地獄絵図

「なぁ、本当にダメか? 」

 俺の視線の先には女性用の水着売り場がある。

「ダメに決まってるでしょ♪ 」

 そういって美鈴が俺の腕に抱きついたまま離してくれない…。


「先輩、似合いますかね? 」

 そういって凛ちゃんがオレンジ色のビキニを持ってきた。

「あっ、うん…。似合うと思うよ? 」

 そういって凛ちゃんを見ると

「心がこもってないです」

 そういって頬を膨らまして怒っている。


「先輩、ついてきて決めてください! 」

 そういって凛ちゃんが俺の腕を掴む

「ねぇ、おにぃは私と水着を選ぶの邪魔って分かってるの? 」

 美鈴が不機嫌そうに凛ちゃんに聞くが

「私が卓球で勝ったご褒美がみんなでお買い物なんです♪ もし嫌なら帰りますか? 」


 売り言葉に買い言葉、美鈴が言い負かされて悔しそうにしている。

「ググググッ…」

「それじゃあ選びにいきましょう先輩♪ 」

 俺は凛ちゃんに腕をひかれて彼女に連れていかれる。


「先輩、私の水着姿なんて見たくないんですよね? でも私は先輩に可愛いって言ってもらえる様な水着を着たいんです! もちろん私が可愛くないのは知ってます! だから先輩の好きそうな水着を着たら少しはマシになるかなって思って…」

 そういって凛ちゃんは申し訳なさそうに俺を見つめてくる。

「凛ちゃんさ、どうしてそんなに自信がないの? 」

 そういって凛ちゃんを見つめると凛ちゃんは俯いて


「実は私、昔イジメられてたんです…。キモい、ブス、死ねとか病気がちだったから病原菌だとか色んなこと言われて…」

 そういって涙が頬を濡らしていた。

「そっか…。凛ちゃんもなんだ? 俺もね、似たようなことが昔あったんだよ♪ あんまり話したくないけど…だから気持ちは分かると思う。だけどね、少しずつでいいから歩いていこう? 俺も手伝うから」

 そういって泣きじゃくる凛ちゃんをそっと抱き寄せる。


 彼女の涙で服は、ぐしょ濡れになってしまった。

◆◇◆◇

「少しは落ち着いたかな? 」

 そういって隣に座る凛ちゃんを見ると彼女は恥ずかしそうに

「ごめんなさい、店の中で泣いちゃって…」

 そういって俯いてしまう。

「うぅ~ん、たしかに少し恥ずかしかったけど、まぁ大丈夫だよ♪ 」


 そういって凛ちゃんの頭を撫でる。

「先輩は本当に私の王子様ですね♪ 先輩、私は先輩のことが…」

 凛ちゃんが何か言いかけた時…。

「朱音、私の水着も決めてくれないか! 」

 リーシャが水着を持ちながらこっちに駆け寄ってくるけど…。

『ピピピピッ! ピピピピッ! 』


 万引き防止タグがアラームを鳴らす。

「えっ! わわっ! どうしよう朱音! 」

 そういってオロオロしている。

「しょ~がねぇ~なぁ~」

 俺はリーシャのもとに駆け寄り、やって来た店員さんに説明をする。


「齋藤さんも一緒に選ぶからこっち来て♪」

 リーシャがそういって凛ちゃんを手招きすると凛ちゃんは泣いてるような笑ってるような不思議な顔で頷いたあとベンチから立ち上がり嬉しそうにリーシャと俺のあいだに入りニコニコしていた。

「なんだかご機嫌だね? 何かあったの? 」

 ニコニコしている凛ちゃんにリーシャが聞くと彼女は笑いながら

「私より年上だけど、こんなに素敵な友人が出来て嬉しいんです♪ 」


 そういって凛ちゃんはスキップをして俺とリーシャを追い抜いていく。

「たしかに友人だけど恋敵ライバルでもあるからね! 手を抜くつもりは無いからね! 」

 リーシャがそういうと凛ちゃんも笑って

「私も負けません! 」

 

 そういって2人は何か分からないが盛り上がっていた。

◆◇◆◇

「先輩、コレなんてどうでしょう? 」

 何故こんなにビキニの水着があるのに競泳水着をあえて持ってきたのだろう?

「やっぱり、私が水着を着るなんて変ですよね? 」

 いや、そういうわけじゃなくて…。

「競泳水着じゃなくて、こっちの方が似合うと思うんだけど? 」

 そういってリーシャが淡い紫の水着とパレオを持ってきてとても凛ちゃんに似合っている。


「やっぱ、女の子同士で選んだ方が良いんじゃないか? 」

 リーシャに尋ねるとリーシャは呆れた顔で

「男性目線も必要なんだよ♪ 」

 と言ってリーシャは黒のビキニを宛がって

「どうかな? 朱音的には私に似合ってると思う? 」

 そういって俺を見つめてきた。


「あぁっ、リーシャは暗い色より明るい色の方が似合うと思うよ? 凛ちゃんはスゲェ~似合ってて可愛いよ! さすがリーシャだよな」

 そういうと凛ちゃんは顔を真っ赤にしてリーシャが選んだ水着を会計に持っていく。

「リーシャ、スゴいねセンスあるよ! 」

 そういうとリーシャは頬を膨らまして

「何か負けた気がする! 私だって(綺麗)って言われたいのに」

 そういってリーシャは他のを探してくると言って売り場の方に戻っていった。


 1人になって男性用の水着を見に行くとそこには何故か忍が立っていた。

「なにしてるんだお前? 」

 不思議に思い声をかけると忍は真剣な表情で

「いや、着てみたいなって…」

 ハーフパンツの水着を持って、その発言は危ないと思うのだが…。


 俺の視線の意図を感じ取ったのか顔を真っ赤にして

「ちっ、違うんです! 露出狂とかじゃないんです! 去年中3だった僕はプールは1度も授業うけなかったので…。だから少し気になったんです! 」

 そっか成る程、中高一貫校で男子校だもんね…。

「あっ、先輩! 着てみてくださいよ! 」


 特に何も買う予定は無いので断ろうとしたら

「それだったらさっきおにぃに似合う服見つけたよ! それ着てみてよ! それで私に好きだよって♪ 」

 何処から現れたのか美鈴が俺の手を引っ張って紳士服売り場に向かう。

 そして忍が他のみんなに教えたのか他のメンバーも集まって

「朱音にどんな服を着せよっか? 」

「私、先輩には白のタキシードが似合うと思います! 」

「普段着ないような少しチャラい格好を見てみたいぞ! 」


 みんな目を輝かしながらそんなことを言っている。

 俺はたぶんこのあと着せ替え人形になるのだろう…。

「ねぇ、美鈴…」

「ダメ」

「まだ何も言ってないじゃん! 」

「ダメなものはダメなの! 格好いいおにぃの写真いっぱい撮るんだから! 」


 どうやら逃げ道は完全になくなった様だ…。

 俺はこのあと試着室で何度も着替えてその度に写真を撮られるという羞恥プレイをさせられるのをまだ知らない…。

 本当に地獄だった…。

 

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