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パーティーが行われる会場は3000人ほどの人数を収容できるぐらいの大きさで、今日はある会社の株主を集めたパーティーだったが、政界や大企業、ファッション業界や芸能界など様々な業種の人物が一同に介していた。ルークはウェイターから二人分のグラスを受け取り、リリィに片方のグラスを渡した。

「――さて、まず」

「今夜のターゲットね、向こうにいるわ」

「今日はこのパーティーと同時進行でいわゆる裏パーティーが行われているらしい。だからそれがどこで行われているかをターゲットから聞き出し、ついでにいうと招待してもらわなければいけない。そしてターゲットを引き付けている間に証拠を押収する、と。いけるか?」

「心配ないわ。ルークが言う"あいつ"が到着したらの話だけど」

「間に合わなかったら二人でやりきるしかないな…ちょっと致命的だが」

二人が見据えるターゲットは二枚目風のイケメンで、背もすらりと高く、仕立てのいいスーツを着ていた。誰がどう見ても完璧な人物。それに加えた巧みな話術。これら超人的な要素を兼ね備えた人物のため、周りには大勢人がいた。

「どうやって彼に接触を?あんなに人がいたら相手をしてもらうのも大変だわ」

「大丈夫だ、あんなにずっと人に囲まれてちゃいつか疲れるだろうし、なんといっても…」

「なんといっても?」

ルークはリリィの方を見てウインクをした。


大勢の人に囲まれた人気者――山口は社内で次世代を担う若手として注目されており、今のうちにとりいっておこうという者達に囲まれていた。

「いやー山口君は本当に優秀でね…仕事は速いし、何より丁寧だ。出世街道まっしぐらなんじゃないか?」

「いえいえ、そんな。僕なんて部長に比べたらまだまだですよ」

「そんなに優秀なら、ぜひうちの会社にもほしいなあ。どうだね、君ほどの実力なら、今いる部署にいるよりも早く出世ができるぞ?」

「いえ、自分は未熟者ですから…」

「山口さん、今度一杯いかが?私、いいところ知っているんですのよ」

「すみません、仕事が忙しくてあまり時間が取れないので…」

――次から次へと。ちょっと仕事ができるやつだとすぐこれだな。

下心見え見えの連中をあしらうのにも疲れた山口は、少し酔ったのでトイレに行ってくるといって会場をいったん退出した。トイレのそばに喫煙室があることは確認済みだ。トイレには行かず、左右を確認し人がいないことを確認してから、横の喫煙室に入った。

「ふー」

喫煙室内の椅子に座り、内ポケットから煙草とライターを取り出す。煙草を食わえ、ライターで火をつけようとしたがなかなかつかない。カチッカチッと虚しく音が鳴るだけだ。

「ちっ、火が――」

「どうぞ」

突然横から火のついたライターを差し出された。山口がはっと横を向くと、そこには顔の整った男がいた。人好きのしそうな笑顔でこちらを向いている。

「火、つかないんでしょう?よかったらどうぞ」

その男はもう一度ライターを差し出した。山口は相手の厚意に甘え、煙草に火をつけた。

「ありがとうございます」

煙を吐き出す。と同時に、さっきにパーティーの席で、この男がいたかどうかを必死に思い出した。記憶力はいいほうだと思っているが、この男の顔は全く見覚えがない。その様子をくみ取ったのか、男は自分から名乗った。

「初めまして、渡辺功一といいます。御社の株主に渡辺明、という者がいると思いますが、その息子です。今は父のもとで秘書をしております」

「ああ、山本明様なら存じ上げております。こちらこそ名乗りもせずに失礼しました。山口と…ってあれ、私がこの会社の社員だということを…?」

「存じていますよ。有名人でしょう?先ほどもたくさんの方に囲まれていたのを拝見しました」

「あ、ああ、あれはまあ…不本意というか…」

「はは、そうなんですか?そういう風には見えませんでしたが」

「得意なんです。楽しそうにするのは」

「そんなことを私の前で言って大丈夫ですか?期待の若手、なのでしょう?」

「渡辺さんには何となくいっていい気がしたので。違いますか?」

山口が人のよさそうな笑顔を向けると、渡辺は参ったというように笑い出した。

「いやはや、あなたが期待の若手と言われている理由が分かりましたよ」

「はは、なんのことでしょう?」

二人は年齢が近く、お互いの仕事の苦労を理解しあえる仲ということもあり、すぐに打ち解けた。なにより、渡辺功一の役職がそこまで高くないことが判明したので猫を被る必要はないと悟り、普段警戒心が強いが先ほどよりは肩の力を抜いていた。


