第5章 繋がっていく想い

第25話 自分の中にあるきっかけ

二〇一三年十二月四日午前十一時


「仁さん、これってこれで合ってますか?」

「どれどれ? う~っと。だいたいこれでいいかな。午後研修予定の分の準備は終わってるかな?」


 以前までは佐倉と一緒にでないと仁に話しかけることがなかった高木。

 しかし、先日仁と食事をして以来、自ら積極的にコミュニケーションを図るようになっていた。

 そんな高木の関わり方が仁にはこれ以上にないくらい嬉しかった。外見ではそう感じさせないようにクールに振舞っているが、仁が喜んでいることは長年の付き合いの佐倉からは明らかだった。


「はい、もちろん終わってます! 今回は仁さんと自分の二人分でよろしいでしょうか?」

「うん、そうだね! 今回佐倉リーダーは別件でこれから大阪に出発するからね。じゃあ、あと三十分したら出かけようか!」

「はい、承知しました! では、荷物をまとめておきますね。それでは失礼します!」


 そう言って高木君は自分の席に戻っていて、研修の支度を楽しそうに始めた。


「本当に高木君はどんな仕事でも楽しそうにやるよなぁ」

「そうですね、仁さん。私もいつも高木君の姿勢には刺激を受けていますよ」


 いつの間にか、みなみちゃんが隣に来て、嬉しそうな表情で立っていた。


「それはおれも最近感じているよ! あの初めて一緒に食事をしにいってから、自分の高木君に対する見方が変わったことが大きいと思う」

「どんな風に変わったんですか?」

「そうだね――新入社員という一人のくくりから、高木君という一人の社員として見るようになってきた感じかな」

「仁さん、これまでは全然高木君には興味なしでしたもんね。ぜ~んぶ私に託して」


 じと〜っとした表情で仁を見つめ、的を射た指摘をする佐倉。否定する余地がミジンコも残っていない仁は、ウッと胸をおさえて後ずさった。


「あははは……耳の痛い話だよ。でも、これからは彼とも向き合っていこうと思うからサポートよろしくね、佐倉リーダー♪」

「はぁ、本当に仁さんのその笑顔には敵いませんね。了解です! では、私はこれから大阪に出張してきますので、後のことはよろしくお願いします。それで……この間の件ですが……」

「あぁ、あの件ね! 丁度十二月十四日の夜なら予定が空いてるから、その日でよかったら」

「十二月十四日ですね――って土曜日ですが、咲夜さんとはいいんですか?」


 佐倉は念を押すように仁に予定を確認した。最近の仁は必ず土曜日の予定を空けて、嫁の咲夜との時間を大切にしている。そのことを佐倉も知っていたからこそ、気にしているのであるようだ。


「実はその日は友達の結婚式で実家に帰ることになっててさ。だから問題ないよ」

「…わかりました。 ありがとうございます、仁さん! では、また詳細については決めたらお知らせしますね♪ では、行ってきます!」

「あぁ、行ってらっしゃい、みなみちゃん♪ こっちも高木君とがんばってくるで」


 会話が終わると、彼女は楽しそうに自席に戻り、荷物が入ったピンク色のキャリーケースを引っ張って部屋を出ていった。


「さ~て、今日も一日がんばるかな♪」





***


二〇一三年十一月二十三日午前十一時


 あの日、ボズとひたすら笑い続けたあと家に帰ることに。ドアをくぐって後ろを振り返ったら、もうボズの姿が見えなくなっていた。お礼を言いたかったけれど、またすぐに会える気がしたから、ひとまず寝室に戻ってねることにした。


(明日……といっても今日かな。自分の想いをもう一度確認してみよう! ……あ!? そういえば、どうやって自分の想いを確認するのかボズに聴き忘れた! ……まいっか、ひとまずそれは起きてから……かん……が……え……)


……

……

……


♪~♪♪~♪~♪♪~♪~♪♪~♪~♪♪~

♪~♪♪~♪~♪♪~♪~♪♪~♪~♪♪

RUN TO YOUR GOAL♪……


「Zzzz」

「仁、アラーム鳴ってるわよ」

「Zzzz」

「仁!」

「Zzzz」

「……」

「Zzzz」

「こらーっ、仁! 起きろー!!」

「グハッ!」


 ガバっと起き上がったら、咲夜が仁の腹の上で嬉しそうに座り込んでいた。


「おはよう、仁♪」

「こ、殺す気か~、咲夜! 一瞬息が止まったぞ!」

「え~、だって全然起きないんだもん♪ 今日は一緒に出かける約束をしてたでしょう?」

「???」


 はて?

 以前も同じようなことがあったような、なかったような…。


「寝ぼけているのなら、も~一発……」

「あぁ、そっか! 今日はサミイさんのライブが表参道であるから、それまで周辺を散策しようって話だったね!」


 (もう一度あんなの食らったらたまらない!)


