独り飲みのススメ(加賀見煌流の場合)


「かがみん、お先~!」

「お~っす、お疲れっす!」


 外回りから事務所に戻った俺と、入れ違いに帰る同僚に、軽く手を上げ挨拶を返す。

 

 俺の名前は加賀見煌流かがみひかる。鼻血が出るくらいキラッキラのホストみたいな名前だけど、本名だ。身長こそ170㎝ぎりぎりだが、学生時代に陸上部で鍛えた締まった身体と、そこそこのルックスを兼ね備えた独身28歳。独り暮らし彼女なし!


 中堅のハウスメーカーに勤める、営業サラリーマン。この仕事はいろんな人に会うから面白くて、なかなか気に入ってる。

 持ち前の明るさと人懐っこさを武器に、そこそこに頑張ってるし充実してると思う。



 終業前に取引先に電話をしなくてはならない案件があり、疲れた身体に鞭打って受話器を取る。

 電話口からは、ややのほほんとした高くて可愛らしい声が聞こえた。


 この声は!


「やあ! 鳥井さん? 久しぶりじゃないですか!」

 憧れの女性が出た事に思わずテンションが上がった。


 彼女とは、親睦の飲み会の席で出会ったのだが、小さく可愛い人で、なのにちょっとおっさんぽいところがあってギャップ萌えというか。男らしくもあり頼れる姐さんなのだ。


「マイマイは元気にしてますよ!」


 マイマイとは俺が飼っている猫のことだ。キジトラで背中にカタツムリのような渦巻き模様がある。

 以前、鳥井さんの事務所に寄る途中に、道端で怪我しているのを見かけて思わず拾った。しかし拾ったはいいがどうして良いか分からず途方に暮れていた俺に、鳥井さんが応急処置から病院の手配と、終業後に付き添いまでしてくれたのだ。

 それから飼うことに決めた俺に、必要な猫グッズ、トイレと砂とか、キャットフードとか。色々と見繕ってくれたのも彼女だった。



 少しばかり世間話をして、用件を済ませ電話を切る。彼女はさっぱりしていて素っ気なかったが、俺はちょっと疲れが癒された。



 いや、わかってる、喋りすぎた。世間話どころじゃなく喋ってしまった。調子に乗るの良くないな。


 彼女に彼氏がいることは重々承知してるんだ。邪魔するつもりも、ましてやどうこうなろうなどとは思っても……いない、とは言い切れない自分が情けないけど。

 実はマイマイの名前も、鳥井さんの真唯子まいこという名前からも貰っている。うーん。あー、やめやめ!

 もやもやする日はがーっと飲んで美味いもの食って寝ちまうのが一番だ!


 残り業務をちゃっちゃと片づけて事務所をあとにする。外に出るとすっかり陽は落ちていた。しかし、まだまだ蒸し暖かく、夏は終わらない。



 帰りにコンビニに寄って流行りのストロング系チューハイを3本と、何かつまみをと、うろうろする。

 おにぎりや弁当も美味そうだし、総菜系も結構、充実してるんだよな。最近のコンビニは本当にバリエーション豊かだ。


 結局、キャベツの千切りが多く入ったサラダと、新生姜漬けと、おつまみの乾物いかそうめんを買った。



 車をアパート近くの駐車場に停める。歩く道のりでSNSを開くと、フォロワーのミコりんさんが「居酒屋ミコりん開店中〜」という文句と共に画像をUPしていた。

 奇遇にも新生姜漬けを使った炒め物の写真で、さらにその漬け汁にモッツァレラチーズや残り野菜を漬けると美味いというものだった。


「へぇ~! いいね、簡単だし俺もやってみるか」


 手の込んだ物はなかなか作らないけど、料理は嫌いじゃない。新しい美味いものは、積極的に試してみたいじゃないか。

 鳥井さんと電話できた事もあり、ちょっとウキウキしながら自室の前に立つ。中にかすかな気配を感じた。ドアを開けるとそこには、すっかり愛猫となったマイマイが、ちょこんと座ってこちらを見上げていた。くぅ~! お前、本当に可愛いなぁ!


