異世界RP~何面ダイスで振れるんですか?~

朽木リケ

0D0 ダイスの女神様

 いつもと変わらぬ日常。

 あくせく働いて金を稼ぎ、休みの日には家でゴロゴロ、ダラダラと過ごす。ときおりゲームや本を買って暇つぶしの道具を仕入れ、人恋しくなればSNSを通じて誰かと接しているという安易な安心感を得る。

 何も変わらない、世間にとって薬にも毒にもならぬような、そんな毎日。それが彼、安登達真(あとたつま)の日常だった。


 しかしてそれは、何の前触れもなく唐突に終わりを迎えることになる。



 仕事が終わった午後8時半。会社から家までの道のりを車で20分ほどかけて家に帰りつき、さぁ寛ごうとした瞬間だった。


 唐突に視界が切り替わる。壁、扉どころか、空も地面もないような、ただただ真っ白な空間。今の今まで見慣れた自宅のリビングだったそこは、記憶とは似ても似つかぬ場所だった。


「は?」


 言葉を発するというよりは、ただ開いた口から息が漏れただけのような間抜けな声を上げて周囲をキョロキョロと見回す。


 白、白、白、どこまでもひたすらに真っ白。陰影すらないその場所は、果たしてどれほどの広さをしているのかさえ把握することは不可能だった。


 その恐ろしいまでに白い空間に囚われた達真は……


「…なんだここ?」


 恐ろしいまでに鈍かった。


 眠たそうな半眼。手入れの行き届いていない口元と顎の無精ひげ。ところどころが寝癖のようにはねている頭髪。猫背気味の姿勢。彼は、見た目通りやる気も、向上心もない、世間一般でいう典型的なダメ人間だ。


 冷静と言えば聞こえはいいが、凡そ彼に関しては、その言葉は当てはまらない。そもそも考えることを半ば放棄している彼に、生命力というものは一切感じられなかった。このまま何事もなく時間が経てば、そのまま死を迎えるであろうことは間違いない。


 しかし、そうはならなかった。


 やる気のない目で「なんかやべぇな…」と一切危機感の感じられない口調で達真が呟いていたその時、何もなかった空間に何者かが現れる。


 それはおそらく女だった。

 おそらく、というのはその人物がシルエットのみだったからだ。遮蔽物も何もない空間に人の形をした影のみが見える。


「え?…えぇっと…」


 さすがの達真も、突然の謎人物登場に動揺し、うまく言葉が出てこない。


「おめでとうございます。あなたは世界を渡る権利を得ました。」


 そんな達真の様子など気にも留めず、淡々とした口調で事務的にそう告げたのは、女の声だった。


「…お、おう」

「世界を渡るにあたって、あなたは現在の肉体を捨て、新たな肉体を創る必要があります。」

「…世界を渡る…肉体を創る?」

「肉体を創り出すための基本情報として、あなた方の遊戯の文化、RPGと呼ばれるものを参考に致しました」


 達真の呟きを完全にスルーして話を進める影女。だが、RPGという言葉に、達真は思わず耳をピクリと反応させた。


「肉体の能力値はすべてダイスにて決定して頂きます」

「ちょ、ちょっと質問!質問いいですか?!」

「なんでしょう?」

「それって何面ダイスで振れるんですか?」


 その質問に、影女はしばし沈黙する。

 そして一言


「特に指定はないようです」


 その返答に、普段常時休眠状態の脳細胞が刺激される。まるでどこかに問い合わせていたような返答。そして「特に指定はない」という返答。

 達真の眠たげだったまぶたが僅かに見開かれる。


「指定はない、ということは100面…いや、一万とかそれ以上でも可能ということですか?」


 再び、沈黙。そうして帰ってきたのは肯定だ。

 「チート」「無双」という言葉が思い浮かび、思わず飛びつこうとする厨二心を抑え込み、石橋を叩いて渡るように慎重に質問を重ねる。


「それでは、仮に一万面ダイスやそれ以上の数値のもので能力値を決定を行った場合、何かデメリットはありますか?」

「デメリットというのは何を指してのものでしょう?」

「ん~…、例えばダイスを振るためにペナルティーが発生したり、マイナス補正が入る、もしくは、肉体に致命的な欠陥が発生する…とか?」

「…そうですね。ダイスを振る行為自体にペナルティーなどは無いようです。しかし、種族によって限界となる数値が存在しますので、限界以上の能力値を得ることで何かしらの不具合が発生する可能性はあるようですね」


