最終章 たった一つのことから

第31話 相手を通して学んだこと

二〇一四年二月二十二日午前十一時


「本日の議題は、『どうやったら学んだことを活かせるか?』についてです。この議題は、勉強に何度も参加してくださっているみなさんから共通して寄せられている質問でもあります。たとえば、このような内容です」


 そういうと、高木は一枚のA四用紙をファイルからそっと取り出し、副リーダーの坂下に手渡した。

 今日は来月の決算期前までに、この一年で各自が実践してきたことを全社員の前で発表する日。東京支社からは高木君が代表の一人として発表することになり、今は彼のスピーチの時間である。去年は、自分とみなみちゃんの二人で人財育成プロジェクトについて発表したが、こうやって同じ部署からまた選ばれたのは素直に嬉しい。


「仁さん」

「ん、どうした、みなみちゃん?」

「高木君、相変わらず堂々と発表していて頼もしい限りですね!」

「そうだねー。実際に彼に研修を担当してほしいと言ってくださる企業も増えてきているから、来年度からは本格的に現場デビューかな」

「いいですね♪ 勉強会を実際にやってみたおかげで、彼自身教える立場としての課題も見つけたようですし」


 そう。その彼が見つけた課題こそ、自分や彼女も含めて誰もが実は抱えている課題だったりするのだ。

 その課題については、昨年末から急きょシリーズ化された勉強会で気付いたものであり、その内容について勉強会副リーダーの子と一緒に発表することにしたのである。反響は思っていた以上に良く、直接取引のない企業からも参加希望を得られていて、その流れから契約が自然と決まることも徐々に増えてきている。

 ところが、実施は出来ていて、成果も出てきているが、その反面やりっぱなしになってしまっていることが増えてきたので、今年度中に状況を整理することに決めたようだ。


「『毎回楽しく学ばせてくださりありがとうございます。教えていただいた内容はすぐに実践できるものばかりで、早速成果が出ていることもあります。しかしながら、どうしても未消化で終わってしまうことも多く、そのことが残念でもあります。もし学んだことを活かしていけるやり方があれば、是非教えていただきたいです』といった内容です。他の方も似たような感じです。

 実際にお伝えできている内容はどれも自信のある内容であり、かつ、すぐに実践できる内容に絞っているのですが……お一人だけではなく、ご意見をいただいた方の大多数から同じような意見をいただいたので、わたしたちはこれを見過ごす手はないと考えております。

 では、そのことを踏まえて来年度以降の計画ですが――」



「今夜は食事に誘ってくれてありがとね、みなみちゃん! 一人でいると、どうもあれこれ考えすぎて困ってたところなんだよね」

「そうだったんですね、それならよかったです! では、久しぶりの大阪での食事会にかんぱーい♪」

「おう、乾杯!」


 発表会とその後懇親会が終わってから、ホテルに戻って今日のところはもう寝ようと思ったが、なかなか寝付けなかった。なので、一人夜の散歩をしようと思ったら、丁度みなみちゃんから電話で連絡が来て、一緒に外出して軽く食事をとることにして、今に至る。


「仁さんが考えてることって言ったら、やっぱり今日高木君が話していた内容ですか?」

「そう、そうなんだよ! いつものことながらよくわかるね! 自分のプロジェクトのことはもちろんなんだけど、今回高木君が見つけた課題は自分とも無関係ではない気がしてるんだよね」

「といいますと?」

「【人財育成】【人を育てる】【お互いを育て合う】と言った言葉を使って、それができる仕組み創りは順調にいっていると思うんだ。でも……なんか足りないと思ってもいたんだ」

「足りないんですか? サービスを提供する側の私の視点で厳しく見ても、提供しているサービスは至れり尽くせりのように感じていますが」


 彼女は腑に落ちない感じで首を傾げながら答えてくれた。


「確かにね。サービスの内容には自信は一〇〇%あると自負はしているよ。でも、それと何かが違う気がしてたんだ。そんなときに……」

「高木君の話があった、と」

「そうなんだよ~。そのことに気付いたとき、自分の中で最近思い当たる節があるから、それがヒントになりそうなんだけどね」

「それって――ひょっとして、ボズさんのことですか?」


……

……

……


「ど、どうしてその名前をみなみちゃんが知ってるの?」


 ビックリした、というよりは質問されてすぐは何をいっているのか全くピンとこなかった。だって、ボズのことはみなみちゃんや光恵さんどころか、妻にもまだその名前を明かしていないのだから。

 つまり、本来ならおれ以外のだれも知らないはず――


「それがですね……なんと言ったらいいのかわからないのですが、わたしは去年末辺りからボズさんのことは認識していたんですよ」

「やっぱりあなたには分かっていたんだね♪」

「!?」


 パッと右隣の空いてるはずの席を見てみると、ボズがそこに座っていた。


「あれ? 仁は視えてなかったの?」

「う、うん。今の今まで全く見えなかったよ――って、他の人に普通に視えちゃって大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫! みんな酔っ払っているから、突然一人増えたようにみえても大丈夫だって!

