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「佐藤君、ちょっといいかな」

上司が呼ぶ。この上司は学歴も申し分なく、非常に有能と噂だ。そのうえ容姿も二枚目俳優といった感じなので、女性社員からの人気は高い。

「はい」

作成していた書類をいったん中断して、上司のデスクに向かう。

「相変わらずとてもよくできているし、見やすいんだが、こことここ。数値が間違っているから、そこだけ直してもらえるか?」

「あ、すみません。分かりました」

部下の面倒見もいい。注意するときだって、頭ごなしに非難しない。

自分のデスクに戻ると、周りの女子社員がにこにこしながら話していた。

「山口さん本当に優しいよね!あれで彼女いないとか驚きなんだけど」

「え、そうなの?じゃあ私、立候補しようかなあ…」

「え、ずるい。私も!」

本当に人気なことで。…と思っていると、女子社員は声を潜め始めた。

「それに比べ、佐藤君はなんていうか…」

「…地味よね。いつも眼鏡かけてるし。ミスも多いし」

…仕事しろよ。


「佐藤君、ちょっといいかな」

「はい」

短針が5時を指すころ、また上司である山口さんに呼ばれた。

「今、幼稚園から電話があったんだけど、子供が熱を出してるみたいなんだ。妻は今ちょうど手が離せないみたいで…」

「ああ、わかりました。山口さんの分もやっておきますよ」

「助かるよ、ありがとう」

山口さんは申し訳なさそうにして、他の社員にも謝ってから会社を出た。この素晴らしい上司の様子にも女性社員はときめいたらしく、また歓声が上がっていた。それを横目で見届け、エンターキーを押す。

「じゃあ、僕もこれで。お先に失礼します」

「あれ、佐藤君、もう終わったの?山口さんから任されたやつ終わった?」

「ええ、山口さんのデスクに置いてあります。もういいですか?では」

さっさと身支度を終わらせ、地下の駐車場に向かう。この駐車場は社員でも使える駐車場だが、また就業時間直後ということもあり、人は警備員以外いない。自分の車に乗り込み、ジャケットを脱いで、長時間のパソコン作業で凝り固まった筋肉をほぐしながら、車に備え付けてあるタブレットを見た。そこに表示されているのは、ここらへんの地図と、点滅している赤い点。それが動くのを確認してから、車を出した。

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