「マイマ~イ! た~だいま~!」


 すぐさま抱き上げて後ろ手に鍵を閉める。水と新しいキャットフードを出して、トイレ砂の掃除をしたら、着替えて飲みの準備だ。っと、その前に風呂に入っちまうかな。



 ぬるめのシャワーで身体を流す。昼間の日差しに焼かれた肌が少しちりちりした。頭洗って髭剃って、身体も洗ったら今度は熱いシャワーを浴びてさっぱりとする。

 心なしか、もやもやの何割かは流れていった気がした。





 スウェットに着替えて台所に立つ。コンビニ袋から買ってきた物を出して並べていく。冷蔵庫からも調味料を取り出してボウルを用意した。


「まずコレなー」


 キャベツたっぷりサラダをどさっと移し、それにポン酢とマヨネーズを混ぜる。ただそれだけなのだが、美味いんだコレが! 自分の中ではド定番の一品。


 マイマイが流しのふちに跳び乗り、興味津々にこちらをうかがう。お前の食べられるものは無いぞ。


 次に新生姜。これは取り出して薄く切るだけ。ご飯で食べると最高だよな、これだけで他におかずが要らないくらい。

 漬け汁は別にして容器に取っておく。実家のばあちゃんが送ってくれた胡瓜があったから後で漬けておこうと思う。


 そしておつまみの乾物いかそうめん。これはマヨネーズに七味で食べると最高なんだ! ただし、今日はちょっと特別なマヨネーズを出そうと思う。


 それは、燻製マヨネーズだ。


 マヨネーズが燻製出来るのか? 俺も最初そう思った。出来るらしい。


 俺がやってるSNSのフォロワーによく料理や燻製の写真を上げている、ちょこさんという人がいる。ずいぶん前に燻製マヨネーズの話が出て、ずっと気になってたんだ。

 つい最近、会話の流れから現物をおすそ分けしてもらえることになり、3日前に送られてきた。その日にセロリにつけて食ってみたんだけど、うん、燻製だった。美味かったわ。


 んで、これでいかそうめん食ったら、もうそれは最高の最高に美味いに決まってるだろう! っちゅーわけだ。



 部屋の真ん中にあるローテーブルに、お酒とつまみを並べる。今朝セットしておいたご飯もちゃんと炊けていたので、茶碗に山盛りよそる。


「よし、準備完了!」


 マイマイはご飯を食べ終わり、テーブルの周りを駆け回ってラグマットの端っこをかじったり、俺の服にじゃれついて引っ張ったりしている。

 身体を支えるために後ろについた手に感触があった。あの、マイマイさん、俺の腕を食わないでください。



「ほい、乾杯!」


 カシュっと音を立てて開けた缶を、マイマイの鼻先に軽くぶつける。冷たさに驚いてか一瞬、跳び退いてから前脚で威嚇してくるのが可愛い。



 缶を一周り眺めると、高純度ウォッカ使用と書いてある。


 昔、高純度のウォッカをショットグラスで一気飲みした事があるが、あれは酔うための酒じゃないなと思った。

 口に入れた端から揮発して、逃げて行く程のアルコール度数。喉を焼くように通り過ぎて胃に落ちた時には、むしろ酔いも目も覚めた。

 正直笑ったわ。割って飲むものだと思った。


 これは9%とチューハイにしては高めだけど、さっぱりと飲みやすい。しかし飲みやすいからこそ9%がすぐ回る。こいつはヤバいわ。


 さて、茶碗と箸に持ち替え腹ごしらえだ。炊き立てのご飯に新生姜は美味い! サラダのマヨポン酢和えも、これはこれでご飯に合う。


「んーちょっと物足りねえな。TKGにすっか、マイマイ知ってっか? TKG。卵かけご飯な!」


 言いながら生卵を取って来て、ご飯の上に落とす。俺はこれを混ぜて、お酢と醤油をかけて食べるのが好きだ。けっこう酸っぱくする。醤油も多め。美味いよ? ま、あくまで個人的感想だけどもね。

 がっと掻き込んで口いっぱいに卵かけご飯味を噛みしめる。コレよコレ♪

 新生姜を一緒に食べても、これまた美味かった!


