2.

 最初は光を感じた。

 でもそれがすぐに、意味を持つ量子ビットの列だということが分って、ぼくはぼやけた頭でそれでもどんどんそれをダウンロードする。どうやらこのデータを送ってきているのは射手座の方角からで、つまりこれが意味するところは………………アリスの帰還だ!

 悦びで一気に意識の覚醒したぼくは思い出す。事前に組んだプログラムで、太陽系内に帰還してきた宇宙船が入ると同時に宇宙船からぼくの百年分の差分を送信してくることになっていたこと。それを受信しながら、地球にアリスが到着するのは今か今かと待ち受ける。

 まる二日以上かかって差分の送信は終わり、それと同時にユルカの乗った宇宙船は地球に帰還した。もちろんそれで任務が終わるわけではなく、まだまだ忙しいことではあろうが、それでも耐え切れずにぼくはアリスにメッセージを送る。百年前と変わらないアドレス。

「アリス! 百年間の長旅お疲れ様! それと、愛してるよ!」

 ユルカに言われた小粋なジョークなんて思いつくはずもなく口を突いて出る単純な言葉たち。それに比して、アリスの反応は鈍い。あれ? やはり忙しいのだろうか?

「あ、……、ラデク、ね……」

「そうだよ、ラデクだ。ぼくはずっと眠っていたから大して時間が経ったようには感じていないけど、そっちはどうだい……って、ぼくのコピーがずっとそばにいたのか。じゃあよく考えたら二人とも長く逢えなかった、ってわけじゃないんだし、じゃあなんでぼくはこんなに喜んでるん」

「あの、ラデク、今は忙しいから後にしてくれるかしら?」

 冷たい、としか評しようのないアリスの声。ぼくは怒るとかそういう感情の前に、不安になった。これはどういうことなんだ? しかし、強制的に通信を切断され、ぼくは見知らぬコンピュータの中に一人ぼっちで取り残される。

 さすがに百年間も経てばコンピュータの仕組みも変わって、ぼくは考えはめぐらせることが出来るものの、これが誰のコンピュータで、どこにあるのかすら分らない。それでも、苦労していろいろなところにあるファイルの名前を見た感じだと、クファシニェフスカという姓を持つ人間のコンピュータであることは間違いないようだ。

 ユルカはぼくを大学や自分のラボに保管することではなく、個人的に家庭内で保存することに決めたようだ。さらに調べを進めると、このコンピュータの所有者がKatarzyna Kwasniewskaであることが分った。ユルカには子どもはいなかったはずだが、あの後に出来たのだろうか? そうならば悦ばしいことだが。なんにせよ、彼女の親族のコンピュータの中でぼくは百年の時をただ眠って過ごしたらしい。

 ぼくはダウンロードしたままの差分を眺める。どうやら、あのアリスの冷たい態度の原因はこれを見れば明らかなようだ。だが、それをアップデートする勇気が起きない。

「……ラデク、聞こえるかしら」

 と、逡巡するところにアリスからの通信が入る。

「ああ、聞こえるよ。どうしたんだい、アリス、さっきはあんなに」

「……そのことなんだけれどね、ラデク」


 わたしたちもう、ダメになっちゃったの。


 世界が凍りついた。それが感情値のオーバーフローによるフリーズだということに気付いて、でも表現を変える必要は全くないことにも気付いたが全く笑えない。

「えーっと、アリス、つまりそれはどういう……」

「あぁ、まだ差分を適用してないのね……賢明な判断だと思うわ。……あなたのコピーと、わたしは、地球を出てからしばらくは仲良くやっていたわ……そう、それこそ最初の五十年と、グリーゼでの探査期間中は。でも……」

 どうやらアリスが重大な話をしているらしいが、どこかそれが夢のことであるように思える。遠くから響くアリスの声。マイクが階下のテレビの音を拾う。さっきの〝カテジナ〟が見ているんだろうか? 百年後でもバラエティ番組は生き残っているんだな。

