2・メトセキのさざにゃみはツヨイんで・下

 少しかん高い声の男・トヌキスは兵具ひようぐ屋の二階の窓辺でどっさりとよろいを並べてた。少なく見ても七つか八つ。どれも古色がついたもので年代も古そうなものだが錆びや傷などは見当たらず、装備としても堅そうなものばかりだ。

 メトセキは半分以下の興味でトヌキスの「来てよー」に応じて梯子段を登って来たが、この鎧の団体には少し興味がかれたらしく、一点一点、目を向けて行く。

「メトちゃんはさー、鎧えらびの目が利くよね、どれがトップで良さそうか見てよ」

「この中からで?」

 メトセキはひとつの鎧を手に取って重量をみる。

「ううん、まだいくつかあるって聞いてる……だよねーっ、おやじちゃーん」

 トヌキスが階下に声を掛けると兵具屋の主人が、とことこっとんっ、と梯子段を軽やかに昇って来る。

「ありますよっ勇士さま、そっちの木の棚の奥にあと三つあります」

「あと三つあるってー、そっちも見てよ」

「一番良さそうなのを見立てるんでいいのか」

「んー、そういうことかな」

 トヌキスはそう言うとメトセキの真似をして鎧を持ち上げたりぜてみたりする。

「こちらですよ」

 兵具屋の主人が残りの鎧を棚の前面に並べて見せる。そちらには城での儀式にでも使われるかのような細かい飾り彫りがほどこされてる立派なこしらえの鎧もあり、なかなかゴージャスだ。

「すっごいじゃーん、あれはどう? どう?」

「派手だからといっても実戦だとそんなにでもないんで……」

「あー、確かにそれはあるかも知れない、もっと素朴でうっすーいやつ無いの、おやじちゃん」

「こちらはどうですっ」

「……そういう極端なことでも無いんで」

 そうつぶやきながら主人とトヌキスを脇に見て、淡々と鎧の具合を見るメトセキ。



「いやー、さすがにこれだけ種類があると、やっぱりメトちゃんみたいな目利きに横からアドヴァーイスしてもらわないと、ほらっ、こんな質の良い鎧は買えなかったよーっ、ほらほらっ」

 兵具屋の店先でトヌキスが鎧をぐるんぐるん見せびらかす。軽量かつ機能性の高い鎧をえらんだといっても、凡百の者には軽々と振り回せないくらいの重さであることを考えれば、パッと見、ただの髪のふわふわのにしか見えないこの男も、槍をふるえば領内随一の指折りの若い勇士であることを改めて認識させてくれる。

「あんまり振ると鎧のたましいが減るんで」

「またー、そういうムカシのオシエみたいなこと言っちゃってー、戦場に出て見なよ、こんな風にやってるよりは、もっともーっと揺れ動いてまわるんだよっ?」

「ありがとうございます、お代はのちほどお屋敷に店の者を向かわせます」

 二階にどっさり引き出された鎧を手早く片付けたのか、兵具屋の主人が感謝の態度で見送りに出て来る。

「あー、そう…………あれっ、メトちゃんメトちゃーん、今期の俸禄おちんぎんとどくのっていつだったっけ」

明後日あさつてだったと思うんで」

「りょうかい、――あのさ、おやじちゃん、明後日がステキな俸禄支給の日だからさ、その頃とりに来てーっ」

「わかりました、ありがとうございます」

「はいはいーっ、あれっ、メトちゃーん、とっとと行かないでちょっとは一緒におやじちゃんにバイバイしようよっ、待って待ってー」

 駈けて行ってメトセキの腕を無理矢理とって振らせるトヌキス。こんな感じのテンション対クールのやりとりは、ふたりがノーヤチケカ城に見習い武士として登城をした初日からつづく風景であり、彼らのしばしば出入りする兵具屋や武具屋の店先で頻繁に目撃されるものだった。



「さっきのつづきだけどさー」

 メトセキの肩に腕を掛けながらトヌキスが語りかける。「振り過ぎ」という理由から新しく買った強い鎧はメトセキがかかえて持ってる。

「どのあたりからなんで」

「二階から声かけた……あたりー……まで昔に戻って?」

「鎧を多数ながめすぎてもうそこまで過去が無いんで」

「まった、そうやって誤魔化してるーっ!!! メトちゃんまた新しく武器の調合したんでしょっ? でしょでしょっ? いーよなー、いーよなー、使いはさー、組み合わせ掛け合わせ次第で効果倍増出来たりするわけでしょっ?!」

 金鶏きんけいの縫い取りのあるえりの部分をぐいぐいと引っ張るトヌキス。

「さざにゃみの調合はこういう日には無理なんで……、もっと湿り気の無い日とか季節とかじゃないと」

「うそーん、先々月に魔物が押し寄せてきたときは、ゴハン様ちゃんよりもらしめてたじゃんかー、あれゼッタイさざにゃみを強化したからでしょー」

「あのときは……、というよりブテゴハン様をそういう呼び方するの聴かれるとカドが立つから城の外ではやめたほうがいいんで」

「いやいやいやー、ゴハン様ちゃんはただしい敬意あふるる感じでっしょー、ブゴハン様っておぼえ間違えてる大多数の城下のひとたちほうが失礼でっしょー」

「あちらは人民たちからの愛称なんで」

「いやいやいや、感覚ずれてるでしょー、やっぱりー」

「いやいやいやいや、ずれてないんで」

 ブタゴハン様――こと、ブテゴハン様というのはノーヤチケカ王国領で最も戦功きらびやかな武士もののふで、三本指のなかでも最もひとびとからの信頼も厚い勇士。ふたりよりも歳は上で、あこがれのまとの武士でもあった。

「また誤魔化されてる気もする、やっぱりさざにゃみを新しく調合したんでしょー」

「だから、してないんで、なんだったら確かめてみてほしいんで」

 メトセキは例のなまり色の顆粒が入っている小物入れをパカッと開ける。

「ほらーっ、やっぱり配合を……んっ、なんだか量が少ない……、確かに新しく調合したてだったらこんなに少なくは……無いなー……あっれー」

 サッとふたをしめて困った顔を見せるトヌキス。

 このふしぎな武器、は相手の体力や魔力を奪い取るちからを持ってるもので、調合はもちろん、戦陣で自在にとりあつかうには相手に的確に投げつけたりする瑠技能も必要な特殊武器である。

 いくつもの場面で、そのあつかいの難しさを見知ってるのでトヌキスも、チラッと見たダケですぐにふたをしめたのだった。

「じゃあメトちゃんは何してたの、あっ、修行か!!」

「んっ……」

 石づくりの一室での修行や鍛錬については一般的には武士たちは何も語らないのが不文律なのだが、トヌキスにはそういった点がすっぽり抜けて存在しない。ただ、相手が何をしたのか、内容について訊くようなことは無い。

 だいたいこの流れになるとトヌキスがその髪の毛のようにふわふわわついて語り出すのは、自分自身の修行内容だ。

「なーんだ、メトちゃーんダメだよーまーた強くなっちゃー、こっちなんか高等ケンタウロスをさ、槍でさ、突いてさグルッとしてさ、ポンと倒すだけでもちょっと筋肉疲労しちゃうんだからさーっ、労働量が違うわけ、高等ケンタウロスをだよっ? あれ、ちょっと待ってよ、待ってよーーーー」

「はいはい、高等ね、高等ケンタウロス、はいはい、わかったんで」

「待ってってばーメトちゃん、おれの、おれのあったらしい鎧!! 鎧!! 持ったまま消えないでってばーーー!!!!!」

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さざにゃみ勇士は水コワイ @oobun

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