 一気に食べてチューハイをあおる。1缶目はあっという間に飲み干した。体温が少し上昇してると自覚する。


 茶碗と空き缶を片付けるついでに、新生姜の漬け汁に叩いた胡瓜を漬けてしまう。30分も置けば食べられるかな?

 


 適度に腹が満たされて、さてここからじっくりのんびり宅飲み開始だ。

 サラダといかそうめんだけだとちょっと酒のアテには少ないので、ポテトチップスも引っ張り出してくる。


 2缶目を開けて飲みながら、マイマイと遊ぶ。手先にじゃれるのがマイブームらしく、飛び付いたり噛み付いたりする。前脚でがっちり固定して、後脚でけたぐったりしてきたりするので、なかなかに痛い。

 勿論、甘噛みだが、興が乗ってくると手加減を忘れるらしく、生傷が絶えない。ま、その傷ですらも愛しいんだけどね。


 散々遊んで遊ばれて、時々わしわしと撫で回しその全てに癒される。

 お酒でふわふわもして、なかなかにしあわせなひと時だ。いいな。


 3缶目はいつ開けたのか記憶に無いが、飲みながら先ほど漬けた胡瓜を出してきていた。

 適度な酸味と胡瓜の青々しい美味さがさっぱりとチューハイに合う。口直しにはもってこいだな。

 燻製マヨネーズといかそうめんはいつのまにか食べきっていた。七味がピリリと効いて、スモーキーで、いやー美味かった! 家飲み最高だな!







 どれくらい時間が経ったか。


 寝ていたらしく、着信音に身体が跳ねた。ろくに画面を見ずに反射的に通話ボタンを押して耳に押し当てる。

 スマホの向こうで繁華街らしき喧騒けんそうが聞こえた。


「おーっす、煌流ひかる。暇か?」


 聞こえてきた声は高校時代からの男友達だった。


「おー。どした? お前、今日デートとか言ってなかったか?」

「いやーそうだったんだけどさ。最初に行った飯屋の雰囲気が良くなくって、おまけに不味くてさ。彼女、怒って帰っちゃったんだよね〜。お前のアパートまで迎えに行くから、今から飲まねえ?」


 はーん?


「おーう、そうか。だが残念だったな! 俺は愛しのマイマイちゃんと、美味い飯作って、のんびり宅飲み中なんだよ!」


 デートしただけ羨ましいので、苦笑い混じりに言ってやる。


「マイマイって子猫だろ?」

「バーッカお前、これから俺好みの素敵なレディに育て上げるんだよ!」

「あ、ちょい待った。メッセージ来たわ」


 笑いながら冗談を飛ばすが、言い終わる前に遮られた。


 暫しの沈黙。



「あー……煌流、なんか大丈夫だったわ。彼女、家で飯作って待ってるって」

「……」

「んじゃ、そういう訳だから! 悪りぃ! ありがとな!」

 途端に明るい調子で、そそくさと通話を終わらせようとする友人。


「おーぅ、さっさとぇれ! ぇれ!」


 俺は喧々けんけんまくし立て、渋い顔で通話を切った。

 顔を見上げて不思議そうに首をかしげるマイマイ。変な顔でもしてるかね?


 わしわしとマイマイの頭から首回りにかけて撫で回すと、自然と笑顔になる。ちょっと後退りしながら前脚で抵抗してくる。

 それからまた甘噛みを交えてじゃれついてくるのだから、やっぱり可愛い。


 仕事も順調だし、可愛いマイマイが居て美味い飯と酒が飲めるんだから、これ以上、多くは望まない。欲張るとロクな事はないんだ、そうだろう?



 マイマイと片手で遊びながら最後の1缶をあおり飲み干して、そのままごろんと横になった。マイマイがちょっとびっくりして後退り、また手指にじゃれついている。













「っあー! 俺も彼女、欲しいわ~っ!!」

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