣れるいい機会だろう。
まぁここで怪我をしても仕方ないので、相手に合わせて出力を徐々に下げていく形で慣らしていく事にする。
僕を取り押さえようと手を伸ばしてきた護衛の男。それを躱して懐まで潜り込み、相手の腹部へと回転を加えた蹴りを叩き込む。
男の身体は衝撃でくの字に折れ曲がり、先ほどの男と同様後方へと吹き飛んでいった。さらに続けてドスへと迫っていた男へと跳躍、接近してそのまま横っ面を殴り飛ばす。あっという間に大の男がやられた事で、護衛たちの雰囲気が変わった。
どうやらようやく本気になってくれたようだ。そうでなくては困る、ついでにもう一押ししておこう。
「言うまでもないと思うけど、手は出さないでね」
「わかってるよ。俺は一切手を出さん」
周囲にもわかりやすいようにわざわざドスの方へと顔を向けて言葉にする。要は「お前らの相手は僕だけだから真面目にやれよ」と遠回しに言っているだけだ。意図を理解したドスもわざわざ宣言するように大きめの声で返答してくれたようだ。
「ガキが、なめやがって。もういい、お前らそいつを思い切り痛めつけてやれ!五体満足で生きていればそれでいい。あとは回復薬でどうとでもなる」
そう命じられた瞬間、数人が一気に僕との距離を詰めてきた。しっかり連携も取れているらしく、互いの攻撃の邪魔になることなく、躊躇の無い攻撃が目前に迫っている。
左右斜め前方から二人が剣で切りかかってくる。だがこれは囮の意味合いが強い。本命は背後からの急襲だろう。子供相手とは思えないほど本気の攻撃だった。
もちろん前方から迫ってきている二人の攻撃も手抜きではなく本気のものだ。捌くのを失敗すれば十分に致命傷と成り得る。
最初に対処を行ったのは背後から襲ってきた敵だった。無防備な背後からの後頭部への拳による一撃。一切の音をたてず、五感から得られる気配を最小限にした本来は短刀などで暗殺に使うような技術なのだろう。
僕はバックステップで前方の二人から距離を取と同時に、背後にいた敵の手首を掴み取って、勢いのまま一回転し前方から迫っていた敵二人に遠心力のまま投げつける。
投げ飛ばされた男は、仲間にぶつかって倒れこんだ。かなり能力を抑えたつもりだったが未だ過剰なようなので、さらに半分以下まで能力を下げた。能力が低い方が技術向上に丁度いいと考えたからだ。
周囲をザっと見回し敵の数を確認する。先ほどさばいた三人に加えて十二人、そして『ブロブ』の頭であるチャック・ラッセルの計十六人。
すでに最初の三人のうち、仲間を投げつけられた二人は気絶している。投げられた当人はほかの二人がクッションになったのか意識を失ってはいないようだった。それでもそこそこのダメージはあったようで、すぐさま戦線復帰はできないだろう。
さすがに二度目ともなると呆けるような事はなく、すぐさま別の敵が追撃を仕掛けてくる。一人ではなく複数で、それぞれが死角を突くように、剣で弓でナイフで拳であらゆる方向から様々な攻撃方法を放ってくる。
僕はそれを丁寧に躱し、いなし、弾く。ひとつひとつの技術をしっかりと記憶し、続く攻防でそれを取り入れた動きをしてみる。身体能力が低くなっても動体視力や思考能力などは下がらない。確かに動きづらくはなったが、いつもよりも早めに体を動かし始めれば十分に間に合った。
攻撃力が乏しいために反撃しても敵を倒すには至らない。だからこそより効果的な攻撃方法を探る。簡単なのは防具の隙間を狙う事だ。試しに数か所狙ってみたが簡単に当てることができた。
次に試したのは敵の一人が使っていた独特な拳の握り方だ。打点を小さくすることでより効率よく肉体にダメージを与えられる。さらに体の動かし方にも気を遣った。踏み込んだ足の裏から拳にかけて、すべての力を乗せるように、飽くまでイメージの話だが、僕の感覚ではソレは成功しているように思えた。
僕の身体にある筋肉とは別の力。外部筋肉とでも言うべき何かが、僕の意思に連動するように拳に集まっていくような感覚があったのだ。
拳は目の前の敵の硬いブレストプレートに当たる。それまでは軽く凹ませる程度だった僕の小さな拳は、その瞬間鉄でできた鎧を盛大に凹ませ、勢い余って貫き、生身の肉体へと突き刺さった。
生暖かい感触が伝わり、僕は慌てて拳を引っこ抜く。少し遅れて敵の胸から血が噴き出し、周囲を赤く染める。当の男は何が起きたのか理解できないという不思議な表情で固まっていた。
「あっ…やっちゃった」
思わず僕は呟いた。完全に攻撃の威力が予想を上回ってしまった。僕の現在の能力は目の前の敵と比べて劣っている。そういう風に出力を調整しているのだから当たり前だ。だから多少無遠慮に攻撃したところで、相手を戦闘不能にするどころか少々アザができる程度でしかない。それがまさか鎧を貫いて肉体を突き破ってしまうとは思わなかった。
