第32話 たった一つ

「じゃあそのみなみちゃんが楽しむ工夫をし始めたことが、ボズを認識できたりするキッカケになったってことなの?」

「ん~。正確に言うと、それは最初のキッカケって感じなのかも。だって、その時点では気付いただけで、まだ行動とかな~んもしてなかったしね。でも、そのキッカケを活用したみなみちゃんが実行し続けたことが、今に至ってるんだと思うよ!」

「それがまず自分に気を向けるってこと?」

「そう! 相手のことを理解しよう、理解しようとしても、それはただ自分の中で思っているだけ。それ自体にもちろん良いも悪いもないけど、『そもそもなぜ相手のことを理解しようとしたのか?』を向き合っていないと、もしかしたらおかしなことになるかもね」

「どんなことになるんですか、ボズさん?」

「たとえば、A子さんとA子さんのことを気にかけているB君がいたとする。

B君はA子さんのために、A子さんがやってほしいことや喜んでくれそうなことをすすんでやっていました。ところが、いつまで経ってもA子さんにその想いが届かなくて、次第に歯がゆい思いをするように。その状況がさらに悪化すると……」

「『なんでぼくの気持ちをわかってくれないの?』みたいな展開になることもありそうですね」


 まさしく、おれ自身も去年一年間はそのことに直面してきた一年だったように思う。


「つまり、A子さんのためにと思ってやっていることが、実は自分の他の気持ちを相手にわかってもらうためにやっていたってこと。そのことに向き合っているかどうかが鍵ってことかな」

「なるほどね~。俺は嫌というほどB君のような体験をしたばかりだけどね。それにしても楽しむ工夫かぁ……もしかしたらさっき話していたことに最も欠けていたことなのかも」

「それってどういうこと、仁?」

「実は会社で今後輩が推し進めている企画がすごく良い感じなんだ。それこそ、今後の会社の柱になりそうな」

「そうなんですよね! わたしもそう感じてます。なんかこういったら仁さんに失礼かもしれないんですが、彼らと一緒に企画するのが楽しんですよ♪ 打ち合わせなんですが、普段なら会社の規定がどうとか相手の会社がどうとか考えることが多くて話があっちいったりこっちいったりすること多くないですか?」

「確かに! 去年スタートした企画の打ち合わせのときは、議論があっちうろうろこっちうろうろで。「前にその話しましたよね?」「その話はそういうことじゃなくって」みたいな会話を何度したか――」

「そうそう! その度にみなさんと熱く議論を交わしましたよね!」

「あれはあれで楽しかったね(笑)」

 

 そういえばそうだったなぁ。あの頃は特にプロジェクトを成功させようとそれこそ必死だった。やりたかったことだったし、任してもらえた大役だったし、とにかくなんとかしようと躍起になっていたように思う。

 でも、やればやるほど方向性がズレていって、しまいにはどこに話の着地点をもっていけばよいがわからなくなった気がする。


「なんでだろう? あんなに目的を明確にしてから議論を交わしたのに……報連相も徹底していたし、次回までにやることも決めてTODOリストも着実にこなしていたのに……」

「それはおそらく、仁たちがやっていること・できていることに満足しちゃってたからじゃないかな?」

「???」

「というと?」

「そもそも仁たちはどんな想いを持ってそのプロジェクトを始めたの? 覚えているかな?」

「それは……会社が求めていることを実現しようと――」


 熱く想いをボズに語った。語ったといっても社内や取引先で、これまでこれでもかっていうくらい話してきたことだ。覚えているというか、話し出すと勝手に言葉が出てくる感じ。今回もいつもと同じような……感じのはずなんだけど――

 話せば話すほど、なにかが違う感じがする……なんだろう?