 仁はなんとかギリギリで予定を思い出し、早口でフォローを入れた。


「そうだよー、仁が行きたいっていう話だったのに~」

「わかった、わかった! ごめんな、咲夜! 急いで支度するから」

「もぅ。じゃあ、四十秒で支度してね♪」

「それは無理!」


 咲夜はささやかな抵抗を見向きもせず、ご機嫌な感じで洗面所の方に歩いて行った。もう外出用の衣服に着替え、ほとんど化粧をすませているところを見ると、一時間以上前には起きていたことになる。


「普段は立場が全く逆なんだけどなぁ……」

「なんか言った、仁?」

「!? 何も言ってないよ、咲夜! き、気のせいじゃないかな?」

「そうかなぁ……」


 そう言って、咲夜はまた洗面所の方に戻っていった。


 このうちは、ボソッと呟くこともできないのか!





***


二〇一三年十一月二十三日午後五時


「いや~、やっぱりサミイさんのライブは最高だよね!」

「そうだね! 仁なんか、歌が始まった途端にいきなり泣き出すだもん、びっくりしたよ~」


 目の下に泣きまくった跡(くま)を残している仁。

 その顔はスッキリしていて、活き活きしている感じが咲夜にも伝わってきた。


「あははは、なんかね。嬉しかったんだ」

「嬉しかった?」


 仁とサミイとの出逢いは二年前の冬。

 別の方がメインのイベントで、サミイがそのパートナーとして参加されているときだった。けっこう食わず嫌いな性格だから、最初はかなり身構えて入ることが多い。でも、だいたい最初意識的に避けてきたものは、後からものすごく気に入ったものが数知れず……


 尾崎豊・もののけ姫・ファイナルファンタジーⅦ・東京など


 でも、仁がサミイの歌を聴いたとき、今まで聴いてきたものにはない感覚を味わった。ある歌詞を聴いたとき、スっとその言葉が全身に入ってくる感覚。


 君はやがて 強い心を

 伝えてく 旅に出るよ


(あぁ、自分はなんかわかんないけど、強い心を伝える旅に出るんだな)


 その感覚がなんも根拠はないけど、仁の中で確信したことを今でも鮮明に覚えている。


「あのときのライブで、『自分だけではなくて、自分の遠い先の先祖まで誇ってもいいんだよ』って言われているような感じがしてさ。その感覚を味わってから、いつも挫けそうになったときとか、悩んだときとかに自然に頭の中に流れてくるんだよね。それからさぁ――」


 夢中になって話をしていたら、満足そうな顔で微笑みながら話を聴いてくれている咲夜の姿が仁の目にとまった。


「ど、どうしたの、咲夜?」

「ん? なーんでもないよ♪」

「なんでもない顔ではなさそうなんだけど?」


 終日楽しそうに、満足そうな笑顔で笑っている咲夜を見ているだけで、実は仁もつられて笑顔になっていたのだ。


「ほらさぁ。仁ってある話になると途端に熱く語り出すよね? 歴史の話とかさ! そのときの表情が本当に活き活きしていて、わたしはこの表情のときの仁が特に大好きなんだ♪」

「そ、そう? ありがとう、咲夜」


 こうやっていつも、率直に想いを伝えてくれる咲夜の存在が本当に有難い。

 でも、そんな咲夜が『俺に想いを言えずに溜め込んでいることがあった』ということは、よほどあの頃はこうやって話す時間が少しも確保出来ていなかったんだなって申し訳なく思う。


「きっとさぁ、仁はなんらかの表現で想いを伝えることができることが合っているんだろうね」

「!? それだよ! それだよ、咲夜!」

「?? 急にどうしたの、仁?」


 そうだよ、光恵さんの言っていた『自分にとって想いのままに』って、俺の場合は『想いを伝えることができるとき』なのかもしれない!


「ねぇ、仁?」


 スポーツをやるにしても個人競技よりも団体競技が好きなのは、自分の想いと相手の想いを、スポーツを通して共感し合えるから。たとえば、バレーボールであれば、レシーブやトス、スパイクなどを通してチームメイトと共感し合えるあの感覚が大好きだし。


「ねぇ、聴いてる?」


 そういえば、自分の想いが自分でもわかっているときほど、相手の想いを共感できている感覚があった。


「もしも~し?」

「そうだよな! 強い心とかよくわかんないけれど、何かを伝えていく生き方をもっと意識してやってみよう!」

「……」

「ん? あれ、咲夜どうしたの? そんなムスっとした顔して。よし! これからカラオケに行こうよ! あっ、折角だから、歌い終わった後ケーキを買ってお祝いをしよう!」

「えっ、まじで!? ケーキいいねぇ♪ どこに買いにいこっか?」


 いつの間にか機嫌が直っている咲夜が自分の隣に立って、笑顔で腕を組んできた。

 夕暮れ時でもうすでに若干寒さを感じる街の中を、二人一緒に表参道から渋谷までの道のりをのんびり歩き始めた。


「ところで今日は何の記念なの、仁?」

「……」


 (この自分の気持ちに、いつも正直な彼女がやっぱり大好きだ)

 仁にとって、改めてそのことを感じることができた貴重な一日となった。




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