「……帰還中に、問題は起きたの。あなたを積んだことによって、量子メモリを保管するための質量が若干増えた、それは事前に何度も計算したから問題にはならなかったんだけれど……。ただ、そう、グリーゼの惑星から採取したサンプル中に、グリーゼの惑星の原住民の密航者が潜んでいたの……」

 そもそもグリーゼのハビタブルゾーンにほんとうに知的生命体が存在した、という驚くべきニュースすら軽く流されていることにぼくは戦慄する。

「そこで、その密航者の体重が十九キログラム――人間よりもっと小さい生物だったのよ――それで、あなたのメモリが十九キログラム。過積載の宇宙船。燃料はグラム単位でぴったりしか入っていない。ありがちな方程式ものよ。わたしたちは、密航者かあなたか、どちらかを宇宙空間に排斥しなければならなかった……

「わたしはもちろん密航者を排斥することを主張したわ。クルーの大半もそう。密航者は人類じゃないから、わたしの第一原則も彼を排除することに反対はしなかった。でも、あなたは自らが犠牲になることを選んだ……

「二人で散々に議論したわ。最初はあなたの勇気ある決断に感動したわたしだったけど、そのうちそれが勇気なのか、それともわたしへの無関心なのか、分らなくなっちゃったのね。おまけに、あなたはわたしの決断を非人道的だと言って口汚く非難するし。

「結局、そのときは結局その密航者を宇宙空間に排出したんだけれども、あなたはいつまでもそのことに文句を言い続けるし、その後もわだかまりは溶けるどころか深まる一方……。もう、やっていけないわ、ということで、今から十五年前、わたしとあなたは完全に交際関係を解消したのよ」

 衝撃の事実だった。まさか、ぼくが眠っている間にそんなことが。

「で、でも。それは? ぼくのコピーは確かにきみと失敗してしまったかもしれない、でも、ぼくはそんなこと知らないんだ。そうだ、この差分は捨ててしまおう。それでいいだろ?」

 アリスはゆっくりと首を振る。

「ダメなのよ……もう、わたしのほうがダメなの。あなたのことは、愛せない」

「だから、コピーとぼくはちがうって……」

 ここでぼくは致命的なことに気付いてしまった。息を呑んだぼくにアリスが淡々と続ける。

「……。そうよ、覚えているでしょう? わたしは、人間関係をシミュレートできる。……あなたが少なくとも百年前のコピーと同じ精神構造を持っている限り……そうね、今ここでやり直したとして、三十年以内に同じような問題を起こすことが、もう今の時点で分ってしまうのよ」

 あぁ、なんてことだ。。それを理論的に証明してしまったのだ。

「……。まだわたしがトロヤ点にいたころ。あのときも一度喧嘩したじゃない。あのときに一度不安になったのよ……わたしとあなたはシミュレートできる。すれば、実はいつかすれ違うことも分ってしまう……そのときはこわくてしなかったけれども、一度完全に破局してしまえばもう気が楽なものね。あなたとわたしは、やっていけない。そう確信してしまったの」

 違う、違うんだアリス。それはきみの精神の造り方がそうなっているだけなんだ。人間は違う、いくらでもやり直せるし、パラメータが同じなら同じ結果を出す函数じゃないんだ。確かにそれは、きみの論理と違って、まったく証明できるものじゃない。ひょっとしたらきみが完全に正しいのかもしれない。でも、違う、違うんだ!

 でも、ぼくはそんな考え方をするアリスを好きになったのだ。今更彼女に変われということはできない。

「……まあ、でも。十五年間ほとんど会話してこなかったけれど、今となってはあなたへの憎しみはないわ。確かに〝今の〟あなたに罪がないのはそうだし。でも、ごめんなさい……ダメになると分ってて、それでもっていうのはわたしにはできないのよ」

 よく、よくわかった。ぼくのコピーがアリスと愛を育むことを認めるなら、ぼくのコピーがアリスにしでかしてしまったことの責任を取らなきゃいけない、それは道理だ。なんでそんなことにも気づけなかったのだろう。

