湯けむり旅情思春期事件② あたしのいる場所


◆ 亜霜愛沙 ◆


「少しのお別れですね、センパイ……ぐすっ」

「わざとらしいんだよボケ」


 耳慣れた塩対応にてへぺろと舌を出し、あたしは女子組に合流する。

 午後は各自、温泉街を散策しようってことで、自然と男女に分かれていた。お土産や食べ物もいいけど、女子としてはやっぱり温泉がマスト! どうせ混浴はできないんだし、男女で分かれるのが都合がいいという話になった。

 まあ、たまには離れる時間も必要ってことだ。この間に明日に向けた作戦も練れるし。……でも、もし暇があったら、センパイとも二人っきりで歩きたいなあ――とか言ってみたりして。


「安く入れる公衆浴場があるから、まずはそこに行ってみようか」


 下調べ完璧なすずりんに従って、木造建築が建ち並ぶ街並みを歩いていく。温泉街といえば、そこら中を浴衣のカップルが歩いているイメージだったけど、意外とみんな服は普通だった。坂道が多いから下駄では歩きにくいらしい。この辺もあらかじめ、すずりんから説明を受けていた。


「それにしても愛沙、今日はずいぶんと頑張っているじゃないか」


 にやりと意味深に笑って、すずりんはあたしを見た。


「んー? 何がー?」

「いつになく攻めっ気が強いじゃないか。あんなに堂々と星辺先輩を連れていくとは思わなかったよ」


 午前の話らしい。そんな程度で褒められちゃあ、むしろ名誉が傷付くってもんだ。


「まあね~。今回はちょっと本気なんで」

「本気……ですか?」


 と、訊いてきたのはゆめちだ。可愛い後輩にして弟子に、あたしは堂々たる態度で語る。


「ほら、センパイってば三年生でしょ? 受験も終わってるし、年越したらすぐに自由登校で、いつ会えるかもわかんなくなるし――その前に、あたしの魅力をわかっておいてもらおうかな~みたいな?」

「素直に言いなよ。『卒業したら忘れられそうで怖い』って」


 戯言を! あたしみたいな可愛い後輩のことを、女っ気のないあのセンパイが忘れられるはずないでしょうが!

 ……と、今までなら言ってたんだけど。


「ま……そうかな。そういうのも、ある」


 ご忠告通り素直に言うと、すずりんは驚いた顔をして、ムカつくくらい大きな瞳をぱちくりと瞬いた。


「今回は……本当に本気なんだね」

「だからそう言ってるじゃん」


 あたしは今まで、誰か特定の人に好きになってもらいたいって気持ちになったことはなかった。

 できるだけたくさんの人にちやほやされたい。誰でもいいからいっぱい褒めてほしい。そういう欲望はあって、SNSをやったり、大人しそうな男子に声をかけたりしてたけど。……本当に、誰か。他はどうでもいいから、この人にだけは――そう思ったことは、たぶん、一度だってなかった。

 それを恋と呼ぶのは、何だか負けたような気がして、まだ恥ずかしいけど――でも、あたしの中には、誤魔化しようがないくらい、恐怖と欲望が宿っている。


 センパイを、他の誰にも取られたくない。

 センパイに、あたしだけを見てほしい。


 どれだけぞんざいにあしらわれてもいい。いや、ずっとあしらってほしい。あたしを。あたしだけを。

 今、あたしがいる場所に、他の誰かが収まるなんて、耐えられない。

 ……こんな風に思うようになったのは、いつからだったかな――


「――まあ、よく見ていたまえ独り身諸君! このあたしがオトコの落とし方ってヤツを、この三日で見せてあげるからね!」

「よくもまあそこまで綺麗に失敗フラグを立てられるもんだね」

「縁起の悪いこと言うな!」


 ジョー君は卒業しないからって余裕ぶりやがってよ!


「……頑張ってください、先輩。私……本当に、応援してますから」

「ゆめち~! ありがと~! やっぱり持つべきものは後輩だよね!」


 あたしがぎゅーっと抱きつくと、ゆめちは苦笑いした。

 ……一瞬、その表情の中に、何か考え込んでいるような、真剣な色合いが混じっていた気がしたけど――思い過ごしだと思って、あたしはすぐに忘れてしまった。

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