0D2 チュートリアル的な何か
ヴェルンはすくすくと成長した。
家が商家だったこともあり、様々な文化、書物、言語に触れることができた。彼が住むハザールはユゼル王国の南端に位置する商業都市であり、王都に次ぐ人口十二万にも及ぶ大都市だ。
王国の端に位置する事で、他国との取引も多く、様々な人種と物が出入りし、経済が活発に動く。その立地から国際間の会議を行う際にも時折利用される事もあった。
そんな人種の坩堝と言っても過言ではない場所に住んでいて尚、未だ幼いヴェルンの容姿は頭抜けていた。サラサラと柔らかく透明感のある金髪と琥珀のような黄色い瞳。愛想良く、あどけないながらも丁寧で、どこか優美さすら感じさせる仕草。よく父親の店で手伝いとして接客する姿は「天使」と客に称されるほどだ。
通常、平人の容姿の能力値はだいたい7、高い者でも13程度だ。貴族、王族になれば15、稀に18に届くほどの者が出てくる。見目麗しい種族と平人の間で名高いエルフでさえ最も高い者で25となれば、ヴェルンの持つ容姿30というのがどれほど異常かわかるというものだろう。加えて「同種族魅了」の特徴を備えているのだから手に負えない。
しかし、あくまで容姿はその種族の中だけの話だ。美的センスが異なる種族にとって、容姿の数値は絶対ではない。
だが、ここで鍵となるのがヴェルンの持つもうひとつの特徴「協調種族魅了」だ。
隠しステータスであるカリスマが高い値を示すことで得たこの特徴は、同種族以外でもヴェルンに対して、何かひとつでも好意的に思えるものがあったならば、その相手は魅了の対象となってしまう。
好意を持たれやすいというのは商人にとって強力な武器となる。加えて物覚えもよく、要領もいい。彼から教えを請われれば、ほとんどの者が気分良くいろいろと教えてしまうだろう。
ヴェルンにとって、遊びや趣味といったものが知識、技術の収集となるまでに、それほど時間はかからなかった。
◆―――――――――――◆
四歳を迎えた僕は、現在裏庭で剣を構えていた。自分の身長と大差ないそれは重々しく、鈍い金属の輝きを放つ。
対面に立つのはハーフアーマーを身に着けた狸獣人の男性だ。彼はリラックスした様子で腰に手を当て僕を見ている。その口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。
「よし、いいだろう。よく頑張ったな!」
「はい!ありがとうございました!」
その言葉と同時、僕は構えを解いて剣先をゆっくりと地面に下した。
僕たちが何をしていたのかと言えば、単純に訓練だ。目の前の彼はヒューイ・アルグスト、今日たまたま店に買い物に来た冒険者であり、休みで暇だからと現在剣の指導を買って出てくれている。
とはいえ、剣を持つのは今日が初日。さらに未だ幼い体では剣を構えて姿勢を維持することしかさせてもらえない。真剣を持たせてもらえただけでも十分と考えよう。
「どうだ?疲れたか?本物の剣だもんな、重かっただろ?」
そう言いながらヒューイは汗を流し、肩で息をする僕の頭をぐしぐしと強めに撫でる。僕は借りていた剣を返して、もう一度ヒューイにお礼を言い、「またおねがいします」と頭を下げる。
彼は照れ臭そうに笑いながら了承し、宿泊している宿へと帰っていった。
僕は生まれた時から他の人と違っている。
同じ歳の子に比べて力が強い。下手をすれば年上どころか大人にさえ負けないのではないかと思えるほどだ。運動も勉強も同年代の子たちがとても拙く感じてしまう。
すぐに自分が異常なのだと気づいた。僕はいろいろな能力がほかの人に比べて非常に高い。
幸い、それらの能力をコントロールすることも容易にできたおかげで、おそらくは未だ誰かに異常性を知られたりはしていない。
平人という種族は、なぜか差別意識が強い。能力に劣る者、容姿が醜い者、貧しい者などに対して酷く傲慢になる。奴隷階級なんてものがあるのも平人だけだ。
平人はそういった人たちに対して、とても攻撃的で恐ろしい。もし、僕の異常な部分が知られれば、どんなことになるのか想像もしたくない。
だから僕は僕の異常性を隠すことに決めた。