 店員さーん、ここのオススメの日本酒をロックでお願いします♪」


 そう言ってさもそこにいるのが当然のように、ボズは飲み物を注文し始めた。


「ボズさんはお酒飲めるんですね?」

「飲めるよー。それこそ大好物だからね♪ 本場の日本酒が飲めるのが楽しみだったし♪」

「そうなんですね♪ じゃあ仁さんとは全く逆なんですね! 仁さんは日本酒どころか酎ハイもほとんど飲めないですし」

「そうなんだ! 仁、人生勿体ないことしてるなー」

「って、いきなり二人で和んだ会話をしないでよー。こっちは今の状況が全く理解できなくてフリーズしてるのに」


 完全に状況が掴めていない中、ボズとみなみちゃんを口をパカ〜っと開けて見守るしかなかった俺だった……が、さすがに放置され続けるのが寂しくて、口を挟んでしまった。


「わるいわるい、ついね♪ 正確にはみなみちゃんは年末より前に俺の存在には気付いてたみたいだよ。ちょうど仁が高校時代に跳躍した後ぐらいだったかな。

 頻繁に仁の側にいるわけではないけれど、仁にとって必要だと思うタイミングで声をかけ続けていたんだ。そうしてたら、ある日俺の声に仁ではない人が明らかに反応したんだよね。それが――」

「みなみちゃんだった、っていうこと?」

「そうなんです、仁さん」


 ボズへの問いをみなみちゃんが答えてくれた。その表情は先ほどのように楽しそうな表情というよりも、真剣でどこか辛そうな感じがする。


「ちょうど新しいプロジェクトが始動したのに全然成果が出なかったときありましたよね? そんなときに開いた会議で仁さんが支社長達と意見が対立したとき、わたし仁さんに酷い対応しちゃったじゃないですか……」

「いや、あのときおれが――」

「もちろんどっちが、という話ではないことは分かってはいたつもり……だったのですが。あのとき仁さんに言いたいことだけ言って会社を出ていったことを、時間が経てば経つほど後悔してきまして。『なんで仁さんの話をまず聴いてあげれなかったんだろう。それよりも、そもそもなんで仁さんが普段言えずにいた不安や怒りを分かってあげれなかったんだろう』って」

「そんなことないよ! みなみちゃんはいつもおれの状況をよくみて、仕事をサポートしてくれてたじゃん! それがどれだけ助かってたか……」

「確かに。この会社に入るときから『仁さんのサポートはわたしがする』って決めてたので、仕事ということでしたら確かに今何が必要で、何をすると良いのか? すごく分かってたんです」

「だったら――」「でも!」


 仁の言葉を遮るように、佐倉は声を上げた。


「でも、それはあくまで仕事に限った話だったんです。仁さんのことを考えているようで……このことに気付いたとき初めて気付いたのが、そもそも仁さんのことを分かろうとしているわたしのことが、実はよく分かってなかったんです。もう、ビックリですよね。でも、そのことが分かったことが実はすごく嬉しくもあったんです」

「そうだったの?」

「はい♪」


 そう頷いた彼女は、確かにとっても嬉しそうで、幸せそうな満面の笑みをしていた。


「まだまだわたしの知らない仁さんがたくさんいるんだなってことと、そういったことを含めてまだまだわたしの知らないことが世の中にはたくさんあるんだなって。そう考えると、すごくワクワクしませんか?もうそう思ったらいてもたってもいられなくなって、まずは仕事のことばかりに向けてきた気を、今度はわたしに向けてみよっかなと♪ わたしのこととなると、やっぱり一番最初に思い付いたことがアルバム写真を通して過去の記憶を辿ってみることだったんです」

「今まであなたはアルバムを見返すことがなかったんですか?」


 ボズの質問に佐倉はゆっくりと首を横に振って答えた。


「そんなことないですよ、ボズさん。学生時代のアルバムは、よく友達がうちに遊びに来てくれたときに懐かしさを感じたくて見返してましたし、ふとした拍子にペラペラと見ることはありました。でも、今回は懐かしいというより、当時の自分と話し合っている感じを楽しんだって感じなんです」

「そのときどんな話をしたんですか?」

「どんな話かですか~。たとえば、小学四年生の頃のわたしとは学校の先生のことを話していました」

「みなみちゃんはその先生のこと好きだったの?」

「最初は大ッ嫌いでした(笑)なんせわたしの大好きな体育の授業をまったくやってくれないわ、宿題が毎日出るわで」

「それは俺も絶対に嫌いになりそう。でも、嫌いだった、ということは……」

「はい。そのあと運動会や学芸会への先生の関わり方を通して、わたしも含めてクラスのみんながだんだん先生に惹かれはじめたんです。三学期の頃には、初めて本気で『まだ先生のクラスメイトでいたい!』って思えていて、その頃のわたしとの話だったので楽しくて楽しくて!

 そうそう、話をしていたら、フッとこの頃からわたしが大切にしてきたことを思い出したんです」

「してきた、ということは……」


 ボズは佐倉の一言に反応した。


「ずっと大切にしてきたつもりだったんですが……実はもうすっかりそのことを忘れてしまっていて。それが『楽しむ工夫をする』でした」


 佐倉は何か大切なものが自分の中にあるかのように自分自身を優しく抱え込んで、ボズの促しに丁寧に答えた。




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