メタフィクション探偵 霧島十歩

黄鱗きいろ

第一話 霧島十歩の混乱

第一話 霧島十歩の混乱 ①

「きゃああああ!」


 時は昭和初期、とある洋館に絹を裂くような悲鳴が響き渡った。

 この洋館で会食をしていた面々が慌てて集まってくると、そこには一人の男性が倒れていた。


 男性の名前は戸田久助。この洋館の持ち主の長男だ。

 現場は密室。出入口は一つ。遺書はなく、もがき苦しんだ後に絶命したあとがあった。つまり密室殺人事件というやつだ。


 容疑者は四人。


「ううっ……久助さん……」


 部屋の隅、ハンカチで目を押さえているのは、等々力七海、25歳。被害者、戸田久助の婚約者だ。


「一体誰がこんな……」


 葉桜二子、25歳。ジャーナリストをしている女性だ。


「兄さん……どうして……」


 戸田克己、23歳。被害者、戸田久助の弟だ。


「こんなことになるなんて、くそっ……!」


 宇田明夜、25歳。普段は溶接工場で働いている男性だ。


 久助、七海、二子、明夜の四人は尋常小学校の頃の同級生であり、大人になった今でも交友関係を続けていたらしい。今日は、もうすぐ式を挙げる七海と久助の、婚約を祝うパーティだったのだそうだ。



 ところで読者の皆様にだけこっそりとお教えしよう。最後に紹介したこの男――宇田明夜こそがこの事件の犯人なのである。



「ほう、それは良い事を聞いた」


 カツン、と足音を鳴らして、一人の男が部屋に入ってきた。

 男は目深にかぶった鹿撃帽をぐいと引き上げ、突然の闖入者に呆然としている四人の容疑者を見回すと、思いきり手を振り上げて、ある人物を指さした。


「犯人はお前だ!」


「お、俺!?」


 男が指さしたのはこの事件の犯人、宇田明夜である。鹿撃帽の男は手をぶんぶん振って、繰り返した。


「そうだ、お前だ! 宇田明夜! お前がこの事件の犯人だ!」


「ふ、ふざけるな! 突然やってきて何なんだお前は! ていうか誰だお前!」


 当然の疑問に、鹿撃帽の男はふふんと鼻を鳴らして答えた。


「俺は霧島十歩! メタフィクション探偵だ!」


「メタフィクション探偵!? ……って何?」


「え? メタフィクション探偵っていうのは、うーん……ええい、めんどくさい! 地の文、頼んだ!」


 なんともずぼらな探偵である。しかし説明は必要だろうから仕方がない。

 えー、ごほん。

 ――説明しよう!

 何を隠そうこの霧島十歩、読者を知覚し、地の文を読み解き、第四の壁を容易に飛び越えるメタフィクション探偵なのである!


「そうだぞ。ご理解いただけたかな、画面の向こうの皆様たち?」


「画面の向こうって何」


 十歩の一見意味不明な言動に、もはや怒ることすら忘れて、呆然と宇田明夜は呟く。しかし周囲の面々は明夜よりは冷静だったようで、鼻息を荒くして十歩に食いかかった。


「突然やってきて何ですか! 犯人扱いだなんて……失礼だと思わないんですか!」


「そうよ! 証拠もないのにそんなこと!」


「ふふん、証拠? そんなものが必要なのかね?」


「必要に決まってるだろう!」


 掴み掛らんばかりの一同の勢いに、十歩は一気に萎縮して目を泳がせ始めた。


「え、証拠、証拠はですね……」


 全員の注目が十歩に集まる。十歩は帽子からはみ出た巻き毛をいじり始めた。


「証拠は……なくてですね……」


「証拠もないのに、犯人が分かるはずないだろう! ふざけてるのか!」


「えー、だって地の文にそう書いてあるし……」


 一応説明しておくと、地の文とは会話と会話の間に挟まっている文章――そう、『この場所』のことである。

 霧島十歩は『この場所』を読み取ることによって、犯人を言い当てているのだ。


「もう十歩さん、そんな風に言っても誰も信用してくれませんよ」

「そうだぞ、十歩、そんな風に言っても狂人だと思われるだけだぞ」


 十歩の後ろからひょっこりと二人の学生が顔を出した。


 一人は黒のセーラー服を着た女学生。名前を秋月いちという。


 もう一人は学ランにケープを被った男子学生。名前を秋月十一(といち)という。


 お察しの通り、いちと十一は双子の姉弟であり、いつも十歩の後ろをついてまわっているのであった。


「実際お前は狂人だがな、霧島十歩」


 にひひ、と十一が笑う。


「もう、そんなことないって言ってるでしょ。十歩さんにはすごい力があるのよ」


 むすっとした顔で、いちが言う。


「姉さんは騙されてるんだよ」

「十一は勘違いしているのよ」

「いいや、姉さんが」

「十一が」

「あーもう、うるさいうるさいうるさい!」


 兄弟喧嘩に挟まれる形になった十歩は腕を振り上げて二人を追い払った。


 と、その時、部屋の入口に固まっていた三人を押しのけるようにして、一人の男性が現れた。


「また貴様か、霧島十歩!」


「あっ、篠田警部。数日ぶりです、げへへ、やだなあ、警察の邪魔なんてしませんよぉ」


 男性の名前は、篠田孝三郎。警視庁刑事部の警部である。それまでの堂々とした態度はどこへやら、十歩はへこへこと頭を下げて手を揉んだ。


 霧島十歩は、自分より弱い者には尊大な態度を取る癖に、権力には媚びへつらう人間のクズなのである。


「誰が人間のクズだ、誰が!」


「なんだと?」


 十歩が地の文(つまり私である)に怒鳴り声を上げると、傍らにいた篠田警部が十歩を睨みつけた。自分がけなされたと思ったのだ。


「あっ、いえ、クズは私です、ごめんなさい」


「……ふん、まあいい。くれぐれも! 捜査の邪魔はしてくれるなよ」


「はーい、げへへ、仰せの通りにー……」


 足音も荒く立ち去っていく警部を見送った十歩は、斜め上を睨みつけて舌打ちをした。


「地の文テメェ……後で覚えてろよ……」


 覚えていたところで、十歩は私に干渉できないのであった。


「く、くそぉ……」


 大袈裟に地団太を踏む十歩に双子が歩み寄った。


「十歩さん、また地の文さんとお話しているんですか?」

「十歩はまた幻覚を見ているのか」

「幻覚なんかじゃないわ」

「いいや、幻覚だね」

「幻覚じゃない」

「幻覚だ」

「あーはいはい、そこまでそこまで」


 ぱんぱんと手を打って双子の喧嘩を止め、十歩は天井を振り仰いだ。


「おーい、地の文。ここらでいっちょ、回想に入ってくれー」


 十歩の言いなりになるのは癪だが物語を進める上では仕方がない。ここからは回想だ。少し長くなるが聞いて欲しい。

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