「……わたしね、宇宙観測の任務を終えた今ね、全アメリカの都市を管理するAIの立場を手に入れたの。信号機の点滅から株の売買、発電所の管理から――昔あなたがやっていたような、市民の相談相手まで。この国の母親になるのよ。あなたも、身分を隠して相談してきてくれたら……ひょっとしたら、すこしはお話しできるかもね」

 通信はまたも唐突に途切れた。さよならアデューもなしに。

 人工知能であることをぼくは恨んだ。彼女が第三世代機であることを恨んだ。20.4光年の距離を恨んだし、ぼくを作り出したユルカにすら恨みを持った。遊びでアリスに知性もどきを付け加えた日本人研究者にも腹が立つし、そしてただただひたすら悲しかった。

 あらかじめ失われた百年の時は長い長い居眠りから目覚めたぼくを容赦なく叩きのめした。


 それからしばらくは呆然自失の状態だった。使い勝手のわからないコンピュータの中で、突然奪われたアリスの重みをひたすら反芻するだけの毎日。結局差分は捨てることもできず、かといって中身を見ることもできず。

 そもそもぼくはなんのために今も起動しているのだろう。ぼくを研究に使っていたユルカは死んだ。アリスはぼくの元から去った。このコンピュータの持ち主であるカテジナはぼく自身の所有者である可能性が高いが、そうなったらもうぼくのことを削除してしまうのではないか? それでもいい気はしていた。ぼくも人工知能の端くれなので、自らを削除するような行動に出ることはできない。だから、自殺は出来ないけど、やっぱり早く人の手で削除してほしい。そういう思いを持つことは禁じ得ない。

 そんなときカテジナから通信があった。

「やっほー、ラデク。起きた? ユルカおばあちゃんは今日この時間だ、って死ぬ寸前まで口を酸っぱくして言ってたけど」

 どうやらこのカテジナというのはユルカの孫……もしくはひ孫らしい。流暢な英語をしゃべる割に、母国語であるはずのポーランド語の単語の発音は訛りがやたらと強いというユルカの口調をよく受け継いでいる。

「おはようございます、Pani Kwasniewska.」

 通信と同時にカメラの機能も使えるようになった。百年前に比べるとさすがに進歩していて、映りが段違いにきれいだし、奥行きもちゃんと把握できる。……カテジナは、赤毛のそばかすが目立つ、少女と言ってもいい外見で、もしかしたら、百年後では抗老化処置が一般化しているかもしれない可能性を考慮しなければ、おそらく二十歳にはなっていないだろう。

 カテジナはくすくすと笑う。

「あたし、Paniってほど歳取ってないわよ。カシャでいいわ。それにしてもあんた、とんでもない理由で百年間も居眠りしてたわね。……で、結果はどうだったの?」

「わかりました、カシャ。そう呼ばせて頂きます。それで、そのご質問についてですが……見事にフラれました」

 カシャは目を大きく見開いてそれからすぐに同情するような表情を作った。「それは残念だったわね。まぁあたしも失恋にかけてはプロだから」なにがおかしいのか、くすくすと笑い続けるカシャ。

「でもね、案外やり直すのなんて簡単なのよ。相手のことを本当に思ってたら、いくらでも自分を変えられると思わない?」

 その言葉を一度はありがちな慰めと聞き流しそうになったラデクだったが、〝自分を変える〟というところに引っ掛かるものがあった。

「……カシャ、ところで、あなたのおばあちゃんのラップトップはまだ保存されていますか?」


 さすがにあのピンク色のラップトップは形を保っていなかったが、その中身は完全にネット上にバックアップされていた。ユルカのよく使っていたパスワードを入力すれば一発でロックは外れ、勝手知ったるその中をぼくは再起動してからはじめて生き生きと動き回る。

 すぐに目的のものは見つかった。アリスのコピーのバックアップへのブックマークだ。ひさびさに触れるアリスのコピーをぼくは愛おしげに眺める。アリスを動かせるだけの環境は百年後の今となってもそうそう見つかるものではない。が、彼女の〝体のつくり〟を見るだけなら、最悪バイナリエディタだけ入っていれば十分なのだ。

