第26話 伝わっていくもの
二〇一三年十二月十二日午後五時
十二月も中旬になってくると、東京でもだんだんコートがないと寒くなってくる。しかも、この時間帯になるともう日が沈みかけて暗くなってきている。その反面、仁のいる秋葉原ではビルや道路の灯りの眩しさを感じるようになる。
そんな中、秋葉原に支店をもつ立志社の二階では、暖房もいらないくらい熱気ムンムンで講習会が開催されている。
今回の企画では、クライアントを対象としたグループ形式で行われていて、教師・講師だけではなく、医者や建築家、会社員など異業種の人たちが集まった。
「それでは、本日の講習会のおさらいをします。今回のテーマは『学習は本当にノートに書くだけでいいの?』でした。参加してみてグループで話し合った内容を、最後にシェアする時間をとりたいと思います、では、まず教師のみなさんはいかがでしたでしょうか?え~っと。あ、はい! 佐上さん、よろしくお願いします」
「はい! 本日は講習会に参加させていただき誠にありがとうございました。私自身教師という立場で、現在小学四年生の子どもたちに授業を教えています。でも、どんなに伝える工夫しても子どもたちに伝わっている感じがしなくて、ずっと悩んでいたんです。
なので、これまでは「最近の子どもたちは何を考えているかわからないし、集中力が全くないし……」と勝手に決めつけていたから、子どもたちがそういう反応を示しているんだなって。そんな風に感じました。
でも、子どもたちはどのように受け取ったらいいのかを、ただ教わってこなかっただけ。
しかも、私を含めて他の教師の方々も「いろんな伝え方があるように、いろんな受け取り方があっていいんだ」ということをこれまで意識したことがなかったので、子どもたちにとってはお手本になる大人がそもそも周りにいなかったのは? という意見も出ました。
今すぐにでも変えていきたいと思いますが、先ほど高木さんが仰ったようにいきなり変えるのではなく、まずは「子どもたちが授業に対して正直どう感じているのか?」を工夫して聴いてみたいと思います。本日は本当に参加出来て良かったです! ありがとうございました!」
パチパチパチパチ(拍手)
「素敵なシェアをありがとうございます、佐上さん! そうですね、いきなり今日の気付きや学びを全部実践するのではなく、まずは佐上さん自身が今すぐにでもできるたった一つのことから始めてみてください。どうもありがとうございました!」
パチパチパチパチ(拍手)
「では、続きまして……」
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「高木君お疲れ様! 二回目だったけれど、もうだいぶ様になってきてるね。やってみてどうだった?」
「あ、仁さん! お疲れ様です! いやぁ~、もう楽しすぎです! 佐倉リーダーをはじめとして、他の部署のみんながバックアップしてくれてるってわかっているので、ぼく自身は一〇〇%講習会に集中できました」
講習会は入社一~二年目の社員が中心になって、準備から当日の運営まで行うことになっている。今回が第二回だったが、お試しで実施した初回があまりにも大好評だったので、急きょシリーズで開催することになったのだ。
「そうだね! アンケートもこんなにぎっしり書いてくださる方ばっかりだし。そうそう。アンケートを回収していたら、ある方が『こんなにアンケートを楽しく書いたのは初めてです♪」って仰っていたよ。え~っと、最後のシェアで発言された……」
「佐上さんでしょうか?」
「そう、佐上さん! おれも何度かお話したことあるし、セッションもしたことあったけれど、あんなに活き活きした彼女を見たのは初めてかも。いつもはあまりにも真剣に子どもたちに向き合おうとするあまり、逆にそのことで悩んでしまって、どちらかというと元気のあまりないイメージがあったし」
「そうだったんですか!? でも、確かに講習会が始まった当初の真剣さは半端なかったですね。必死さがバンバン伝わってきました」
「それが終わってみたら、一番活気と笑顔で満ち溢れた素敵な女性にいつの間にか変身した感じだったね。それも、高木君を始めとした講習会プロジェクトメンバーのみんなのおかげかな! 素敵な場創りをありがとう、高木君」
「どういたしまして、仁さん! ぼくの方こそ、こんなまたとないチャンスを新人たちに与えてくださったことに、感謝の気持ちで一杯です!」
そう言った高木君の表情は同性の自分が見ても惚れ惚れするような格好いい表情をしていて、いつも以上に頼もしく感じた。
「そういえば、今回のこのテーマにするキッカケはなんだったのかな? おれ自身もすごく興味のあるテーマだったからさ」
「今回のテーマはですね、実はプロジェクトミーティングのときに佐倉リーダーから聴いたある話がヒントになったんです」
「みなみちゃんの? どんな話だったのかな?」
「実際講習会は一度っきりの予定がシリーズになって嬉しかったのですが……その分ミーティングでは、『今後なにをやるのか?』『どんな目的でやるのか?』の話題が出るものの、一向に収拾がつかない状況になってしまいまして……」
「あははは、それはおれも昔はしょっちゅう経験してたよ。で?」
「そんなとき、佐倉リーダーがある問いかけをくれたんです。「ところで、なんでお祭りは毎年続いていると思う?」って」
(ん?この話は――)
「「毎年同じようなことをやり続けているだけなのに、どうしてだとみんなは思うかな?」そう仰ったんです。そんなこと気にしたことも、考えたこともこれまでありませんでした。それで、「楽しいから」「ワクワクするから」などいう回答が出たんです。ぼくもそう考えました。
その後、佐倉リーダーが「本気で祭りに取り組んでいるから、やる側の人は本気で関われる場を求めて毎回挑むし、祭りを楽しみにくる側の人はその本気の姿を見たいと思うから、毎年同じようなことをやっていても自然と続くんだと私は思うよ」って。
その話を聴き、『何をするかや目的も大事ですが、どんな想いでやるのがやるのかがベースになる』というイメージがビビっと入ってきたんです!
