君が見ている僕のこと⑩ 正論が一番効く
◆ 伊理戸結女 ◆
「したことないなんて言ってないじゃん! 確かにセンパイとはまだ……だけど。人生で一回もしたことないとは言ってないじゃん!」
「論理の誤謬というやつだよ。恋人がいないからといって、そういう経験がまったくないということにはならないだろう? 生徒会書記として、言葉には重々気を付けてくれたまえ」
「はいはい。すみませんでした」
拗らせ先輩たちの無限言い訳編を適当に聞き流していると、ようやく生徒会室に辿り着いた。
何だか長い道のりだった気がする……。お昼ご飯を食べるだけのことなのに、なんでこんなに疲れなきゃいけないんだろう。
「あ、そういえば、明日葉院さんはいいんですか?」
「んー? クラスの子と食べてるんじゃない?」
「一応声をかけてみようか」
「でもあの子、この手の話嫌いだからなー……」
確かに、これからしようとしているのはいわゆる恋バナに当たる。恋愛アンチの明日葉院さんは嫌がるかも……。それに、紅会長と羽場先輩の関係がバレないようにしないといけないし。
「まあでも、とりあえず連絡だけしてみても――」
言いながら、亜霜先輩が生徒会室の扉を開けた。
そして私は、会議机で独り、お弁当箱を開けている明日葉院さんを見た。
「あ」
「あ」
明日葉院さんが振り返り、お箸で掴んでいた玉子焼きを落とす。
生徒会室には電気もついていなかった。窓から射し込む陽光だけに照らされた、薄暗い部屋の中で、小柄な少女が独りきりで、お弁当を食べていたのだった。
紅会長が室内を覗き込み、明日葉院さんの存在に気付く。
「なんだ、ここにいたのかい。ちょうどよかったね」
えっ? ……会長、気付いてないの? 私たち、今、結構気まずい場面に遭遇したんじゃないの?
紅会長がパチリと電気をつけて、生徒会室の中に入っていく。
「ぼくらもちょうどこれからお昼なんだ。一緒にいいかな?」
「は……はい。もちろん……」
明日葉院さんもまた気まずそうに答える中、私は亜霜先輩に肩を寄せて、潜めた声で尋ねた。
「(明日葉院さんって、クラスに友達、いないんですか……?)」
「(ど、どうだろ……? クラスのことはよく知らないから……)」
男子が嫌いなだけで、女子の友達は普通にいるものだと思ってたけど……。わざわざ電気を消してたってことは、ここに隠れていたようなものだよね……?
もしや、好き勝手やってる結果、クラスで浮いている水斗や東頭さんとはまた違う、シンプルに馴染めないタイプのぼっちなのだろうか……? かつての自分自身のことを思い出して、胸が苦しくなってきた。
とりあえず、私たちも中に入り、いつもの席に腰を下ろす。紅会長だけはいつものお誕生日席ではなく、私の斜め前――明日葉院さんの隣で、亜霜先輩の正面――にお弁当箱を置いた。
「蘭くんは六組だったかな。どうだい、調子は?」
「そう……ですね。そこそこかと……」
なぜクラスの話題を振る!
自分でも言ってた気がするけど……確かに紅会長、ちょっと人の心がわかってないところがある。せめて羽場先輩がここにいれば!
「あー……それよりさ!」
空気を変えるように、亜霜先輩が明るい声で切り出した。
「なんか相談があるんでしょ? ゆめち! そのために集まったんじゃん!」
「あ、あー……そうでしたね」
事実だけど! 正直、今は私に振らないでほしい!
明日葉院さんが平然とした顔で私を見て、
「わたしのことならお気になさらず。聞いていないことにしますので」
う、ううっ……悲しい……。自分以外の人だけが盛り上がってる状況に慣れ切った人間の台詞だ……。
「いや! ……せっかくだから、明日葉院さんにも聞いてほしい、かな」
「……はあ。わたしでお役に立てるかわかりませんが……」
私はハブらない……! せっかく同じ生徒会にいるんだし! 無理やりにでも話に混ざってもらう! 水斗のときみたいに、本人が嫌だったら……そのときはそのときだ。
私は少し考えて、するつもりだった話を整理し直してから、
「……これは友達の話なんですけど」
くふっ、と亜霜先輩が軽く吹いた。そうですよ私の話ですよ! 笑うな!