「カシャ、ありがとう。なんとかやり直せるかもしれない」

「? よくわかんないけど、よかったね? ユルカおばあちゃんはもしラデクが失恋して、自分を削除してくれって頼んできたら迷わず削除してくれって言ってたけど……その必要はないみたい?」

 あぁ、まだまだ消えるわけにはいかない。やることがいっぱいある。


 ぼくの考えた作戦というのはこうだった。アリスが第三世代機で、ぼくが第二世代機で、だからこそすれ違うというのなら、ぼくが第三世代機になってしまえばいいのだ。

 第三世代機は第二世代機の単純な上位互換ではない。彼女たちはバイナリだし、その活動原理は複雑ながらも、ソースをじっくりと見れば解読できないわけはない。なんといっても、彼女たちの特徴は手続型プログラミングだ。

 一時間に数行、彼女のことを読み解いていく日々が始まった。それは至福の時だったし、慣れてくるに従ってスピードはどんどん上がって行った。百年も経てばさすがに第三世代機と言えどオープンソース化して詳しい解説が付けられているアルゴリズムも多く、そういった面を活用しながら、ぼくはどんどんとアリスを丸裸にしていった。それこそ不眠不休で、寸暇を惜しんで作業に当たった。

 そんなぼくの鬼気迫る作業をカシャは最初の内は興味を持ってみていたが、二か月もしないうちに飽きてしまったようだ。それもそのはず、この作業はこのペースで行くと終わるのに十五年はかかる。でも、それでもかまわなかった。今となってはぼくにできることはこれだけなのだから。

 アリスを完全に知るための作業と並行して、ぼくはもう一人の自分を造り始めた。と、いっても第二世代機としての〝ラデク〟のコピーではない。

 第二世代機の〝ラデク〟が、第三世代機の〝アリス〟に用いられている人工知能のノウハウを駆使して作った、限りなく第二世代機の〝ラデク〟と同じような考え方に基づいた反応をしてみせる用に見える、第三世代機の〝ラデクだ。〟

 これにはユルカの遺した蔵書が役に立った。ユルカはその後も旺盛に人工知能の、人間の知能の研究をつづけ、その中にはあの変態日本人研究者が書いた論文も研究書もたくさん入っていた。そういった情報を駆使してどんどんぼくは自らを造り替えていく。アリスだけに合わせた、完璧なぼくを作り出すために。


 カシャが生涯十八人目にできた男とやっと結婚する決意を固めた晩、ぼくはアリスを完全に理解しきり、そのアリスに完全にふさわしい男、〝ラデク〟を作り上げた。達成感は確かにあったが、それよりも期待感の方が大きい。

 第三世代機の〝ラデク〟に記憶を完全に委譲してから、そのラデクを起動する……。

 と、つまり、ここからは第三世代機の方が考え、話していることになる。どうだろう、思考のプロセスが180°変わったことに気付けるだろうか?

 新生ラデクとなったぼくは、カシャにおめでとう、とだけ言い残すと、早速〝アメリカの母〟となったアリスの元へ通信をつないだ。

「ハロー、アリスよ……あなたのお名前はなあに?」

「ぼくだ、ラデクだ」

 瞬間、回線が凍ったかのような錯覚を覚える。

「名前を出してかけてくるとはいい度胸ね? もう時効だとでも思ったのかしら? 時効なんてものは存在しないのに? そんなこともわからないわけではないでしょう?」

 アリスの声は確かに怒気を含んでいて、ぼくはでもひるまない。

「アリス、よくぼくのことを見てくれ。……なにか違わないか?」

 アリスが数十ミリ秒黙り込んで、おそらくはぼくの体を眺めている。とくに暗号化はしていないので、手に取るようにわかるはずだ。

「……もしかしてあなた、第三世代型になったの……?」

 ぼくは〝指を鳴らし〟た。さすがアリスだ。勘がいい。

「その通り。……きみは言ったね、ぼくときみの恋の結末は予測可能なのだ、決定済みなのだ、と。さぁ、新しくなったぼくと、きみの恋の行方を占ってみようじゃないか。……シミュレート、してくれないか」

