第28話 未来へのメッセージ後編

 二〇XX年Y月Z日


 シュー……シュパンッ!


 自分の感覚がだんだん戻っている感じがしたので、目を開けようとしてみた。

(あれ? 前が真っ白で何も見えないぞ!?)


 訳わからない。一瞬でパニック状態になったけれど、とりあえず前に歩こうと足を伸ばしてみる。何かの上を歩いている感じはあるけれど、足の裏から伝わってくる感触は、平らのようで凸凹しているようで……すべてがあやふやな感じがする。正直自分だと思っているものが、本当にいるのかどうかもよくわからない。

 それでも、とにかく歩いていれば何かが変わるかもしれないと思い歩き続けてみた。感覚的には一時間以上歩いた感じがしなくはないが、それでも状況が変わる感じは全くしない。


(精神と時の部屋で修行に来たわけじゃないんだから、もっと簡単で分かりやすいと助かるんだけどなぁ……

 一旦腰かけてみよっかな)

 そう思い、しゃがんで座る動作をしたら、何かの物体の上に腰かけることができた。


(!?どういうこと?さっきまで物体だと感じるものはなかったはずだけど……でも、この感触は大きな石っぽいかな)


 そんなことを感じていたら、山の中に流れている渓流が思い浮かんだ。


(そうそう。渓流に沿って形成されている岩や砂利の河辺で、のんびりしたいんだよなぁーーんっ!?)

 そう思い描いていたら、辺りの景色が突然自分の中で思い浮かべた景色に変わった。

 川の流れる音や小鳥のさえずり

 頬にあたる心地良い風や新鮮な空気


「もしかしたら、今もっとも感じたい感覚なのかもしれない」

「そうなのかもしれないね、仁」

「!?!?」


「あっははは! さすがに今回は仁も♪」

 パッと振り返ったら、ボズがしてやったりな顔でこっちを見つめていた。

「びっくりも何も……今の今まで何が自分に起きているのかもまだわかってないんだけど」

「そうだよね。じゃあ、まずは状況の整理から♪ オレはどこの時間軸に跳ぶっていう話を仁にしていたかな?」

「確か未来って言っていたと思うけど……以前なら自分自身がいたり、なにかこう安心できるような場に跳んだ気がする。でも、今回は最初から意味不明だよ。それにこの体験で何がわかるの――か……」

「なんかつかんだのかな、仁?」

「つかんだ……わけではないんだけどさ。疑問に思ったことと、感じたことがこのモヤモヤそのものだと思うけど、やっぱりそれがわかんないかな」

「そうなんやね。じゃあ、疑問に思ったことって?」

「やっぱり未来に来たはずなのに、自分がいなかったことが一番疑問に思った。それってどう捉えたらいいの?」

「どう捉えたい、仁は?」

「なんだろう……うまく言葉にできないけど、これが良く自己啓発の本で見かける『未来は過去の延長にはない』ってことなのかなって」

「う~ん。それはある意味で正しいけど、ある意味ではそうではないかもね」

「それってどういうこと?」

「たとえば、仁が過去に人間関係でとても傷ついたとするよね? そのときからずっと人間不信で今も人間不信だったとする。じゃあこの状態で今この一瞬の一時間後、仁の人間不信はどうなってるかな?解消されてる? それとも、そのまま続いてる?」

「そりゃあ……う~ん、でもこれだけの情報じゃあどっちになるのかわからないかなぁ。何かキッカケがあって解消されるかもしれないし、何もなければずっとそのままだろうし――ん!? つまり、今のこの時点では未来は一つに決まっていないってこと?」

「正解!そ うなんだよ、あくまで今想定していることは未来の一つ一つの可能性であって、今起きていることではないんよ」

「ん、ちょっと待って! だって、人間不信は今起きているんじゃないの?」

「うん、今起きているよ。でも、未来のことが今起きている訳ではないよね?」

「???」

「言葉で理解しようとすると混乱しちゃうね。ようするに、未来と今は同時に存在することはないってこと。たとえば、今起きていることは仁も体験できているよね?」

「う、うん。そりゃあ体験できているよ」

「じゃあ過去や未来のことって今体験できる?」


 どういうことだ?

