もう少しだけこのままで⑨ もう少しだけこのままで

◆ 伊理戸水斗 ◆


 それからしばらくの間、互いに贈ったブックカバーの使用感を確かめるために、クッションに収まったまま本を読んでいた。

 やがて、片方の肩が少し重くなる。

 見ると、結女が僕の肩に頭を乗せて、規則的な寝息を立てていた。


「おい。……ったく……」


 十二時を回り、すでに僕たちの誕生日は終わっている。

 普段の結女ならとっくに寝ている頃だ。仕方ないか。ベッドに連れていく方法を考えなければならないが……。


「……………………」


 前髪越しに見える結女の顔を、息を潜めて覗き込む。

 ……同じくらいだ。

 ああ、同じくらい嬉しかったんだ。

 もう……そんなところまで来てしまっているんだ。


 かつての僕は思った。恋愛なんて気の迷いだと。

 その上で思う。

 これは決して、気の迷いなんかじゃない。

 むしろ、迷う自分を『これだ』と定めるための感情。父さんが再会した由仁さん相手に迷わなかったように、僕ももう、彼女以外にないとわかってしまっている。


 ああ、認めるさ。内心でくらいは、もう言葉を誤魔化したりしない。

 好きだ。

 好きだから、そばにいたいんだ。

 だから――ただのきょうだいなんかじゃ、いられないんだ。


 僕は寝息を立てる結女の前髪に、そっと指を伸ばす。

 ……起きないよな?

 第一関節で撫でるようにして、さらりと結女の前髪に触れる。


 君は卑怯だと思うか?

 心は決まっているのに、今この瞬間を心地いいと思う僕のことを。

 君が気付かない、君が眠っているときにしか、こうして触れない僕のことを。


 それでも、思ってしまうんだ。

 こんなのは無駄な先延ばしだ。

 卑怯なモラトリアムだ。

 だけど、今は――






◆ 伊理戸結女 ◆


 あなたは、卑怯だと思う?

 心は決まっているのに、今この瞬間が心地いいって思う私のことを。

 狸寝入りして、あなたが触れてくれるのを待っている、人任せな私のことを。


 それでも、思っちゃうの。

 こんなのは無駄な先延ばし。

 卑怯なモラトリアム。

 だけど、今は――






 ――もう少しだけ、このままで。





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