0d1 設定完了!次行こ次

 ひたすらにダイスを振り続ける日々。

 もう何度振りなおしたのかわからない。最初のうちは疲労もなく睡眠欲や食欲を感じることもない。最強ステを目指す俺にとってお誂え向きだと、安易に考えていた。


 時間どころか朝か夜かもわからない。七項目すべての能力値が最大値になる確率など天文学的な数字になるだろう。気が遠くなるような単純作業の繰り返し。


 何度も妥協しそうになりながら、気が狂いそうなほどの回数、ダイスを振り続けた俺はついに何度目かもわからないダイスロールで念願の全ステMAXを達成した。

 ぶっちゃけ惰性で振っていた時に一度MAXを不意にしたのは痛恨だった。


「…ゃった」

「おめでとうございます。それではこの能力値で決定してよろしいですね?」

「あぁ、ありがとう。これでいい」

「……申し訳ありません。少し訂正が必要なようです」

「ん?」

「設定された能力値、容姿の数値ですが、新たな肉体に適用できるのは30までのようです」

「え?あ、いや、そうか。そうだよな」


 考えてみれば、そりゃそうだ。通常3~18までの数字で設定しているはずのものが俺の場合1~1000でやっているのだから、不具合くらい出るだろう。造形の限界というか、なんというのか、設定していた以上の数値を出されても対応できないのは当たり前だ。……そんなので、よく許可出したな。


「だとすると、結局容姿に関しては最大値の30になるってことか?」

「そうですね。設定できるのは30までですので、残りは能力値に表記されない部分に加算させていただきます」


 …ん?ちょっと待て。なんかサラッと重要なこと言わなかったか?


「能力値に表記されない部分って…なに?」

「表記上には表れない能力値の事です」

「…隠しパラメータってこと?」

「…概ねその認識で間違いないとのことです」


 うわぁい、隠しパラメータとかあんのかよ。


「ちなみに容姿の能力値の余り、970は何に割り振られる?」

「…あなたの認識で言うならカリスマというのに当てはまるようです」


 なるほど、カリスマか。…なんとなく、いい気がする。


「隠しパラメータについて詳細を聞いても?」

「これ以上の回答はできないとのことです」


 …これでも結構サービスしてくれたっぽいな。この回答をよこしてるのは一体どんなやつなのか気になるところだが、何か藪蛇になりそうだからやめておこう。


「では、容姿の能力値、余剰分をカリスマに割り当ててよろしいですか?」

「あぁ、それで頼む」

「…能力値設定、完了しました」


 長い時間(正直どの程度の時間かはさっぱりだが…)を共にしたせいか、影女の声音も最初に比べてかなり柔らかくなっている(ような気がする)。

 なんにせよこれで彼女ともお別れだ。なんだか少し寂しい気もする…


「では次にあなたの生まれと経験に関する事項を設定していきます」


 …まだあった。

 能力値に全力すぎてその辺りを完全に忘れていた。いや、仕方ないことだと思う。うん、ちょっとセンチメンタルな感じになってたのが凄く恥ずかしい。


 ここで決める「生まれ」と言うのは俺が新たな肉体で生まれる際の環境についてだ。これに関しては完全にダイスによるランダムで、自身で選択することはできない。まぁ能力値を自分で決められるだけ十分恵まれていると思うので特に反論はない。

 両親の職業が狩人なら生まれは狩人、貴族の家に生まれれば貴族というように、生れ落ちる環境によって、僅かだが先ほど決定した能力値にプラスやマイナスの補正がかかる。


 「経験」は自身が成人するまでの間に起こるイベントのようなものだ。なぜわざわざ決める必要があるのかはわからないが、決める必要があるというのだから仕方がない。


 ここは悩む要素がないため、早速ダイスを振って影女に結果を聞く。俺が割り当てられたのは以下の通り。


「生まれ」:商人

「経験1」:誘拐される

「経験2」:一定期間の記憶がない


 …やばい、二番目もやばいけど、最後のが特にやばい。転生する際の最大のメリットは記憶の引継ぎが可能なことだ。当然最初の質問で記憶が引き継がれることは確認していた。しかし、ここで出た一定期間の記憶がないというのは、もしかするとこの場での記憶が喪失の対象になっているかもしれない。


「では、これで決定となり…」

「ちょ、ちょっと待って!これ、振り直しは」

「できません。これで決定となります」


 無感情な声音で冷たくそう告げる影女。全然やわらかくねぇ!誰だ、ちょっと打ち解けた風に語った奴!

 …俺だよチクショウ!


