第4話 永遠に眠り続けるだろう
先生と初めて出会ったのは、昼の図書館で、そのとき僕は彼の小説を読んでいて、彼は熱心に自分の眼鏡を磨いていた。
先生と言っても、教諭とか医師なんかではなく、売れない物書きの一人だ。同じようなチンケな作家はどうやら世界中に溢れているらしい。
実際には僕は彼のことを先生と呼ぶことはないし、琴音さんもそんな風には呼ばない。もしそう呼んだりなんかしたら彼は間違いなく顔をしかめるだろう。
「俺はそんな偉いものじゃない」と。
それでも僕が彼を『先生』と呼ぶのは、そのインテリ風な見た目と言動によるもので、彼との会話を重ねるうちにそれは揺るがない呼称へとなっていった。
彼が書いた本は図書館に行けば読むことができる。実際に何冊か読んだこともある。しかしながら、どれもこれもたわいも無い話ばかりだった。例えば、一人の少年が山の奥で一人の少女と会ったり、二人の女がベッドの中で愛し合ったりする。無害ではあるが、言ってしまえば使い古したような話なのだ。それでも、そこになにかを見出しそうとするならば、彼の小説には一つの特徴がある。それは、この世界では起こりえないことが起こりえるということだ。それは月が喋ったり、時間が巻き戻ったりという類のもので、彼に対する評価はそこで分かれると言ってもいい。
「ある種の幻想的な雰囲気を与えている」と言うものもいる。
「現実味を決定的に割いている」という評価も聞く。
僕はインターネットのレビューサイトで彼の技巧に批判的な記事を読みながら、こう思ったものだ。
もし彼の小説で月が喋ることがなければ、やがて彼の書いた文字はバラバラに解けて、深い海の底に沈んでしまうに違い無い。そして引き揚げられることなく、永遠に眠り続けるだろう、と。
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