 達真はなるほどと納得する。ここで言う能力値と言うのがどういった風に新たな肉体というのに反映されるのかはわからないが、言葉通りであれば、でたらめな能力値を与えられた末、制御できずに自滅なんて未来は様々な読み物の中にも描かれている。ここで無理に強行する事でもないだろうと判断した。


 その後も達真は石橋を叩いて渡るように質問を重ねていく。種族とはどれくらいの種類があるのか。種族を自身で選ぶことは可能か。種族による限界値はどの程度のものか。振り直しは可能か。可能なら何度まで振りなおせるのか。振りなおすことにペナルティーはあるのか…などなど、思いつく限り聞いていった。


◆―――――――――――◆


 一通りを質問し終えて、考える。

 影女の言う「世界を渡る権利」とは、そのまま魔法の存在するファンタジックな世界へ転生、生まれ直しをする権利という意味だ。

 この白い空間は新たな肉体、TRPGチックに言うならキャラシートを作成する空間ということらしい。


「肉体を捨て、世界を渡る権利、行使するか否か…決まりましたか?」


 さんざん質問攻めにした俺を鬱陶しがることもなく、丁寧な返答をしてくれた目の前の影女は、感情の読めない事務的な声音で問うてくる。


「世界を渡る」

「二度と元の世界に戻る事は叶いませんが、よろしいですね?」

「構わない」

「権利行使の意思を確認、これより安登達真の肉体抹消、再構築の準備を行います。」


 影女がそう言った瞬間、俺と影女しか存在しなかった空間に、突然映像が投影される。そこに映し出されるのはゲームのキャラエディット画面だ。現在は何も設定していないため、マネキンのような半透明な人型が映っているだけになっている。


「まずは種族を選んでください」

「…わかりました」


 種族は自身で選んでもいいし、ダイスでランダムに選ぶこともできるらしいが、どちらでやっても特に種族のラインナップが増減するということはない。ならば普通に選んだ方がいいだろう。


 ここで選べる種族は大きく分けて七つ、平人、獣人、魔人、創人、巨人、小人、幻人となる。ここからさらに細かく派生しておりその数は数百種に及ぶ。


 簡単に各種族を説明すれば、平人は地球に存在する人間と見た目上は変わらない種族だ。派生したとしても肌の色や各大陸の特徴がつく程度で、能力値は全種族の平均、図抜けて得意なものないかわりに、特段苦手なものもない。


 次に獣人、体の一部、もしくは全身が獣のような特徴を持つ種族。能力は自身の持つ動物の特徴が反映される。筋力、敏捷値が高い者が多い。半面、魔法には攻撃、防御共に脆い。


 魔人は読んで字のごとく、魔法に特化した種族。想像しやすいのはやはりエルフだろう。魔力を扱うことに長け、多種多様な魔法を使いこなす。だが、筋力などの数値は総じて低く、細身の者が多い。攻撃魔法は強力だが、魔法への耐性は低い。


 創人は、創作、研究、開発に優れた種族だ。ドワーフなどがその中に含まれ、総じて器用な者が多い。能力値は器用、精神力が高め。攻防共に他種族に比べてやや高めだが、敏捷の数値が他種族よりもかなり低め。


 巨人、大きな人間。大きな者は身長4mにも及ぶ膂力と体格に恵まれた種族。筋力と生命力の値が高く、総じて打たれ強い。かわりに知力の値がかなり低い。肉体にその土地の特徴が表れることが多い。フォレストジャイアントやフロストジャイアントなどがいい例だろう。


 小人、小さな人間。大きな者でも100cmに満たない子供のような外見を持つ種族。種族によって器用な者、素早い者、賢い者と様々なタイプに分かれるが、総じて魔法に高い耐性を持つ、筋力は見た目相応に低い。ホビット、ゴブリンなどがその中に含まれる。


 最後に幻人、別名幻想種と呼ばれるこの種族こそ本来の意味で多種多様だ。オーガやフェアリー、ドラゴニュートなどがこの種族に含まれている。一見、ほかの種族に含まれそうな種ではあるが、ひとつ他とは違う能力が存在する。彼らは総じて変身能力を有しており、より自身の能力を特化した姿への変化が可能な種族だという事だ。一応いくつかの制約はあるようだが、他種族に比べて強力な力を持っていることは間違いないだろう。