まず初めにやったのは力の制御だ。僕と同じ歳の子と比べて、どうして僕の力が強いのか。人間の身体は成長したり鍛えたりすることで筋肉が発達していく。それは腕の太さなど見た目でもわかるものだ。
だけど僕の腕とほかの子を比べても違いはほとんどない。だったら何が作用して力の差を生んでいるのか。
いろいろ試した結果、わかったのは魔力ではない別の何かが作用しているということだけ。その何かは結局わからなかったが、とりあえずそれを制御することはできないかを試す。
結果、制御は可能だった。意識的に行う必要はあるが、ちゃんと力に対して意識を向けていれば、考える通りの力を発揮してくれる。僕は不自然にならないよう、基本的には力の出力はほぼゼロの状態を維持し、人目がない時間に出力が完璧に制御できるよう意識して過ごすことにした。
先ほどの剣の訓練でも素の力しか使っていない。おかげで腕を上げるのも億劫なほど疲れているが、それでも同年代の子が今の自分と同じことができるかと聞かれると難しいかもしれない。
しばらく間を置いて呼吸を整えてから、僕は再び店へと戻った。
僕の父さんはアンバー商会という商店を営んでいる。取り扱うものは様々だが、特に力を入れているのは冒険者向けの商品だ。
回復や解毒、気付けに使うポーションの他、保存食や冒険に必要な雑貨や便利グッズ、装備品に至るまで、冒険者が必要とするものは大概この店で手に入る。
効率を重視する冒険者は多く、たくさんの店をまわって品物を安く揃えるよりも、多少値段が違う程度ならひとつの店ですべて揃えられるうちのような店を利用する。
冒険者が多く出入りする店なだけあって、下手な泥棒は寄ってこない。荒くれ者が多いというイメージを持つ人もいるが、うちに来る冒険者さんたちは穏やかな気性の人が多い。少なくとも僕がこの店で手伝いを始めて以降、一度も商品を盗まれたことはない。
「ただいま!」
従業員用の勝手口から店に入った僕は、戻ってきたことを伝えるため精算所に立つ平人の女性に声をかけた。
僕と同じ金色の髪、優しそうな顔つきで僕を見つめる翡翠のような綺麗な緑色の瞳が印象的なお姉さん。
彼女の名前はラーニャ・ルメリ。アンバー商会で店頭での会計、接客を受け持ってくれている。お客さんたちからの評判も良い。特に男の冒険者さんからよく声をかけられて、上手くあしらっているのを見かける。
「ヴェルンくん、おかえりなさい。剣の方はどうでしたか?」
「すごく重かった。もっと頑張らないといけないみたい」
「確かに、お店の剣も重たいですもんね。頑張るのはいいですが、ケガはしないでくださいね?」
「うん、気を付ける。ありがとう。それじゃ僕も手伝いにもどるね!」
「疲れてないですか?無理して手伝わなくても大丈夫ですよ?」
「だいじょうぶ!」
「そうですか。ではよろしくお願いしますね」
「うん」
そう言って、互いに笑みを浮かべ合った。
僕はそのまま清算用の机の横を通り、店頭へ出る。店に来ていたお客さんとすれ違えば「いらっしゃいませ!」と声をかけ、商品が並ぶ陳列棚も通り過ぎて店の出入口まで進んだ。店の前は多くの人が行き交っており、ザワザワとした喧噪が聞こえる。
冒険者さんから聞いた話だと、ここまで人がたくさん行き交う光景は他所ではほとんど見かけないらしい。
僕が出入口に立ってすぐに、数名の冒険者が来店する。
「いらっしゃいませ!」
「ヴェルンくん、今日も手伝い偉いね」
「ほんとだね。ヴェルンはえらいなー」
「依頼で荒んだ心がヴェルンくんのおかげで洗われるようだよ」
僕の声に反応して口々に褒めてくれる彼らは冒険者パーティ「凍てつく銀剣」の面々だ。最初に反応してくれた平人の男性が前衛、戦士であるカオさん。次が褐色肌と長い耳が特徴の砂人女性で後衛、魔導士のエイリさん。最後が小人の女性で中衛、斥候兼軽戦士のキャロさんだ。
キャロさんに至っては、喋りながら僕に抱き着いて頬ずりしてくる。
「キャロさんくすぐったい」
「えへへぇ…」
「こらキャロ、あ、あなたって人は!」
「…身内の恥…」
キャロさんは密着しているため表情は見えないが、何やら顔を赤くしてキャロさんに怒っているエイリさんと、疲れた表情で額を押さえるカオさんを見て、キャロさんを引きはがした方がいいのか真剣に考えていると…
