第30話 やってみなよ
二〇一三年十二月二十七日午後九時三十分
仁の企画したパーティーは大盛況で終演した。けれど、仁が企画したというよりも、あくまで今回は言い出しっぺだっただけかもしれない。なぜなら――
「齋藤さん、この備品はどこに片付けるんでしたっけ?」
「えっと。あ、それはスポーツ部門のものだから、担当の坂下さんに渡してもらえる?」
「飲み残し、食べ残しはどのように処分すればいい、館林さん?」
「近藤部長までありがとうございます!飲み残しについては――」
「それでは、各部署のリーダーの方は一旦ステージ前に集まってくださーい!」
「高木君、今手が離せない人がいるんだけど、その場合はどうすればいい?」
「あ、そのときはぼくがあとからフォローさせていただきますので大丈夫です!」
なにせ、もうこの企画は自分のもとを離れて、それぞれのものになっているから。だからか、最後の片付けまでみんな活き活きと作業をしている。
そんな東京支店のメンバーを見て、他の支店のメンバーも引き寄せられるように片付けを手伝ってくれていることが無性に嬉しい。
(片付けっていったら、自分の場合中学生まではどこか面倒臭くて、いつもその時間になると逃亡してたっけ)
さらに、先ほどまで一緒にいた内定者のみんなにも、直接今日来てくれたことにお礼を伝えたら――
「何を仰っているんですか、仁さん!こんな面白そうな企画、参加しないわけないじゃないですか!」
「そうですよー! わたし社員になったら、来年末の企画実行委員になりたいですもん」
「おれもおれも!」
「じゃあ、予行練習も兼ねてこれから先輩のみんなのお手伝いをさせてもらいにいかない?」
「お、それはいいわね! 仁さん、よろしいでしょうか?」
「お、おう! じゃあ――」
「よっしゃー! 仁さんの許可も得たし、早く行こうぜ!」
「行こう行こう! 確か佐倉さんが裏の取りまとめをされているって言ってたから、佐倉さんにまず確認しようよ」
「そうだね! それでは、仁さん。失礼します!」
「「失礼します!」」
「…………もう失礼しますって言いながら、ダッシュで行っちゃったよ。あいつら」
今年の内定者は三名で、どの子も礼儀正しくて大人しい感じだと面接のときは感じでいた。ところが、やっぱり実際に直接触れ合ってみると、もっとそれぞれの魅力が目に付くようになった。
たとえば、「参加しないわけないじゃないですか!」と言っていた青年は、ずっと小中高と野球部だったからか礼儀作法はしっかり身に付いている。そして、持ち前の明るい性格からと人懐こい笑顔からか、誰とでもすぐに仲良くなってしまう。
来年は「実行委員になりたい」って言っていた彼女は、とにかくレスポンス力が半端なく高くて、しかも精度がものすごく高い。みなみちゃんタイプの原石のような存在で、うちの部署に希望してくれているようだから、高木君にとって良き相棒になってくれそうな予感がしている。
最後に、手伝いを提案していた青年は、他の二人に比べて大人しく、のみこみは人一倍遅い方だ。しかし、芯にものすごく熱いものを持っていて、何度つまずいてもつまずいてもすぐに這い上がってくる。周りを冷静にみていて、自然とその場を調律してしまうのも彼の魅力の一つだと思う。
「今年の内定者は豊作みたいやな、仁くん」
「あ、アニキ! 今日は過密スケジュールの中、駆け付けてくださりありがとうございます!ほんとうに……自分たちには勿体ないくらい魅力的な原石たちが集まってくれて――ああやって、すでに同僚とも仲良くやっていけているあいつらをみているだけで、もう有難さを感じずにはいられません」
「そうやな。俺もそんな仁くんを見れて嬉しいよ」
そう言うアニキは本当に嬉しそうな表情をしていて、なんか初めて恩を返せたような感じがした。
「そういえば、仁くんに聴きたかったことがあるんやけど」
「はい、なんでしょうか?」
「仁くんがどういう思いでこの企画を立案したかは、安部くんや他のみんなからも聴いているよ。でも、みんなの前で想いを話すキッカケはなんだったん?」
「ドキッ! やっぱりアニキはするどいですね。実は、賢さんの一言がキッカケになったんです」
「賢の? それはどんな一言だったん?」
「それは――」
*****************************
二〇一三年十二月十三日午前八時
「なるほどね。そういうことがあったから、朝早く俺のところに相談にきてくれたんだね」
「はい! 正直そのまま想いを伝えたらいいのかどうか、あの後悩んでしまって……それで、支社長たちに話をする前に誰かに話を聴いてほしいって思ったら、賢さんの顔が思い浮かんですぐにご連絡させていただいたんです」
「そうかそうか、俺を頼ってくれてありがとうな、仁くん」
本当に彼は良い表情をするようになった。プロジェクトが難航していたときまでは、どこかすべて俺に頼ってきている感じがしていた。
けれど、今は実際に動いて話してたり、考えたりした上で、どちらかいうと自分でスイッチを入れるために、俺のところに来ている感じがする。なら、俺にできることは――
「今の仁くんには具体的なアドバイスはもう必要ないよね?」
「はい!」
よし、じゃあ今の彼ならこの言葉がぴったりかも――
「やってみなよ」
「!?」
「仁くんが思った通りにやってみなよ。それで、未来どうなるかはわからないよ。けれど、もし仁くんがその想いを持っていて、俺に全然話してくれていなかったとしたら、その方がものすごく寂しいかな」
「賢さん……」
「でも、折角の想いを放置することなく、仁くんのやりたいことをやりたいようにやってみなよ。この意味わかるかな?」
「……前ならよくわからなかったですが、今ならその意味がわかる気がします。そうですよね……ボズも言ってたしな」
「ボズ?」
「あ、ああ、ごめんなさい! こちらの話です! とにかく、この想いを持ったままみんなに想いを話してきます! 朝早くから付き合ってくださり、ありがとうございました、賢さん!」
「気にすることないよ、仁くん。俺も一日の始まりから素敵な話を聞けて嬉しかったよ。また、話してみてどうだったか聴かせてな」
「もちろんです! それでは失礼します、賢さん!」
そう言うと、彼は勢いよく外に飛び出し、軽い足取りで駅に向かっていった。
「あら? もう仁くんは帰っちゃったの?」
「ああ、勢いよく飛び出していったよ! まるで、雛鳥が初めて空を飛ぶ楽しさを覚えたばかりのような感じで活き活きとね」
「そうでしたか。では、このお茶やお菓子はまた仁くんが来てくれたときに出すようにしますね」
そういうと家内は嬉しそうな表情を浮かべながら、奥の部屋に戻っていった。
「さて、俺も仁くんに負けないように今日一日を過ごそっかな♪」
彼がまた来てくれたとき、今度は自分も彼に何か報告できるように。
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二〇一三年十二月二十七日午後九時四十五分
「「やってみなよ」か。相変わらず賢も絶妙なタイミングの言葉を言ってくれるなぁ」
「ぼくもそう思います。おそらく賢さんはぼくがもう答えを出していたことに気付いていたんだと思います。だから、ぼく自身が選択し決断できるように、シンプルな言葉で伝えてくれたんだと」
光恵さんしかり、賢さんしかり。本当に会ってもいないのに、よく自分の状況を理解してくださり、いつも後押しをしてくれていたことが最近になってようやく理解できてきた。おれもみなちゃんや高木君、そしてこれから育っていくみんなにとって、二人のような存在でありたいって、アニキと久し振りに話をしながら強く想った。
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