 俺は散々悩んだ末、平人を選んだ。長寿や変身という種族特徴は魅力的だ。それに特化能力というのにもロマンを感じる…が、いろいろ考慮すると最終的には平人が一番無難なのだ。質問の結果、結構有益な情報も手に入っているので、抜かりはない。平人の中でも欧州人のような外見の種を選択。


 次はいよいよ能力値を決めるダイスロールの時間である。


 ダイスによって決定する能力値は器用、敏捷、筋力、容姿、知力、生命力、精神の七項目。


器用:その数値が高いほど肉体を操るのが上手くなる。手先の器用さだけでなく、運動能力、バランス感覚などに作用する結構重要な項目だ。


敏捷:数値が高いほど瞬発力、反射速度が上がる。この数値を高くしておけばスポーツ漫画で見るようなゾーン状態を常に維持できるということだろうか?


筋力:数値が高いほど力が上がる。どういうことかと言えば、本来肉体を鍛えることで手に入れる筋力とは別に、疑似筋肉のようなものがあり、それが肉体の補助を行うことで見た目以上の膂力を発揮するということらしい。筋力なんて夢の無さそうな能力値のくせに、その内容は一番ファンタジーだった。


容姿:数値が高いほど美しい容姿になる。ここで言う美しいの定義は同種族に適用されるものだ。数値が一定以上の者は「同種族魅了」の特徴が付くらしい。


知力:数値が高いほど思考速度、魔法攻撃力が上がる。ほかにも記憶力、理解力なども上昇するようだ。


生命力:この数値が高いほど死ににくくなる。肉体の回復力、打たれ強さなどが上昇し、一定以上の数値を持つものは「自然回復力上昇」「頑強」などの特徴が付く。


精神力:この数値が高いほど精神が強くなる。魔法に対する耐性や、魔力が上昇し、精神攻撃などにも強くなる。数値が一定以上になれば「魔力回復速度上昇」「精神耐性」などの特徴が付く。


 とまぁ、各能力値はこのようになっており、どれもかなり重要な要素だろう。通常は3D6(六面ダイスを三つ)振って決めるそうだが、これは俺のように質問、要望を出さなかった場合だ。

 交渉の結果、俺はこれを増やして振れることになった。平人種の能力限界ギリギリを確認しての結果なので、能力値のせいで生きていく上で欠陥も発生しない。


「では、このダイスを使用してください」


 影女のその言葉と同時、目の前に三つのダイスが出現する。それに刻まれた文字を見て、思わず口角が上がる。


「ありがとうございます。それでは早速…っと」


 ダイスを手に取り、前方へと放る。コロコロコロとダイスは転がり、止まる。出た数字は…


「…502ですね」

「ひゃはっ」


 影女の声に、思わず変な笑いが漏れる。502、そう502だ。俺が振ったダイスは3D10(十面ダイスを三つ)だ。だが、そこに刻まれた数字はそれぞれ、百の位、十の位、一の位を示している。

 通常、最大でも18までしか出せないダイス、それを俺は最大1000まで算出できるものに変更してもらったのだ。(0~9までの数字が書かれたダイスが、すべて0だったときは1000という認識になる。)

まさか許可が出るとは思わなかったが、言ってみるもんだ。


 俺は気分よくダイスを振っていく。その結果、俺の能力値は以下の通り。

器用:502

敏捷:935

筋力:1

容姿:411

知力:690

生命力:547

精神力:326


 まさか1~1000で1が出るとは思わなかったが、まぁいいだろう。なんせ『何度でも振りなおせる』のだから。


◆―――――――――――◆


 それからどれほどの時間が経っただろうか。白い空間に時間を示すものはなく、空腹も疲労もない。ひたすらダイスを振り続ける。

 なにせ振り直しは、器用から順に精神力までをすべて振って、すべての数値を新たなものへと上書きするというものだ。一番最初に1000を引けたとしても次が1なら意味がない。

 俺が目指すのはオール1000の最強ステだ。どれだけ確率が低かろうと七つの項目すべてが最大値になるまではやめるつもりはない。


 それに付き合う影女も、それを咎めることはない。ひたすら淡々とダイス目を読み上げる。読み上げる意味はあるのか、その辺りはわからないが、特に何も言うことはない。俺もひたすらダイスを振り続けた。

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