家飲みのススメ(彼女編)


 いつの間に、うとうとから熟睡していたらしいわたしは、掛布団の暑さに目が覚めた。



「おはよう。よく眠れたかな?」


 まだぼんやりとする意識に、ふわりと香る煙草と共に届いた悠一郎ゆういちろうさんの声。上半身を起こして彼を見つめる。



「おはよう! 鼻毛ちゃん!」


 にっこりと、そう挨拶をして、わたしは完全に目を覚ました。


 執拗に鼻毛を抜きにかかるわたしを、悠一郎さんはお風呂へと促す。ひとしきりわちゃわちゃとしたやり取りを楽しんでから、着替えを抱えて脱衣所に入った。


 ぬるめのシャワーを浴びながら、顔を洗って髪をシャンプーでわしわしと、念入りに掻き回す。しっかり流してトリートメント。

 髪に馴染ませるその間に身体を洗い、全身を洗い流せばすっきりさっぱり!





「やあ! 綺麗な千子ちこさんだよ!」

「おぉ〜お帰り~!」


 部屋の扉を開け放ち両腕を広げると、それに応えるように優しく抱き締めてくれる愛しい悠一郎さん。頭一つ大きい彼の腕にすっぽりと収まるのは、とても良い。


 そして扇風機の前で涼みながら、髪を乾かすわたし。



「千子さん何か食べたいものある?」


 そう聞いてくる悠一郎さんに、ちょっと考えて言葉を返す。


「んー冷蔵庫の中、野菜とか少なかったし買い物行こうよ」

「いいね、じゃあ軽くお散歩と行きますか」

「わ〜い! 悠一郎さんとお出かけ〜♪」


 というわけで近所のスーパーまで出る事にした。



 川沿いの土手をぶらぶらと歩く。夏風に濃い緑が香る。陽射しはちりっと肌を焼く。セイタカアワダチソウが元気で、花粉の季節が心配になる。川面に魚が跳ねた。きらきらと。鳥が目の前を横切って、わたしは悠一郎さんの手を引く。


「風が気持ち良いね〜♪」


 にこにこと繋いだ手を前後に振る。


「夕飯は何を作ろうかねぇ?」


 にこにこと笑顔が返ってくる。


 悠一郎さんもわたしもそこそこに料理が出来る。お互い作るジャンルが違うから面白い。

 何を作るかは、その時作りたいものがある方の案になる事が多かった。


「とりあえず悠一郎さんは、お昼に準備してたフライドポテトでしょ? わたしポテトサラダも作ろうかな。スティックポテトスナック使って簡単に作れるやつ!」

「ネットで見たってやつね。あれ美味しいよね。作って、作って〜♪」



 そんな会話をしながら近所のスーパーに到着する。さっとカゴを持つ悠一郎さん。スマートに優しさを振る舞える。何て良い彼氏なんだ!


 店内を端から順番に見て回る。買うものが決まっていても、とりあえず野菜とお魚とお肉と乳製品。そしてお酒コーナーは大抵いつも覗いていくスタイル。



 野菜コーナーでキャベツを手に取る。


「これとこれ、どっちが重い?」


 悠一郎さんに、重そうなキャベツ二玉を手渡す。重い方が中身が詰まってて良いキャベツ。勿論、切り口が傷んでいないもの。

 そうだ、ポトフも作ろう。


「んー、こっちかな」

「野菜たっぷりのスープ作るよ」

「良いね」


 選んでカゴに入れた彼にそう宣言すると、賛同の言葉が返される。


 玉ねぎは固くてカビてないやつ。黒いのはカビのちゃん。柔らかいのは腐ってる。たまに中の方だけ腐ってるのがあって、買った後にガッカリするよ。


 人参も。葉っぱの付け根の所が新鮮そうなやつを選ぶ。

 セロリは束になってるやつが好き。半株くらいのやつ。カレーだったら丸々スライスして入れちゃう! 黄色っぽい内側の若いやつは柔らかくて美味しいね。そのままマヨネーズ付けて食べたい!