目の前で胸に穴の開いた男が声も無く倒れ込む。その瞬間、それまで向けられていた悪意の質が変化したように感じた。肌を刺すようなピリピリとした得体のしれない何かを、確かに感じた。
周囲の敵が動く。先ほどよりも明らかに鋭く速い攻撃。同時に突き出された刃が四本。僕の身体を刺し貫かんと迫る。回避行動を取るもコンマ何秒かの遅れで間に合わず、刃の一本が肩をかすめた。
反撃を、そう考えて視線を動かせば既に敵は追撃の態勢に入っており、僕は慌ててその場を飛び退く。次の瞬間には先ほどまで僕の居た場所に刃が突き立っていた。動いた先には別の敵が回り込んでおり、攻撃に出る間もなく続けざまに回避行動を迫られる。
まるで獣を追い立てるように、逃げた先に敵が回り込んできた。身体能力で劣る今の僕では体制を立て直すことすら許してもらえないようだ。
だからと言って出力を上げるようなことをするつもりもなかった。だって…やっと『楽しくなってきた』のだ。
迫る攻撃を寸でのところで避け続けながら、相手の挙動を把握するようにしっかりと観察する。肉体的な余裕はなくとも、優れた動体視力と高い思考能力があれば回避しながらでも十分に状況を把握することができた。そうして彼らの包囲網が少しずつ縮んでいる事に気付けた。敢えて逃げられる空間を作って、意図的にそちらへと追い込み、最後は全員で…ということらしい。
気づかなければ詰んでいただろうソレも、気付いた今となっては十分に対処可能な事柄だった。
「そっちへ行ったぞ!」
「わかってる、これでっ!ぐぁ?!」
「くそっ、こいつっ…うぇ…」
「ぁがっ!」
敵の誘導に乗るように一度は指定された場所へ回避行動を取ったように見せかけて、次の一歩で即座に取って返す。タイミングをひとつ外しただけで、敵の行動がワンテンポ遅れた。その隙を逃す事無く、敵の一人に渾身の一撃を叩き込む。体制が万全ではなかったせいで、先ほどに比べて格段に威力は落ちていたが、鎧は大きく凹み、肉体も鎧に圧迫されただろう、十分な威力だ。続けざまに傍にいた敵に襲い掛かり、同じように無力化する。
数が減ったおかげで回避にも余裕ができた。戦えば戦うほど、自身の動きを最適化できた。無駄をなくすだけでなく、動きを先読みされないよう挙動にも気を遣えるようになった。攻撃方法にもバリエーションがあった方がいいだろうと考え、手足だけでなく周囲にある物を利用するようにもした。手に持てるような物なら投擲で直接ダメージを与えたり目くらましに使い、大きな物なら障害物として利用する。
しばらく戦っていると相手の戦闘の癖のようなものもわかるようになってくる。戦闘に慣れているせいで、咄嗟の動きが一定なのだ。考えるよりも先に、反射的に慣れた動きをしてしまうのだろう。癖を見抜かれた場合の動きもできるのかいくらか試してみたが、反応できそうなのはひとりだけだった。
相手の癖がわかってからは簡単だった。連携し辛いように相手のタイミングを外しつつ、実力の劣る敵から倒して数を減らす。実力が高い敵は相手の不意を突く形で強制的に反射的回避をさせて、思い通りの動きをした敵に致命的な一撃を与える。
もちろん相手は複数いるので一筋縄ではいかないが、僕自身未だダメージらしいダメージも受けていないし、一方的に敵の数を減らせている。これで少しはいざと言うときの備えにはなっただろう。
そんな事を考えながら、護衛の中でも一番強いらしい男の攻撃を躱していく。男はすでに必死の形相になっており、余裕など微塵も感じられない。相手はいくら剣を振るっても攻撃が当たらず、逆に攻撃の隙をつかれてジワジワと防具のない無防備な部分を痛めつけられているのだ。
必死に武器を振るう男の表情はなかなかに迫力があるが、それだけだ。すでに敵として何の脅威も感じない。もう見るものもないだろうと、真横に大振りしようとした所で手首をつかんで止め、握りしめられた剣を叩き落とす。男が苦痛の声を発するより前に、掴んだ腕を自分の身体ごと捻って投げ飛ばした。
ズシンと重い音が響き、投げ飛ばされた男の身体から力が抜けてパタリと手足が地面に落ちる。
ここのボスであるチャックに視線を向けてみれば、驚愕なのか恐怖なのか、目を見開いてこちらを見て固まっていた。なんとなくだが目の前のチャックという男よりドスの方が強い気がする。さらに言えば最後に倒した護衛の方がいくらか強そうに見えた。
「結構時間がかかっちゃったし、そろそろ終わりにしようかな」
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