「きっとそれは会社やアニキ、日本や世界がどうとか言う前に、仁自身の気持ちがそこにいるようでいないからだよ」

「???」

「あははは、ますますわからないって顔をしているね。その意味を今分かろうとしなくても良いよ! 仁が望もうと望まないとしても、日常生活でその意味に気づくことのできる何かには遭遇していくからさ♪」

「ボズさん、もっと仁さん混乱しちゃってますよ♪ ……とかいう私も頭の中がこんがらがってます~」


 佐倉は本日仁が何度目かになる放心状態を見かねて、ボズにお手上げのジェスチャーを示した。


「みなみちゃんも一緒でよかったよ! とはいえ……」

「とはいえ?」

「これ以上頭で考えていてもよくわかんないから、ボズが言っているその意味とやらを探してみるよ!」

「それがいいかもね! そうそう、そういえばこっちに来たら行きたいところがあるんだけど……」

「なになに? ボズはどこに行きたいの?」

「それは……」


 ボズは仁の質問に対して『待ってました!』と言わんばかりの表情をして、二人に嬉しそうに要望を伝えた。



***


二〇一四年二月二十三日午前九時五十分


♪~♪♪ ♪~♪♪ ♪~♪♪


(ん? もう朝かな?)


「あ、ようやく繋がった! 仁さん、仁さん! 起きてますか? もしも~し?」

「ん、ああ、うん。おはよう、みなみちゃん……ZZZ」

「おはよう……じゃないですよ、仁さん! 今何時だと思ってるんですか?」

「何時って、そろそろ朝ご飯のじか……ん!? ってもう九時五〇分じゃん!」

「そうですよ! 早くしないとチェックアウトしないと!」

「やべぇ~! 速攻で着替えてチェックアウトするから、みなみちゃんはロビーで待ってて!」ピッ!


(やばいやばい、早く着替えないと! いや、その前にシャワーを浴びた方が……いやいや、そんな時間はないだろ!

 はっ!? そういえば、換えのコンタクトレンズってどこいったっけ!?)


……

……

……


「で、遅れてしまったと?」

「面目ない! ボズがあれほど歌うのが好きだったなんて……深夜からぶっ続け三時間はさすがに堪えてさ~。あのあと帰ったら即爆睡。急いで飛び起きてあれやこれや考えていたらよくわかんなくなっちゃってさ」


 仁は寝癖をつくって、眠たそうな表情をしながら佐倉に答えた。


「それは仁さんがいろんなことを一気に考えていたからですよ~。同時にできないこともあるんですからね」

「!?」

「ん、なにか気付いたんですか、仁さん?」

「そうそう、それだよ! みなみちゃんが今言っていた中に、昨日ボズが言っていた『意味』ってやつのヒントが!」

「??」


 ようやく探していた宝物を見つけた時のような。嬉しさのあまり目をキラキラ輝かせて、仁は佐倉を真っ直ぐ見つめた。


「あれこれ同時に考えたり、やろうとしたりするから、本当に今やりたいことが見えなくなるんだなって。だから、そんなときはまずたった一つのことに意識を向けてみることが大切ってこと」

「でも、去年のプロジェクトのときも目的を一つに決めて、それに向かってスタートしましたよね?」

「そう、確かに。おれらは目的を決めてスタートしたよ。でも、それはただ言葉としての目的であって、それぞれがその目的に対してどんな想いで関わるって決めたのかはきっとバラバラだったと思うんだよね」

「あっ!?」


 仁の一言で佐倉は何か思い当たることがあり、納得した表情を浮かべた。


「でしょ? ついつい同じ言葉・単語を発していると、想いまで一緒だと思い込んでしまいがちだけど、それが逆にお互いの溝をつくってしまうこともあるんだなって。

 おそらく高木君たちが推し進めている企画の打ち合わせのときは、『何をするか?』よりも『どんな想いでやるのか?』を優先して打ち合わせをしているんじゃないかな?」

「そういえば! 想いを一通り話した頃に、なぜか方向性が一つに決まっていっているような……」

「そう、おそらくすべてがそうなっていくわけではないと思うんだけどね。あっちこっちにそれぞれの想いや気が散っている状況では……ね」


 なるほど~って顔をして、みなみちゃんは愛用ノートにメモを楽しそうにとりはじめた。


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