 大根も忘れちゃいけない。これもカレーに入れても美味しいんだよね! 大根入れるの好き。


 きのこは色々あるけれど、天ぷらが美味しいシメジにしよう! 香り松茸味シメジ。なーんて言うけど、正直松茸ってよく分からない。安くて美味しい方がお得で良いよね!

 カレーなら、マッシュルームスライスの水煮を買うんだけど。



 そんなこんなで野菜コーナーを抜ける。


 お魚コーナーに後ろ髪引かれながら、お肉コーナーを過ぎる。ウィンナーをピックアップしつつ、お菓子コーナーでポテトスナックをゲットする。



 ふと、普段あまり見ない冷食の冷凍扉の前で足を止めた。

 そこには多種多様なフライドポテト。どうせなら。振り返り目を輝かせる。


 わたしの意図を汲み取って、悠一郎さんはにっこりと扉を開いた。





 かくして、大量にフライドポテトを揚げる悠一郎さんと、大量に野菜をザク切りして鍋に放り込むわたしとがキッチンに並んだ。

 忘れずにポテトスナックにはお湯を注いでおく。



 黄金色に揚げられたポテトが、次々とキッチンペーパーに取り出されていく。すると今度は、いつの間に仕込んでいたのか唐揚げを揚げ始めた。私が好きな鶏モモだ。

 悠一郎さんの揚げる唐揚げは、2度揚げ余熱調理で柔らかく、ジューシーで美味しいんだよね! 楽しみ♪


 ポトフのつもりで作っていたわたしだったが、途中で期限ぎりぎりのシチュールーをみつけたので、最終的にシチューが出来た。

 シチュー大好き! 実家じゃシチュー出ないから、鳥井家でご馳走になるか、自分で作らないと食べられないのよね。そういえばお店では食べた事ないな。

 今日はいっぱいあるし、お腹いっぱい食べよう!


 ふやけたポテトスナックに塩胡椒とマヨネーズ、ついでに茹でたウィンナーも刻んで入れる。それだけでお手軽ポテトサラダが完成♪ 悠一郎さんのお姉ちゃん、真唯子まいこさんが好きだから、胡椒は多め♪

 


 そうこうしているうちにお姉ちゃんが帰って来た!


「ただいま~! 焼き鳥買ってきたよ~!」

「お~姉ちゃん、おかえり!」


 美味しそうなタレの香りが辺りに漏れている。お姉ちゃんが買ってくる焼き鳥と言ったらきっと、いつものあのお店だ! 絶対美味しい!


「おかえりなさいまし~♪ わ~い! 焼き鳥~! ポテトあるよ、ポテト!」




 食卓の上には所狭しと料理が並べられた。各々で飲みたいものを出して。


 あ〜せっかくお姉ちゃんが買ってきてくれたけど、チューハイはまた今度だな。今日はこの後実家に帰るんだ。運転だものー。

 そんなわけで私は自家製梅シロップと炭酸で梅サイダー!