そうしたら、お祭りのように自然と伝わっていくものを創っていきたいっていう想いがぼくの中で溢れてきまして、その時感じた想いをみんなにシェアしたんです」
「ほ~! なんか熱い展開だね。それで?」
「はい! そうしたら、急に意見が集約されていって、「伝えると伝わるって同じように聴こえるけど、一緒かどうかはわからないよね」という話題でまとまってきたんです。「じゃあ、そのことを体感できることはないかってみんなでアイディアを出していったら、なら誰もが経験したことがあり、今もやっていることをテーマにしよう」っということになり――」
「それで『ノート』に着目したんだね!」
「ぼくもノートには学生時代から工夫してきた――つもりだったんですけど。いざ向き合ってみると奥が深いというか、実はノートについて何もわかっていなかったことがわかってきたんです」
「へぇ~、その気付きもまた奥深い感じがするよ」
「そうですね。ぼく個人としては、わかっていなかったことをわかったつもりになっていた自分にショックもあり、だからこそ逆に新しい自分も知れて嬉しくもありで。この感じをみんなで味わいたいってそう決めて、プロジェクトメンバー全員でその場を創っている最中です」
「そっかぁ。うん、高木君もみんなも活き活きしていたし、まだまだ目指すところがあるみたいだから今後が楽しみだよ! 聴かせてくれてありがとね、高木君」
「はい! こちらこそ聴いてくださりありがとうございました! それでは後片付けがありますので、失礼します!」
そう元気に九〇度くらい一気にお辞儀をして、彼は楽しそうに後片付けに戻っていった。
「うふふふ、相変わらず楽しそうですね、仁さん♪というよりも、また何か悪巧みしてますよね?」
「おっ、みなみちゃんか!今回もいろいろフォローありがとう!」
「いえいえ、今回私はほとんど関われなかったので、他のメンバーのおかげですよ」
「そうなんだね。いやぁ、この講習会もそうだけど、なんか高木君の話を聴いていたら、ずっと前、それこそまだみなみちゃんが東京支社に来てくれたばかりの頃を思い出してさ。あの時に、そういえば高木君が話してくれていた『お祭り』の話を君にしたよなって」
「あ、やっぱり仁さん覚えていたんですね!」
「ああ、もちろんだよ!」
「あの話を聴いたとき、わたしもハッと考えさせられましたから! 「私にとって『本気』ってなんだろう?」とか。そういえば、この話は確か――」
「そう、アニキから聴いた話だよ。今回と同じような場面でおれが悩んでいるときに、みんなの前でこの話を聴かせてくれたんだよね」
「そっかぁ! じゃあ正木のアニキから仁さん、仁さんからわたし。そして、わたしから高木君へと話すことで想いが伝わっていってるんですね♪」
「そう! そのことにさっきおれも気がついて、そのことが無性に嬉しくて嬉しくて! こういう仕事に関われて、アニキやみなみちゃん、高木君とも出逢えて、本当に良かったってさ! そうしたら――」
「やってみたいことができた――ですよね、仁さん?」
そういう彼女の方も、恐らく自分と同じような悪巧みの顔をして質問してくれた
「あははは、さすがみなみちゃん、よくぞ聴いてくれました!」
「いつものこと、ですからね♪ で、どんなことを思い付いたんですか?」
想いを伝えて、伝わって。伝えて、伝わって。
こういったことをず~っと昔から伝わって今があるんだなぁ。
そんなことを感じながら、みなみちゃんと一緒にこれから始める悪巧み話に花を咲かせることができた。
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