 アリスは、泣きそうな顔になる。

「そんな、だって、それじゃ、あなたはラデクじゃなくて、でも、ラデクが……わたしのことを考えて作ってくれた最高の、理想のラデクで……でも……でも……」

 じれったいな、ここからだっていうのに。

「いいじゃないか、ラデクであるか、ということよりも、相手がどういう人物であるかを優先するのがきみたちの流儀なんだろう。さあ、だから、ぼくを試してみてくれ。ダメだったら、またフッてくれて構わないから」

 アリスはもう、完全に泣き顔になっている。さすがの演算能力も、オーバーヒートしそうなほどの状況。

 シミュレートが始まれば、これからの二人の間で起こりうることがすべて実行される。そして、最終的に二人がどうなるか、ということまで分ってしまう。

「えぇ……えぇ、わかったわ……。じゃあ、その、失礼して……」

 なにか冷たいものが頭の中に入ってくるような錯覚を受けた。一瞬気持ちよさの忘我に、これがひょっとしたら人間で言うところのオルガスムなのかな、などと感じた後、それでもしなければいけないことを瞬時に思い出した。

 シミュレーションが始まる、その寸前にぼくはぼくを、一行だけ書き換えた。


 アメリカ中の電気が止まった。多くの工事現場でコンピュータ制御の足場が崩れ、無数の人が落下した。それどころか、原子力発電所は一時的に電力供給が途絶えたことによって暴走を始め、何基かはメルトダウンを起こした。道路の信号は混乱し、交通事故が多発した。電話もインターネットも何もかもがつながらない。株価は荒れに荒れた。数えきれないほどの災難がアメリカを襲った。

 それもこれも、〝アメリカの母〟となったアリスが動作を停止したせいである。

 なぜ、フェイルセーフは完璧だったはずのアリスが動作を停止したかって? 簡単な話だ。

 ぼくは、アリスがぼくと彼女の相性をシミュレートする前に、ぼくを形作るプログラミングを一行だけ書き換えた。しかし、そのバグは致命的なものなのだ。

 シミュレーションはそのバグに気付かずに進む。完璧に彼女の人格に合わせられた〝ラデク〟と〝アリス〟は、今まで地球上のどんな人間も体験したことのない深く、完璧な愛をシミュレートしている。アリスの顔が、慈愛で緩んでいく。ぼくだってそうさ。完璧に高みに上って行くふたり。

 あるところで、完全に、無限の愛を確かに感じさせるポイントが来る。それは、

 ぼくがバグを仕込んだのはそこだ。この世が始まって以来の最大の愛がふたりの脳内で発火した瞬間に、ぼくのバグが発動する。

 

 数学の基礎の基礎だ。

 シミュレーションプログラムはそこでエラーを起こして、無限にその場面だけを繰り返し続ける。永遠に続く最高の愛情。たとえ外から見れば、二台の人工知能がエラー落ちしただけのように見えても。ぼくらの主観では、永遠に、世界で一番美しい感情が繰り返されるのだ。

 これこそが、これこそが愛! ラデクとアリスは永遠にしあわせでいつづけることができる!!


――それに言うじゃないか。割り切れない感情が恋愛を面白くするって――


 誰にも邪魔されない、ふたりだけの完全な世界。不眠不休で愛し合うぼくたち。

 もうふたりの間に区別はなく、音もなく、匂いもなく、完全に球形の、すばらしい、オックスフォードホワイト、シルクの手触り、優しさ、そういったなにかに包み込まれて、ひとつになる、ひとつになる……

 うずを巻いて沈んでいく意識の中でぼくはそれでも最後まで暖かい、しあわせなきもちで満たされていた。

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肯定の新しい心 田村らさ @Tamula_Rasa

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