『乾杯〜♪』


 そして今宵も楽しい宴が始まるのだ。




「ん〜! やっぱり悠の揚げるポテトはう〜まいな! 皮付きが良いのよね♪」

「最近の冷凍も負けてないですよ〜! やっぱりポテトは美味い。間違いないね! 揚げ物ちゃちゃっと出来る悠一郎さんは凄いよ〜わたしには無理だ〜」

「そお? ま、俺は簡単だと思ってるからね。しかも間違いなく美味い。揚げ物は正義!」



 山盛りのポテトはみるみるうちに消えていく。


 悠一郎さんとお姉ちゃんの会話は、その日の出来事や最近のオススメ動画、スポーツの話だったり色々で、とにかく仲が良い。

 うちとは大違いなので羨ましい限りだ。


 わたしはいつも、楽しそうな二人を眺めながら、その間で飲んでいる。時にはUNOやトランプをやったり、動画観賞会になったりして楽しい。




 そして、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎた。





 名残惜しくも、鳥井家をあとにする。


 時間は22時を回っている。夜中の道路は車通りも少なく静かだ。


 車を走らせ十数分。大通りから少し入った所にある、実家に到着した。



 玄関をゆっくりと開ける。がらがらと大きめな音がする。


「ただいま」



 返事は無い。靴を脱ぎ、二段上がると板の間で、玄関から伸びる廊下の突き当たりで、ガラス張りの扉に明かりが灯っている。


 その扉を引き開けるとやはりガチャッと音がするが、気にせず中に入り閉める。勿論、大きな音で閉まる。


 冷蔵庫の陰からダイニングテーブルを覗いて、その姿を確認してもう一度。


「ただいま」


「おかえり」


 椅子に座った父が、にこにこと返事をくれた。傍らにはグラス。それから芋焼酎の瓶。

 隣の居間から大きないびきが響いているのは弟だ。母も、もう寝ているだろう。


「起きてた?」

「んーん、さっきおしっこしに起きた」


 少々舌足らずな調子で酔っ払っているのがわかる。

 だいぶ寂しくなってしまったぽわぽわの頭と、少し赤くなった顔。だぼっとした母お手製の、薄地の甚平風寝巻きに身を包んでテレビを見ている。

 見ているようで、実は目を瞑っていたりする、60を半ば過ぎても子供のように無邪気な父。


 その側の自分の席に、氷を入れたグラスを片手に腰を下ろした。

 芋焼酎の瓶の蓋を取り、グラスに注ぐ。



「ちーこちゃん」


 袖をちょいちょいと引っ張りながら、のほほんとのんびりした声でそう呼ばれる。父は笑顔でわたしの顔を見ていた。だいぶ眠そうな眼をしている。


「なぁに」


 少しぶっきら棒にそう答える。こういう時の答えを知っている。だから存分に親しみも込めて。

 グラスからお酒をひとくち。芋の甘い風味と焼酎の強いアルコールがふわっと口中に広がり、喉の奥に滑り落ちていく。


「なーによ」

「んーん、何でもない。呼んでみただけだよ〜」


 ちょっとにやけながら、もう一度問うわたしに、変わらない調子でにこにこと答えが返ってくる。


 ちょっと面倒くさいと思う。だけど、可愛い父だと思う。

 母がちょっと融通がきかない、頼れる元気お節介姐さんなのに対して、のんびり天然で実はキレ者の父は、良いバランスだと常々思っている。


 わたしは、性格はどちらにもよく似ている。が、気が合うのは父だ。母はきっと、同じ女という事もありぶつかるのだろう。


 乾杯の意味でグラスを持ち上げ父の方に向けると、父もグラスをあげてかちりと音がする。そしてお互いにひとくち。



 娘の前で躊躇いもなく母が大好きだと言える父。母は鬱陶しそうにするけど、なんだかんだで嬉しそうだと思う。良いなぁって思う。


 いつだったか、父は酔っ払ってるのは半分だと言っていた。だってその方が楽しいでしょう? と。きっと照れてるのも誤魔化せるからかな。



「もう寝るよー」


 ふらっと立ち上がりテレビを消して、部屋を出て行こうとする父。


「はいはい、おやすみ〜」

「おやすみ〜」


 ばたんとドアが閉まって静かな部屋に独りきりになった。



 コンロに乗せてあった鍋を覗く。ニラと人参のかき卵スープが入っていた。母が作った具沢山の美味しいやつだ。わたしの大好物!


 いそいそとお椀によそってテーブルに戻る。こんな夜中に食べちゃうから体重減らないんだよね〜。でも美味しいから仕方ない。うん。



 スープを肴に酒を飲む。食べながらSNSを眺めたりネットサーフィンしたり。漫画を読んで、合間に飲んで。そうして1杯飲み終わったら洗い物をして自室である2階に上がる。



 実家での宅飲みで酔いが回ることは少ない。でもとても安心出来る。きっとここが帰る場所だからだ。

 独りで外飲みするのとも、彼氏と飲むのともまた違って、それも良いものだ。



 住み慣れた我が家、散らかった自室にでんと敷かれた布団に潜り込む。




 お酒を飲むとすぐに眠くなるのだよね。そうして気付いたら次の朝。




 おやすみなさい。

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