さざにゃみ勇士は水コワイ

@oobun

1・メトセキのさざにゃみはツヨイんで・上

「ぐふっかっかっかっ、ここから先へはお前は進めん」

 かわいた高笑いをきめる禍々まがまがしいケンタウロス。ごつごつしたプロテインの詰まった馬の脚、筋肉もりもりの両腕には青銅の棍棒こんぼうがある。

 ジャッジャッジャボッ! と大きな水音を響かせながら広い広い浅瀬の中をどんどん近づくケンタウロスに向かって立っているひとりの男は、眉の角度を少しあげて呼吸を深くとった。

「喰らえ!!」

 ケンタウロスの声よりも早く、空気を瞬時に割って横向きに振られた青銅の棍棒がうなる。間一髪で逃れた男は高く跳びあがって小さな顆粒状の何かを投げつけ応酬する。

「…………これはッ?!」

 なまり色をした顆粒状のそれをひたいに受けたケンタウロスは、キッと男のほうをにらみつけたが、やがて体を小刻みに震え出しはじめる。

「ぐふっ……ががが……こんなもので……っ……」

 バシャーーーンと青銅の棍棒がケンタウロスの手から離れ、浅瀬の水中に落ちると、その音と共にケンタウロスは崩れ去っていった。

 ケンタウロスのいた跡には、鉛色の顆粒がひと粒ふた粒、残って浮かんでいた。



 ガチャッ。



 ひときわ大きな音が鳴り渡ると、それまであった一面の浅瀬がパッと消え去り、すすぼけた石づくりの一室に周囲が変わる。カツンッ、カツン……と石の床に転がった顆粒に男が手を伸ばしてひろってると、ひとりの別の足音がその場へと近づいて来た。

「メトセキよ、どうじゃぁ、馴れて来たかぁ」

 足音のもとの老人は紫色のローブをまとった体をゆさゆささせながら男の顔をのぞき込む。

「だめ、ぜんぜんだめで……」

「いやいやぁ、中等ムキムキケンタウロスもかすり傷なしで倒せたのじゃろう?」

 男の腕や顔をきょろきょろ見る老人。確かに、糸のほつれも、みみず腫れも一本も無いノーダメージの姿だ。

「そっちは、まぁ…………でもこっちが、まっだ全然だめなんで」

 男は顆粒をベルトと一体化されている小物入れのふたを開けてなかに収めると、両腕を大きく広げて室内全体を示すような身振りをみせた。この男――メトセキはノーヤチケカ王国領では三本指に入る勇士のひとりと目されてる武士もののふで、ひとたび山の奥から魔物たちが領内に押し寄せて来たり、おそろしい蛮族・ノッセヤガッテたちが国境を破ってなだれ込んで来たりした際には、前線に立ってどんどんぱちぱち動き回る存在なのだが唯一苦手なものがある。

 それは、「水」である。


 メトセキがまだノーヤチケカ王国領各地の里の名も暗記をしない四歳のころ、七つ年の離れた姉・メルトによって古井戸の中に落とされたことによる古い古い心の傷がその恐怖の淵源(この文字で表現されるのもキライかも知れない)となってるのだが、十八歳になった現在でも「水」が激しく激しく激しく苦手。

 体を清める際のお湯は、あのときさんざん飲んだ冷たい水では無い、冷たい水では無い、というイメージ鍛錬によって十二歳でなんとか克服をしたものの、洗髪まで行くと怖くて無理。普段の飲み物も山羊のおちちオンリー。

 はなはだしい部分に達すると、自分が排尿してるときの様子も「水が増えて行く」ようで見てるのが苦手なので、顔だけは完全にそむけたりもする。

 河川や湖沼に入るのは相当にダメで、山岳に囲まれているノーヤチケカ王国領に臨海部が無いのが人生の大きな助かりポイントになっていた。

 城下はずれにあるこの石づくりの一室でメトセキがおこなっていたのは、その苦手な「水」について、なんとか戦場いくさばでは克服しよう――でも怖いから、とりあえず水に浸る表面積が川や湖よりもぐーーっと低そうな「浅瀬」(しかもだいぶ引き潮)で――という鍛錬なのだった。


「全然だめだったとは、どういうことじゃ」

「……実はずっと目つぶってたんで」

「それではまぼろし浅瀬も何も意味が無いではないか!!」

 石づくりの一室の管理をしてる老人は、いろいろなまぼろしを作りだすことの出来る能力者で、城下の武士たちには一般的には武術の修行場として利用されている。ただ、個室のような完全密室な利用方法なことと、武士たちはおのおのそれぞれ修行内容を口外しないことが定式のようなものになってるので、メトセキのような苦手克服のための利用をしてる者も、案外いる……かも知れない。

「目つぶってたって足には水バッチャンバッシャン感じるじゃんか!!!! これでもかなりかなり我慢してたんで!!!!!!!!」

「このっくらいの浅瀬でこれではのぅ……確かに修行をこころみたくなる気持ちもわかるわい……、メトセキの水嫌い、なかなかしつこく落ちぬもんじゃのう」

「洗濯もの水洗いするみたいなこと言わないで!! 無理なんで!!!!」



 身なりを整え終わったメトセキは、顔を羞恥に染めながら石づくりの一室を後にした。朝一番に出かけて来てまぼろし修行に打ち込んでいたため、まだ日は高くのぼっており、澄んだ空気がこまかく風に乗って動いてた。

 大きな坂をのぼって行って城下の中心に一度出ると、少しかん高い声が二階建ての窓辺から飛びこんで来た。

「メトちゃん! メトちゃーん!」

「なんなんで?」

 白い石畳の道に立ったメトセキが声を返すと、明け放たれた窓からメトセキと同じ縫い取りの入った服と革の胴をつけた男がふわっとしたいやみな髪をした男が白い歯を見せてわらってた。

「今日は何? 早いじゃないさー、メトちゃんご自慢の武器の調達でも行ってたのー?」

 この問いに対してメトセキは上を向きながらあまり微笑みも浮かべずに首を横振る。事務的に首を振った、と言ってもよい素っ気なさ。

「そうなのー? あのさぁ、ちょうど良かったからー、ちょっとさーあがって来て、来てー?」

「えーっ……」

「来てー」

 メトセキとしては早く自分の家に戻って、苦手な苦手な水(実体はまぼろしなのだが)に触れまくってささくれ立った心を癒したかったのだが、たまたま出遭った相手が悪かった……と覚悟を決めて、メトセキと共にノーヤチケカ王国領の三勇士のひとりとして数えられてる武士のひとりである、このふわふわ髪の男が窓から顔を出している兵具ひょうぐ屋の中へと入って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る