「キャロさん?」
店の奥から聞きなれた声。ラーニャだ。
声がした瞬間、キャロさんの身体がビクリと震え、バッと勢いよく密着していた体を離す。ひどくおびえた様子のキャロさんに疑問を抱いて、ラーニャの顔を見てみるが、先ほどと同じように優しい笑みを浮かべてこちらを見ているだけだ。
一体彼女は何にあんなにおびえたのか、よくわからないが脳裏に「女は怖い」という、お客さんのひとりから聞いた言葉が浮かんだ。僕は早々に追及することを放棄して改めて接客に移った。
「それではお客さま。ほんじつはどのような品物をおさがしでしょうか?」
それから数刻。僕はカオさんたちの要望を聞いて、それに合致しそうな商品を紹介していく。すでに頭の中にはすべての商品リストが入っているので、この店に有るもの、無いもの、配置や価格など問題なく対応できる。
彼らが求めている品が無い場合は、彼らの時間に余裕のある時は注文を請け負い、早急に欲しいという場合は、ほかにその商品を扱っていそうな商店を抜き出して勧めてみる。ほかにも代用ができそうな商品があれば、それを勧めてみることもある。
僕が接客を終えたあと、清算を終えて帰り際「助かった、ありがとう」と言って笑顔で帰っていく(キャロさんだけは何故かエイリさんに引きずられて涙目で僕を見る)彼らを見送った。
その後も数組のお客さんの対応をして、夕刻。母さんが迎えに来れば僕の手伝い時間も終わりだ。ラーニャや他の従業員さんたちに挨拶をして家に向かった。
母さんは平人にしては珍しい白い髪をしている。黄色い瞳は僕とおそろいで、どちらかと言えば僕は母さん似らしい。
僕らの家は店の裏側、品物を保管しておく倉庫の横に建っている。店の規模からよく豪邸に住んでいると勘違いされることが多いが、実際は家族三人で使うにはわずかに大きいくらいの大きさだ。
というのも、場所が必要なのは品物を保管しておくための倉庫と、客を迎える店舗であって、居住スペースではない。父さんが商談を行うのも店の三階にある特別室だ。それを今まで不満に思ったことはないし、それでいいとも思っている。
…それに、何故だか大きい家というのは、落ち着かない。
店からの距離もほとんど無いので、すぐに辿り着く。扉を開けて中に入るとおいしそうな料理の匂いがふわりと僕を包み込んだ。
父さんはいつも街のあちこちに移動していて、帰りが遅いので先に食べていてもいいという事になっている。だから僕は母さんに促されるまま食事をして、食べ終われば濡れた手ぬぐいで体を拭うといち早く寝室へと移動した。
母さんはいつも父さんが帰ってくるまで寝室へは来ないので、しばらくひとりの時間が確保できる。
僕はベッドには入らず、今日の事を思い出す。昼間、剣を教えてもらう際少しだけ見せてもらった剣の扱い方。それぞれの動作の意味を考え、記憶にある動きと重なるように自分の体を動かす。一度、二度と繰り返すうちに記憶に近づくのを感じる。
だが、同時に致命的にズレている感覚。すぐにヒューイさんと僕の身体の違いのせいだと気づけた。あとは自分用に動きに調整を加えて無駄を無くす。
最初は何もない状態から、徐々に能力の出力を上げていく。動きはそれに伴って早く、鋭くなり、さらに微調整を加えて最適化を行う。
時間にして半刻ほど、肉体と精神に疲労を感じながら、軽く汗を拭った。
(そろそろ母さんが様子を見に来る頃だ)
僕は寝汗用に用意された手ぬぐいで体を拭き、ベッドへと潜り込む。ほどよい疲労感のおかげですぐに眠気が来て、そのまま意識を手放した。
ヴェルン・アンバー
4歳
生まれ:商人
職業:商人Lv1
器用:11(1000)
敏捷:11(1000)
筋力:14(1000)
容姿:30
知力:1000
生命力:11(1000)
精神力:1000
HP:22(1000),MP:1000
特徴:「同種族魅了」「協調種族魅了」「思考加速」「多重思考」「精神耐性」「魔法耐性」「魔力回復速度上昇」「頑強」「自然回復力上昇」「信頼」
技能:「交渉」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます