第17話 高校時代前編
一九九九年四月十五日午後四時
シュー……シュパンッ!
眩しくて周りがまだよく見えないけれど、だんだん視界が開けてきた。さっきまで自宅にいたはずなのに、見えてきた景色はそれとは全く違った。どこか見覚えのある校舎が目の前にあり、とても懐かしい感じがした。
「どこかで見たことがあるんだけどなぁ――ん!?」
校舎の周りをランニングしている生徒たちを見えてきた。部活単位で走っているようで男子だけではなく、女子も走っている。
(背丈や顔つきを見る限りはおそらく高校生だろう。あれ、あの人たちはどっかで!?)
ファイトー! ゼッ(オッ)ゼッ(オッ)ゼッ(オッ)ファイットー、ゼッ!オッー!
どこかで聴いたことのある掛け声とともに目の前に現れた男子の集団が現れて、目の前を通り過ぎていった。
「あれは遠藤先輩!? それに高瀬先輩も!? それに――自分も!?」
そう、あれは自分だ。それにバレーボール部同期だったみんなも……
これまで自分はいろんなスポーツをしてきた。小学生以降、部活では野球部や水泳部、サッカー部、バスケットボール部に所属してきて、物心ついた頃から体を動かすことが大好きだった。なので、進学した高校を選ぶときも『スポーツが盛んなところ』という基準で選び、無事に第一志望校に合格できた。
本当は高校でもバスケットボール部に所属するつもりだったけれど、部活動見学のときになんとなく雰囲気が合わない感じがして、結局決めきれないまま……。高校では必ずどこかの部活に所属しなければいけなく、最後まで迷ったあげく結局中学時代の同級生が選んだ部活に入ることに――それが初めてやるバレーボールとの出逢いだった。
入部当初は先輩のスパイクを見るだけでビビってしまい、まずはスパイクのスピードに慣れるので精一杯。サーブを打てばあさっての方向にいったり、飛びすぎてしまったり、逆に全く飛ばなかったり……
それでも、とっても面倒見の良い先輩やコーチ。そして、同期にも恵まれ、練習はものすごく厳しかったけれど、高一の夏を過ぎたあたりからメキメキ上達していき、練習試合にも出してもらえるように。
秋には体力も最高潮で、これまでにないくらいに高校生活を笑顔で楽しんでいる自分がいた。
「そうだったよな――この頃まではこんな笑顔もできたんだな、おれって」
当時の思い出が次々にフラッシュバックされていき、そのときの感情も味わっていく……とても不思議な感覚だ。
場面は、高一の冬。準レギュラーまで昇格して、頻繁に試合に出してもらえるようになっていき、年を越して、バレーボールをやるにはいよいよ厳しい日々がやってきた頃、自分にとって史上最悪な出来事が起きた。
***
二〇〇〇年一月二十一日午後四時四十分
いつも通り授業が終わって、着替えを終えて体育館に向かって準備体操を始めた。
そう、いつも通りだったはずだ。
「練習始めるぞ! まずは体育館の中を十周!」
「「「「はいっ!」」」」
キャプテンの合図のもと、部員のみんながランニングを始めた。自分自身もみんなと同じようにランニングをしていて、その様子を見る限りは普段と何も変わらない様子。
ランニングが終わったあと、二人一組でストレッチを開始。この頃は今のように体が固くなかったけれど、それでもクラスで一番体が固かったのだからよほどだったんだろうと思う。
その後、簡単なフットワークを鍛えるトレーニングの最中に突然足がつって歩けなくなった。
「おい梅里、どうした?」
「す、すみません、先輩! どうやら左足がつったみたいでして……」
「大丈夫か!? マネージャー、梅里の面倒を診てもらえるか?」
「はい、わかりました! じゃあ梅里くん、こっちに来てもらえるかな?」
「わかりました。よろしくお願いします」
正直自分でもなぜ足がつったのかわからなかった。別に激しい運動をしたわけでも、足がガクガクしていたわけでもなかったのに!?
『なぜ?』
これまで経験したことのない突然の出来事だったので、何も考えることができずじまいだ。パニックになっている間に、自分の左足をマネージャーが緊急ケアしてくれて、なんとか足を動かせるようになったので、練習に参戦することに。
けれど、結局またすぐに足がつってしまって、結局この日を境に思うように足が動かせなくなった。
……
……
……
***
「梅里、どうしてもバレー部を辞めるのか?」
「……ごめんなさい、先輩。団体競技でやっていける自信というか、嫌になってきまして――これ以上バレー部にいても単なる足でまといですし……」
(嘘だ! 本当は練習ができないことによって、どんどん同期のみんなにはなされていくことが……そして、これから入ってくる新入部員に対する期待と恐怖が入り乱れてるこの感じ)
結局先輩だけではなく、顧問の先生や同期のみんなにも退部することを引き止められたけれど、あれこれいろんな理由をつけて全て断り、強引に退部することにした。
そして、その後「団体競技が嫌だから」という理由をつけて辞めたので、個人的には筋を通すために次の部活として個人競技の『陸上部』を選択……。
しかも、体験入部で自分自身が選んだのは『短距離』。左足を負傷して今までのような動きができなくなったのにもかかわらず……。
そんな無茶苦茶なことが成り立つわけもなく、陸上部の練習中にまたすぐに足を痛めて左足がさらに思うように動かなくなり、陸上部も体験入部の時点で退部することにした。
もう自分自身何を考えて行動しているのか、自分自身でもよくわからない。今まで自分の全てだった運動が満足にできなくなって、初めて思い悩むということを体験した高一の出来事だった。
***
二〇〇〇年五月十二日午後二時
「なんで試合に勝てないんだろう?」
高校二年生になり、部活をやらなくなってから一ヶ月以上経つ。左足の調子は相変わらず悪くて、日常生活にも若干支障が出ている。それでも、どうしても体を動かすことはやめられなくて、体育の授業は今でも楽しみにしている。
うちの高校の体育の授業は学年ごとに三~四クラス合同で行われる。各学期で体育の授業で行う種目は複数あり、その中からさらに好きな種目を自由選択できる。まさに運動大好きな自分にとっては最適な学校である。
一学期は野球・テニス・バレーボールの中から選択できたので、団体競技が嫌いって言ってバレー部を辞めたが、それでも結局バレーを選択した。
バレーを選択した生徒の中で六人グループを作り、総当たり戦で戦っていく。五チームと戦って、自分のチームの成績は0勝五敗。勝ち星なし。どの試合も競ることなく負けてしまっている。
体育だろうとスポーツなら絶対に負けたくはない!
――だから、スパイクをいつでも打てるようにしてはいるものの、自分のところまでボールがほとんどこないから、得点を決めることができず、不完全燃焼な負けが続いているわけである。
(ボールが自分のところまで飛んでこれば……)
「梅里! ちょっと良いか?」
「鈴木先生!? はい、今行きます!」
と試合に負けた後呆然としていたら、急に体育の先生でもあり、バレー部顧問でもある鈴木先生に呼び出された。
強引にバレー部を辞めた手前、正直先生とも面と向かって話したくはなかった。
「梅里、だいぶ苦戦しているようだな。どうして試合に勝てないかわかるか?」
「……いえ、それを考えていたんですが全然わかりません。得点を決めようと思っても、逆に決められてしまって……スパイクを打てる球も飛んでこないので」
(そうだ。試合に勝つためには、俺がスパイクを決めて得点を決めなきゃ。当時の俺は本気でそう思っていた)
「なるほどな。だったら、どうしたら得点を決めれるようになる?」
「それは……」
「梅里は仮にもバレー部員だったから、他のメンバーと比べてバレーに関する知識はあるし、上手だろう? だったら、お前がセッターをやって他のメンバーを活かしてみることはできないか?」
「セッターですか……」
(スパイクを打ちたくて打ちたくてたまらないのに……でも、自分がセッターをやって試合にもし勝てるなら――)
「よっしゃー! これで五連勝だぁ」
「やったな、梅里くん! 梅里くんがセッターを引き受けてくれてから負けなしだよ!」
「ああ、やったね! でも、大林くんや岩館くんがスパイクを決めてくれたから勝てたと思う。ありがとう!」
そう、実際にセッターを引き受けてみてわかったことが三つあった。
一つは、他のメンバーが実は自分よりスパイクが上手ということ。さすがスポーツが盛んな高校だけあって、みんな運動神経が抜群! すぐに適応しちゃうところが本当にすごいと思った。
二つ目は、実はセッターというポジションが性に合っていたということ。メインではチームメートのサポート的役割でも、時には攻めることもできる。その分、責任は重大だからこそ、やりがいがあるということ。
三つ目は、一人が目立って試合に勝てるより、チームが一丸となって試合に勝てる方が何倍も嬉しいということ。その中で、自分自身が『その時々で役割を変えていくことができる』というのが何より楽しい!
そんなことがあって以来、『今までいつも自分が目立ちたいと思って生きてきたけれど、それは良くないことで、みんなでやることの方が大切である』という想いが徐々に自分の心を支配していった。
***
二〇〇一年二月十八日午後三時五十分
なんだかんだあったけれど、やっぱりバレーボールをすることが大好き。そのことには気づけたけれど、正直なところバレー部のみんなに対しては後ろめたい気持ちがあった。
「梅里? 梅里じゃないか?」
お世話になった先輩たちもそろそろ卒業が控えていた頃、帰り道の途中にあるバスターミナル前で偶然元バレー部キャプテンの遠藤先輩と出会ってしまった。
「遠藤先輩!? はい、お久しぶりです!」
「久しぶりだな、元気だったか? 足の調子はどうだ?」
「あ、はい。足はまだ完治していませんが、元気にしてます。先輩もそろそろ国立大学の試験でしたよね?」
「ああ、そうだよ! もうすぐ卒業だけど、早かったなぁ」
そういいながら笑顔で思いを馳せている先輩を前にして、お世話になった先輩の期待を裏切るような形で辞めてしまったことがとても心苦しく感じる。
「そういえば、梅里は大学で何をするつもりでいるんだ?」
「それが……実はまだ何も決めていないんです――志望校もまだ決めかねていまして」
「そうなんだな。でも、梅里は大学に進学しても、その後就職して社会人になっても、絶対にスポーツ続けろよな! お前はスポーツをやっているときはものすごく活き活きしているし」
「あ、ありがとうございます、先輩……」
そう言って、先輩は笑顔でそのまま自転車で去っていった。
そう、今振り返ればこのときは正直先輩に声をかけてもらえたことを素直に受け止めることができていなかった。情緒不安定で、どんなに恵まれているようなことが起きてもそんな状況だったから、何か自分にとって不利だと思う出来事が起きたときは特に『勝手に相手や状況に振り回された』という思い込みができてしまっていたように思う。
そう考えると、これまで高校時代が暗黒の時代だと思い込み、封印してきたのも納得がいく――
納得がいったとしても、それで何かが変わるのだろうか?
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