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“ピピピピ、ピピピピ・・・”

無機質な呼び出し音が聞こえて、ゆっくりと目を覚ます。

閉め切っていなかったカーテンの隙間から朝の光が差し込んでいるのが目に入って、もう朝なのだと実感した。

朝なのだと気づけばいつまでもベッドの中にいる気にはなれず、さっさと立ちあがり、シャワーを浴びて本格的に目を覚ました。適当にそこら辺に掛けてあったカーディガンを羽織り、電気を消して部屋を出る。

キッチンと併設してるリビングを覗けば誰もおらず真っ暗で、シャッとカーテンを開けて朝陽を部屋に取りこんだ。

今日は無駄に晴れている。

キッチンに行ってお湯を沸かし、その間に冷蔵庫に貼ってある小さなホワイトボードを見る。上から「ルーク」「リリィ」「ロス」とご丁寧にカラー別にマグネットが貼ってあり、隣にその日の予定を書き込めるようになっていた。自分の名前が書かれたマグネットの隣に、「会社」と書いた。

さっと紅茶を作り、窓を出て小さな庭に出る。気温はちょうどいい。思わずあくびが出た。・・・と、

「ルーク」

自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、素直に振り向いた。高校生ぐらいの少女がこちらを見ている。もう既に制服に着替えていた。

「おはよう、リリィ。いい夢は見られたか」

「ふふ、もうしばらくずっと夢なんて見てないわね。あなたはどうなの?」

聞き返されて、昨夜の自分を思いだす。夢というのはその内容は忘れてしまいがちだが、見たこと自体は覚えているものだ。

「・・・見たんだろうが、覚えてないな」

「・・・何で私に夢の話を?」

ごもっともである。特に意味は無い。具合はどうぐらいのノリで聞いただけだった。

「・・・腹が減ったな」

「はいはい。すぐ作るから待ってて」

呆れたようにリリィは部屋の中に戻っていった。その様子を見送り、しばらく紅茶を堪能した後、自身も部屋に戻った。


戻ると茶髪のような金髪のような男が、大きなあくびをしながらルークと同じようにリビングに入ってくるところだった。

「ロス」

ロスは名前が呼ばれたのに気づくと、ちょっと眉を寄せて「お前…」とつぶやいた。

「なんだ?」

唇の右端をゆがめながらロスに近づくと、ロスは人差し指を俺の胸に向けた。

「昨日のチェス!あの手はないんじゃないか?フェアじゃないだろ」

「チェスはルールがあるゲームだろ。最初からフェアだ」

「だとしてもあの手は姑息だろ。おかげで俺は4869勝4870敗だ」

「ふん、じゃあ俺は4870勝4869敗というわけか。勝ち越しだな」

「ちょっと二人とも、朝から喧嘩はやめてくれない?もう朝食はできてるわよ」

二人で言い争っている(俺はそのつもりはないが)ところに、リリィが仲裁に入った。確かにテーブルにはとっくに朝食が用意されていた。俺たちはリリィの言う通り席に座った。

「だいたい昨日はチェスなんてしてなかったじゃない?家に帰ったあとすぐに部屋に戻ってたでしょう?」

「ああ、でもそのあと二人でチェスをしたんだ、ウェブ上でな」

「ああ、そういうこと…。相変わらず懲りないわね、ずっとチェスじゃない」

「チェスは二人でやる勝負にうってつけなんだよ、リリィ。ルールは決まってるし、不正のしようがないだろ?まあ、昨日はそうじゃなかったみたいだけどな!」

「ふん、俺の手についてどうこう言う暇があったら、自分の失敗について反省したらどうだ。昨日のお前の手はなかなか隙だらけだったぞ」

「あれはお前が…」

「はいはい、もうわかったわ。それよりロス、今日は警察に行くんじゃなかったの」

「あ、そうだった。ルークの馬鹿としゃべってたら遅刻しちまうな」

「それはこっちのセリフだ。だいたい俺も今日は例の会社に行かないと」

「例の会社の情報が手に入ればすぐ終わるわね」

「ああ、早ければ今日のうちに」

「それじゃ、また今夜打ち合わせだな。んじゃあ、リリィ、ごちそうさま。行ってくるよ。今日も学校だろ?」

「ええ、通常授業よ」

「楽しんで来いよ、大人になったらそんな時間なくなるだろうからな」

ロスは食器を片付けて、足早にダイニングを飛び出した。

「それには俺も同感だな。あっという間に過ぎていくものだからな、学生生活っていうのは。ごちそうさま、リリィ」

ルークは落ち着いた様子で食器を片付け、自室に消えていった。

リリィはそれを見届け、朝食を食べ終わると、リビングのテーブルに置かれた新聞に目を移した。"Diamond is missing!"の大きな文字が紙面を飾っており、ある若い男性の顔写真もあった。リリィはそれを後にし、自身も自室に消えた。

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