「結果を基に転移する場所と家庭を選定。…該当複数あり、ランダムにて決定します。…設定完了続いて…」


 まるでプログラムを実行中のPCの如く、処理内容をつぶやく影女。その様子をがっくりと肩を落として視界の端に収めていた俺は、唐突に自身の異変に気付いた。

 手足が徐々に消えていく、その光景に思わず悲鳴を上げかけて…


「安登達真の肉体抹消、同時に新たな肉体の再構築処理を実行中…」


 俺の耳に飛び込んできた影女の言葉に口をつぐむ。最初に言っていた「現在の肉体を捨てる」という言葉を思い出したのだ。

 いやいやいや、せめて完全に抜け殻の状態のやつを処理してもらえませんかね?!意識ある状態で肉体抹消とか怖すぎる!


 改めて抗議しようとして、すでに発声できないほどに肉体の抹消が進んでいることに気付いた。肉体の感覚はすでにほとんど消えており、すぐに視覚、嗅覚、聴覚も働かなくなる。

 そうして何もかも感じなくなった直後、完全に俺の意識は途絶えた。


◆―――――――――――◆


 何もない、真っ白な空間で女が一人無言で佇む。

 女が見つめる先は、つい先ほどまで三十前後の男性が立っていた場所だ。


 彼女が担当した人間は彼で五人目だった。今までの四人はこちらの言うがまま、渡されたダイスを振り、その出目に一喜一憂しつつ早々に旅立っていった。


 しかし、今の彼だけは今までに例がないほど長い時間、この場所で過ごした。実質、時間の経過は一切ないが、体感的な長い時の中、気を紛らわせるためだったのだろう、彼は彼女にたくさんの話をした。最初はただの質問、質問がなくなれば自身の身の上話、最終的にはかなり下品な内容のものもあった。


 彼女はただの端末、複数ある中のひとつでしかない。感情も無ければ自由意思もない。創造主から命じられたことを、ただ淡々と処理するだけの存在だった。

 しかし、彼女には簡易的とは言え思考能力が存在した。その思考能力が、彼に対して「おもしろい」と感じる程度には、彼女の中で変化が生じていた。


 そして彼女は思う。自身が担当する残りの五人はいったいどんな人間なのだろうと…。

 感情も、自由意思もなかったはずの彼女は、その影につつまれた体の奥で、僅かに笑みを浮かべた。


◆―――――――――――◆


 地球とは異なる理が存在する世界ガルナンク。

 その中のダルク大陸北西に位置する都市、ハザールに店を構える商人パトリック・アンバーとフューリー・アンバー夫妻のもとに男の子が生まれた。

 生まれたばかりのその赤子は、とても愛らしく、見た者は例外なく目を奪われた。男の子はヴェルンと名付けられ、アンバー夫妻のもとで愛情をもって育てられることになる。


 こうして、安登達真としての人生は終わり、新たなる世界ガルナンクにてヴェルン・アンバーという名の物語が幕を開ける。


◆―――――――――――◆


 ヴェルンと名付けられた赤子に安登達真としての記憶はなかった。彼の懸念通り、ダイスで決まった一定期間の記憶喪失の対象になったのが安登達真としての人生そのものだったからだ。

 だからこそスタート地点はほかの子供たちと変わりないはずだった。


 しかしヴェルンはとてつもなく賢かった。あの白い空間で設定した知力1000という規格外な能力値はそれだけの力を持っていた。

 生まれて数時間で両親やほかの人間が話す言葉という概念を理解し、使用する単語と場面を記憶し、意味に結び付けていく。数日も経てば、日常的な会話ならば問題ないほどに言葉に対しての理解を深めていた。


 同時に自身の肉体が未熟であり、発声、肉体の操作が困難であり、脆弱であることも理解していた。ヴェルンは自身の肉体が壊れないよう、少しずつ体を動かすことに注力し、ゆっくりと肉体を十全に動かす術を身に着けていった。


 さらに数日後には四つん這いで歩けるまでになった。しかし、ヴェルンはそれを両親にすら悟らせなかった。しっかりと周囲を観察し、他人の反応を見て対応していた。言葉を覚える過程で、人間の持つ感情の機微にも気づけたからだ。


 ヴェルンは異常ともいえる速度で物事を学習し、世界に適応していく。もし彼の成長速度に気付ける者がいたならば、間違いなく「化け物」だと認識しただろう。


 幸いにして、ヴェルンの異常性に気付ける者は、彼の近くには誰一人としていなかった。


ヴェルン・アンバー

0.3歳

生まれ:商人

職業:-

器用:3(1000)

敏捷:1(1000)

筋力:4(1000)

容姿:5(30)

知力:1000

生命力:5(1000)

精神力:1000

HP:10(1000),MP:10(1000)

特徴:「同種族魅了」「協調種族魅了」「思考加速」「多重思考」「精神耐性」「魔法耐性」「魔力回復速度上昇」「頑強」「自然回復力上昇」「信頼」

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