第29話 選択

 二〇一三年十二月二十七日午後七時


「それでは、我社を初めとして、ここにお集まりの企業様の益々の繁栄と皆様のご多幸ご健勝をお祈り申し上げまして――乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

 ここは秋葉原駅前にあるビルの大ホール。今日はここで会社の忘年会を兼ねた立食パーティーが催され、全国から社員が集まってきている。

 今年は実際には社員だけではなく、来年入社予定の内定者や、取引先も参加してくれ、忘年会というより交流会になりつつある。本当は例年通り東京支社だけで開催予定だったが、急きょ開催を決定し、今に至っている。


「仁さん、乾杯の大役お疲れ様でした!」

「おっ、ありがとう、みなみちゃん! それに……」

「集縁社の片桐映司です。こうやって直接お話するのは初めてです。いつも佐倉さんにはとても良くしていただいています」

「こちらこそ! 佐倉リーダーの同僚の梅里仁です。ぼくの相棒をこれからもよろしくお願いします、片桐さん!」

「ちょ、ちょっと、仁さん」

 赤くなってぷく~っと頬を膨らませているモードの彼女ならセーフ!人前ではあまり見せない照れモードだけど、彼の前でも見せているということはよほど彼のことを信頼しているにちがいない。


「それはそうと……仁さんのわ・る・だ・く・み♪あれからの二週間でよく形になりましたね」

「ああ、全くだよ!と言っても、東京支社のみんなの連携プレーがなかったら、なんとなくの会で終わりそうだったけどさ」

「!? この会は二週間前に決まったことなんですか?」

「そうなんですよ、片桐さん! 仁さんのいつもの悪巧みで♪」

「こらこら、そう何度も悪巧みっていうのは止めてほしいなぁ。こんなにのんびりおとなし~い一般ピープルがね~」

「一般ピープル? 一体どなたのことですか?」

「そりゃあ――」

「まさか仁さん、のわけはないですよねー。仁さんのあの一言で社員みんなが喜んで手伝ってもらえるような方が」

「うっ! あっ、片桐さん笑ってますね」

「あ、ごめんなさい! あまりにもお二人の会話がとても息がぴったりで、上司・部下って感じがしなかったので思わず」

「か、片桐さんまでそんなことを!」

「そりゃあみなみちゃんは相棒だからね! 出逢ったころからもともと上下関係はなかったし」

「なるほどですね。今はそういうことにしておきましょう。そういえば、なぜ御社の社員ではない我々まで参加できるパーティーを開きたいと思ったんですか?」

 そう言いながら、片桐さんは彼女のことを何か含みのある笑いをして見た上で、改めて話題を振ってきた。

「その答えを聴いたらビックリしますよ、片桐さん。もうそれ聴いたら絶対に仁さんのことを一般ピープルなんて思えなくなりますよ」

「へぇ~、なら尚更聴きたいです、梅里さん。どんなキッカケで開催を決められたんですか?」

「え~っと――」

「聴いてしまうんですね、片桐さん?それがですね――」



 *****************************


 二〇一三年十二月十三日


「「「「「はぁ?」」」」

「えっと、仁くん。もう一度言ってくれるかな?」

 そういう支社長は仁さんの真意が掴めずに、なんともいえない顔をされている。


(そりゃあ、そうよね。わたしも昨日仁さんから初めて聴いたときは、一瞬時が止まったんじゃないかくらいフリーズしちゃったもの)


「ですから、今年の忘年会は東京支社だけではなく、全国の本支店、そして、内定者や取引先に声を掛けるのはいかがでしょうか?」

「もう後二週間足らずだよ、仁くん。そもそも何でこのタイミングでその企画をやりたいと思ったの?」

「最初のキッカケは、思い付いたものすごく面白いと思ったからです!」

 自信満々に言う仁さんに対して、支社長や他の部長のみなさんは余計にポカン度がアップしたような顔をしていて、見ているこっちは見ていて楽しい。


「キッカケはそれでしたが、でもなぜこのタイミングなのか、については三つ理由があります!まずは一つ目、この企画を成功させることで、わが社への親密度をさらにアップさせることができるからです。これは高木君達若手が企画したイベントがヒントになりました。特に、契約に繋げるわけではなく、お客様が求めていることを追求した結果大盛況をおさめています。