幸い、明日葉院さんは疑問を抱かなかったようなので、私はそのまま、さっき水斗との間にあったことを話した。からかって思わせぶりな態度を取っていたら、大否定されて逃げられてしまったことを……。
「最近、ちょっといい感じかなぁなんて思ってた――らしいんですけど、その矢先にこれだったので、私――の友達も、混乱してるみたいで……」
むーん、と亜霜先輩が唸る。
「何か事情があったんじゃない? 急な用事があったとか」
「そうですかね……」
続いて、ふん、と紅会長が鼻を鳴らす。
「そんなに明白なアプローチをむげにするとは、鈍感な人もいたものだね。そういう手合いには響くまで打ち続けるしかないんじゃないかな」
「やっぱりそうですか?」
水斗はどちらかといえば察しのいいほうだと思うけど、妙な勘違いをずっと続けてることもあるからなあ……。それを突破するには、結局攻め続けるしかないのかもしれない。一年間打ち続けてもまったく響いてない人を二人も目の前にすると、若干不安になるものがないでもないけれど……。
そして最後の一人――明日葉院さんが、きょとんと首を傾げた。
「あの……そもそも、人を揶揄するのは失礼じゃないですか?」
私たちの身体が凍った。
「その人の意思を無視してこっちの願望を押し付けているだけですし、失礼ですがお友達は大変常識のない方なのでは」
私たちにヒビが入った。
「好意を持っているのなら尚更、なぜマウントを取るようなことをするのでしょうか? 普通嫌われると思います」
私たちの心が崩れ去った。
「……失礼……」
「……常識がない……」
「……嫌われる……」
そうなの?
そうだったの?
私……普通は嫌われることしてたの?
「あの、何か間違っているでしょうか?」
不思議そうに、明日葉院さんは首を傾げている。
間違っては……ない。まったくその通り。正論。超正論。ただ、その正論の力強さに、こっちの心が耐えられなかっただけ……。
「……ふっ」
力強い正論パンチの余韻から最も早く目覚めたのは、さすがというべきか、紅会長だった。
「非常に冷静でロジカルな視点だね。実にキミらしい考え方だ、蘭くん」
「あ、ありがとうございます!」
「それを大切にしたまえ。決して一時の感情で――うぐっ――客観的な物の見方を、忘れてしまわないように」
自分の言葉でダメージ受けてる!
一方、憧れの会長に褒められた明日葉院さんは目を輝かせて、
「はいっ! 生徒会の名に恥じないよう、人から自分がどう見られているか、常に考えながら行動します!」
「……ぐうぅ……」
ついこの間、すぐ隣の資料室で、まさに一時の感情で生徒会の名に恥じまくる行動を取っていた生徒会長は、静かにノックアウトされた。
「……ち、ちなみに」
私は内心のダメージを押し隠し、勇気を持って明日葉院さんに尋ねる。
「明日葉院さんとしては……どうすれば、よかったと思う? その、私の友達は」
「え? そうですね……。色恋には興味がありませんので、ごくごく一般的な答えになりますが……」
「うん」
「思っていることを、素直に伝えればいいだけなのでは?」
ばたーん! と勢いよく、亜霜先輩が机に突っ伏した。
それができれば苦労しねえんだあ! という声が聞こえてくるかのようだ。
「……一応、そう伝えておくわね」
「い、いえ、あの、わたしもちゃんと、それが難しいことだっていうのはわかっていますよ? ただ、たまには、はっきり言葉と行動に表さないと、伝わらないこともあると……そう、考えているだけで」
……たまには、か。
そうよね。……いつもずっと思わせぶりなだけじゃ、ダメだよね。
「……ごめんなさい。偉そうに」
明日葉院さんが俯きがちになって、か細い声で言った。
「え? いえ、偉そうだなんて……」
「説得力がないのはわかっていますので。所詮、すべてただの理屈です――聞き流してもらって構いません」
そう言ったきり、明日葉院さんはお弁当を食べることに集中し始めた。
その自己完結した姿に、私は少し前までの東頭さんを思い浮かべた。
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