 ん!? まてよ……


 過去は起きたこと

 未来はこれから起きるかもしれないこと


 ってことは、つまり――

「そっかぁ、過去や未来って頭の中で思い出したり想像したりはできるけれど、そのことは今体験できないね! あっ、だから未来に跳んでも何も存在してなかったのは、あくまで未来のままだと想像上のことだから今この瞬間に体験できなかったんだね。その後、逆に体験できるようになったのは、その瞬間にしたいことを頭に思い描いて体験しようとしたからだったんだ!」

「そう! まだ起きてはいないことだから、それを今ただ想像するだけでは何も体験できない。だから、仁自身も自分がいるようでいないような感覚を味わったんだと思うよ」

「なるほどね。さっきその感覚を味わったから、なんとなくボズが言っている意味がわかるけど……このことを言葉にして伝えようとしても、相手には伝わるのは難しそうだなぁ」

「ん? 伝わるのが難しいと何か問題でもあるん?」

「えっ!? だって、いいこと知ったら大切な誰かに伝えたいじゃん! おれだったら、咲夜や会社の仲間たちには伝わるように伝えたいし……」

「そうかぁ、仁は優しいんだね。でも、さっきも言ったように感覚をわかりやすい例えを使って工夫すれば、仁が伝えたいことはそれこそなんとなく伝わると思うよ。でも――」

「体験していないと、結局おれが伝えたかったことがどういうことなのか分かることはないってことだね」

「そうだね。まぁ、この話こそ頭であれこれ考えてもキリがない話だから一旦置いておいて――もうそろそろ元に戻るタイミングだから、最後に仁にやってもらいたいことがあるんだ」パチン!

 ボズが指で音を鳴らすと、途端に周りの景色が元の何もない真っ白な空間に戻ってきた。やっぱり視界には何も映らなくて、ボズがどこにいるのかもわからない。


「ボズ! どこにいるの??」

「ここにいるから大丈夫だよ。では、最後に仁へのミッションは『未来の自分へのメッセージを送る』だよ」

「未来の自分へのメッセージを送る?」

「そう! なんでもいいよ。未来の自分に送りたい言葉でもいいし、確認したいことでもいい。忠告でもいいし、何か伝えておきたいことがあればまずそれを頭の中で思い描いてみる。そして、その後そのメッセージで送るなら、こういう表現で送りたいと思った表現を駆使して未来の自分へメッセージを送ってみて」

「こういう表現で送りたい……かぁ。いきなりだとパッと思いつかないなぁ」

「方法を先に考えると、もしかしたら思い描くのは逆に難しくなってしまうかもしれないよ。それでは『思い描く』のではなく、『思い悩む』になってしまいがちだからね」

「あはは、確かに! 今までのおれは、どちらかというと後者の方が圧倒的に多かったかもしれない。いつもの癖が出たんだろうなぁ……ん?まてよ。この感覚、何かワークで使えないかな……」

「こらこらそういったときだけ『思い描く』のは反則だよ、仁♪」

「あははは、ごめんごめん! でも……そうなんだね。おれはこういったときには『思い描く』ことに集中しているんだぁ」


 そんなことを感じながら、未来の自分に伝えたいことを思い描いてみた。そうしたら一瞬で出てきて、それを伝えるのに最適な表現も見つかった。

「どうやら見つかったみたいだね、仁。じゃあ、お願いできるかな?」

「ああ。わかったよ、ボズ」


 大きく2回深呼吸をしてみた。


 まだよくわかっていないことは多い。まだ腑に落ちていないこともたくさんある。実はまだわかったつもりになっているんじゃないか、と思うことも……


 でも、今この一瞬一瞬で感じていることを伝える手段、方法といったら――

 おれにはこれしかない!


 いつも自分自身に何があってもおれを必ずすぐに支えてくれたもの――

 そう、おれにとって自分の想いを表現するんだったら『歌』しかない!

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