 そして、そのイベントに参加してくださったみなさまが特に喜んでいたのが、

「知識を手に入れる以上にわが社の社員だけではなく、全く関係のないと思われていた人達と結果的にご縁を築けたこと」

 と、みなさん口を揃えておっしゃっていました。

 二つ目が、わが社の忘年会は『お疲れ様ではなく感謝をする場』だからです。私自身が特に一番みなさんにお詫びと感謝の……言葉を……お伝えしたいんですが――」


 そういうと、仁さんはこれまでのことを思い出しているのか、涙を堪えるのに精一杯のようだ。

「誰が誰にではなく、それぞれが出会ってくれた方に感謝できる場。そして、今年一年一番近くで見守ってくれた自分自身にありがとうを言って、翌年の自分にその想いをバトンタッチしたい! そう強く思ったからです。そして、最後は……東京支社のみんなの底力・結集力を、大勢の前で披露する場にしたいからです。私はプロジェクトが軌道に乗る兆しを感じるまで、全く他を頼ることができませんでした。佐倉リーダーでさえ、正直頼むのが心苦しいという風に感じていたんです。それで、どうしようもならない状況になって、初めて周りを見ることができるように。そうしたら、面白いもんですね。実は私のことをサポートしてくれていた人はたくさんいて、それにただ自分が気付かずにいただけだったんだって。流れを自分が止めてしまっていたんですね……」

「それはわたしもそうです、仁さん!」

「さ、佐倉リーダー……」

「わたしも仁さんをサポートする立場でありながら、仁さんが何に悩んでいることにさえ気付かず……いえ、なんとなく悩んでいたことは感じていましたが、仁さんなら大丈夫と思ってそのまま見過ごしていたんです! 本当にごめんなさい、仁さん!」


 あのときの自分のとっていた行動が悔しくて悔しくて……気が付いたら泣きながら謝罪しているわたしがいた。


「それを言うなら私たちもだな、近藤部長・飯塚部長」

「支社長まで……」

「そうですね」「まだできることがたくさんあったけど、それには目を向けないで仁くんを批判する形になってしまって、本当に申し訳ない」

「みなさんまで…………」

「もう終わったことだから、そのことに私達がいつまでも悔やんでも仕方ない。でも、だからこそあのときの経験を無駄にはできない。今年味わった一瞬一瞬の経験や感情を共に過ごした社員のみんなには、私からもお礼を言いたい」

「じゃ、じゃあ、部長! 合同忘年会は……」

「もちろんやろうじゃないか! 東京支社の実力を発揮するときなんだろ、仁くん? アニキにはこれから私から話して、必ず決行できるようにするから、君たちは仁くんを中心にして最高の忘年会になるように導いてほしい」

「ありがとうございます、支社長! ほんとーにありがとうございます!」

「良かったな、仁くん!」

「早速忘年会プロジェクトチームを組まないとな!」

「でも、さっきの仁くんの話を聴いていると忘年会という名前を変えた方が良くないですか?」

「おっ、近藤部長良いこというね! じゃあさ……」


 泣きながらお礼を言っている仁さんのもとに、他の部長のみなさんも興奮しながら集まってきた。


(仁さん、みなさんに想いを伝えて。そして、伝わってよかったですね♪)


 そう少し遠目で見ていたら、わたしと支社長も同じように見つめていた。と思ったら、支社長もわたしの視線に気付き、優しい微笑みを浮かべたままこちらに近付いてきた。


「佐倉リーダー、仁くんのことよろしく頼むな」

「もちろんです支社長! わたしに仁さんのことは任せてください♪」

「そうだな。それにしても、本当に仁くんは良い部下を手に入れたなぁ」

「支社長。部下ではなくて、あ・い・ぼ・うですよ♪」

 そうウインクして言うわたしに支社長はまた一瞬ポカンとしたが、意図が伝わったのかさらに嬉しそうな表情になった。

「アハハハ、そうだったな君たちの関係は!今日は佐倉リーダーの珍しい姿も見れたし、もう今日一日はもう満足感でいっぱいだよ」

「わたしの珍しい姿?………………あっ!?」

 って、考えていて気が付いたらいつの間にか支社長は出口の方まで進んでいて、してやったりな表情を浮かべていた。

「もう! そういった表情をする人は仁さんだけで十分なのに!」

「おれがどうした、みなみちゃん?」

「えっ!?」

「いきなり大きな声を出すからビックリしたよー」

「な、なんでもないですよ、仁さん! さあさあ、早くプロジェクトを立ち上げましょうよ!取りまとめはわたしにお任せください♪」



 *****************************


 二〇一三年十二月二十七日


「って、みなみちゃんが全部話しちゃったじゃないかー」

「そりゃあ、仁さんが一足遅いから仕方ないですよ♪ でも、いつの間にか――」

「いつの間にか??」

「みなさん私たちに釘付けになってますよ♪」

「!?!?」

「仁さん、そんなことがあのあとあったんですね! ぼくたちの企画がヒントになっただなんて、ものすごく嬉しいです、仁さん!」

「高木君……」

「なるほどですね、佐倉さんが傍で支えたいって本気で思わせる方だけはありますね「ちょ、ちょっと片桐さん――」今度は梅里さんから直接話を聴かせてくださいね。それでは」

 片桐さんはにこやかにそういうと、みなみちゃんの突っ込みを軽く受け流して、他のグループの方に歩みを進めていった。

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