かれこれ20分ほど話していると、突然喫煙室のドアが開いた。驚いてドアの向こうを見ると、目の前にピンクのドレスを着た少女が立っていた。走ってきたのか息遣いが荒い。

「やっと見つけた、功一兄ちゃん!」

その少女は怒った様子で目の前の男――功一兄ちゃんと呼ばれた――にまっすぐに近づいて行った。その少女の話の内容から察するに、急に姿を消した兄を心配した妹が一生懸命探してやっと見つけた、ということらしい。なるほど、先ほど談笑していた渡辺功一という男には妹がいたらしい。山口はその様子を黙って見ていた。

「…もう、聞いてるの?」

少女の話はひと段落ついたらしい。渡辺は困りながらも少女の話を受け流し、山口のほうを向いた。

「実花、俺に怒るよりも先にこの方にあいさつするほうが先じゃないか?」

渡辺は山口のほうを手で示した。少女はやっと山口の存在に気づいたらしく、慌てたように頭を下げた。

「すみません!気づかなくて…兄がご迷惑をかけたようで…」

「いえいえそんな。楽しく話させてもらいましたよ」

それを聞くと、少女は安心したように笑った。挨拶をするために背筋を伸ばす。

「はじめまして、渡辺明の娘の実花と申します。父がいつもお世話になっています」

「こちらこそはじめまして、山口と申します。弊社の社員です」

山口は挨拶をしながら渡辺実花の容姿をさっと見た。幼い容姿ながらも、一見子供っぽく見えてしまいそうなピンクのドレスを上手に着こなしている。背はそこまで高くないようだが足はすらりとして長い。きれいなこげ茶の髪は片側にたらされており、耳には星をあしらったイヤリングが光っている。そして肩には心配性の兄がかけたと思われる白いレースのショールがかかっていた。会場にいるほかの女性とは違ってシンプルなメイクをしているところはとても好感が持てる。山口は一瞬見惚れた。

「山口さん!お噂はかねがね。会場でたくさんの方があなたをお待ちしていましたよ?」

「はは、あなたのようなお美しい方にまで噂が?それは困りましたな」

山口の言葉を聞くなり実花はとたんに顔を赤く染めた。このようなパーティーにでるのは初めてなので、こういうことを言われるのにも慣れていない。その様子をみてルークは口の右端を歪めた。

「では、実花さんのためにも会場に戻りましょうかね」

「そうですね、ほらリ…実花、いくぞ」

功一は実花に手を差し伸べた。実花も二人についていこうとする――と、

「いたっ」

小さな声で叫んだ。右足に痛みが走る。

「どうした?」

心配した功一が実花のそばに歩み寄ると、実花は右足を指さした。山口もその様子を見守る。

「足が痛い…」

功一が実花を近くの椅子に座らせ右足を見てみると、踵から血が出ていた。小さな傷が見える。履きなれないヒールを履いていたため、靴づれを起こしてしまったのだろう。

「ヒールが痛いのか?血が出てる」

「うん…」

「どうしようか、このまま会場に戻るにも…」

功一が考え込むしぐさをすると、山口が提案をした。

「実は会社の人間用に休憩室を設けているので、そこはいかがですか?パーティーが終わるころに渡辺さんのもとにお連れしますよ」

「本当ですか?助かります、もう会場に戻らないといけないので…妹をお願いします」

功一はそう言うと、再度山口に礼を言い、喫煙室を足早に去った。その様子を見送り、実花は右耳のイヤリングの位置を確認するように手で触れた。

「休憩室まではそこまで距離はありません、向かいましょう。歩けますか?」

「あ、はい…。大丈夫です…ありがとうございます」

実花は山口の手を借りながら、ゆっくりと立ち上がった。手助けをしながら山口が実花の顔を覗き込むと、少し顔色が悪そうな感じがした。

「大丈夫ですか?顔色が悪いようですが…体調でも優れないのでは?」

「ええ、ちょっと人が多いところに行くのにあまり慣れてなくて…少し酔ってしまったのかもしれません…」

「そうなんですね。ではなおさら休んだほうがよさそうだ」

実花は山口に支えられながら休憩室へと向かった。

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