3.風紀委員との論争
——おまえの考えは後回しだ——
昼休みの飯田疾平の物言いを寺井学は反芻した。
——第二文芸部が部活として始動する、それが目下の目標だということ、努めて念頭に置いておけよ——
中学来の友人とはいえ、人の指示に従うのが癪に障らないではなかったが、寺井はしぶしぶ従うことにした。
「すでにある文芸部でなく、別の部活動として第二文芸部を設立したい理由を、もう一度聞かせて」
相田瞳が口を開いた。ぴんと伸びた背筋、あごをやや引いた顔は、睨みとは違う、独特の緊張感を漂わせる目をしていた。気迫を感じ取りながらも、寺井はもの怖じもせず答えた。
「既存の文芸部は物語、特に小説に特化した部と認識しているが、今回構想している第二文芸部は批評を主眼に活動していこうと思っている」
すると相田はこう重ねて問う、と言った飯田の言った通り、
「それは既存の文芸部内でできないことなの」
と言葉をついだ。
「このことのみを理由にするなら、文芸部がふたつある用はないことは俺も同意する」
飯田と磨り合わせた言葉をなぞるように言う。
「本来であれば、批評空間がひとつの部のなかで醸成されていることが望ましい、と俺も考えている。が、現状において文芸部ではそうした空間づくりがされていない。部内で議論を交わすという時間が生まれないんだ。——いってみれば、彼らはすでに書き終わった人たちだ」
「みょうな言い回しをするのね。彼らは次号の部誌のために、いまも原稿の空白を埋めていると思うけど」
「そこが問題なんだ」
つまり——と横から声をあげたのは松村だった。
「マンネリ化している、と」
「そうとまで言っていいか、判断はおくとして、ただ切磋琢磨の影は薄い、そうは言えると思っている」
そこで寺井は言葉をとめた。返答は極力言葉少なに、相手から質問が重ねられるのを待てという飯田の助言の実践だった。
——語りはじめると際限を知らない自分を自覚しろ。飽くまで冷静を装い、問われた分だけ、なんなら足りないくらいで構わない、なにしろ飽くまで冷静に、喋りすぎて却下のネタを自ら提供しないようにな。
寺井はその冷静を保とうと、飯田の忠告を思い出してみたのだが、反芻などしなければよかったと後悔した。飯田の手のうえにいるような気がしてきて、むしろ苛立ちを覚えたからだ。
「だから、部活としても別個に批評空間が必要だと」
寺井が口をつぐんだのをみてとり、相田が確認するように問う。寺井は相田の視線を正面に受けてただ頷いた。
「文芸部の活性度が低いとはいえない」
と横から言ったのは八重野だった。
「私たちにはクラブ活動の活性度を、客観的に評価する指標があって、これをクラブ活動活性表としてデータ化している。それによれば、文芸部の活動に是正は必要ないと判断されている」
“客観的”という言葉に寺井は思わず反応しかけて、寸でのところで言葉を呑んだ。八重野がつづける。
「これを踏まえていうなら、第二文芸部は正当でない是正を相手に迫る、そう言っているようにも受け取れない?」
「正当でない、との判断は飽くまでそちらの勝手ですが、これは間違いなく文芸部の危機とみていい」
「危機?」と相田が問う。
「危機です。今ならまだ復興の機は失われていない。内容はともかく、部誌は発行されてはいる。一応の体裁は繕っているのが現状。しかしこれを放置すれば遠くない将来、あなた方のその指標にも、その片鱗が現れてくる。そうなったときには既に遅い、そしてきっとそのときがくる」
「寺井くん、あなたは――」
「いま臥位に向かって刻一刻失速していく文芸部を、誰かが
相田の声を遮った寺井はさらにつづけた。
「現状で部誌の発行が許されていることさえ、俺にしてみれば不思議――というより害悪ですがね。これのためにあなた方風紀の目を欺いている。欺くことで回生の期を失い続けている。俺はそこに一石投じると言っているんだ」
飯田が隣にいれば、これらの発言は遮られただろう。寺井は胸の片隅にそう思う自分を感じた。感じはしたが、唇を押しひらく言葉は彼自身によってはもう止められなくなっていた。
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