第16話 思い出せない過去

二〇一三年十一月七日午後一〇時四五分


 自分にとって想いのままってどういうこと?


 あれから光恵さんと別れてからずっと考えてた。どれだけ考えても答えが出てこない。というよりも、そもそも想いのままってどういうことなのか?

 知らない言葉ではないけれど、それが自分にとってどういうことなのかが考れば考るほどわからなくなってきた。


(この前会った小二の頃の自分は、それこそ想いのままに行動していたように思うけれど、今の自分はどうだろう?

 やりたいことをやってきたつもりでいて、得意だと思うことをやってきた──と思うんだけどなぁ)


 そんなことを繰り返し頭の中で考えていてもどうやら埒があかないようだ。


(それに、光恵さんは「もうわかってるみたい」と言っていたけれど、それって結局どういうことだったんだろう……)



 あーだこーだ唸りながら自宅への帰り道を歩いていたら、いつの間にか自宅のあるマンションまで帰ってきていた。

 マンションのエントランス内の灯りは誰もいなくても眩しいくらいに光っていて、帰ってきた時間が何時なのかわからなくなるような明るさだ。

 エレベーターに乗って十一階まで上がって、自宅の家の前まで着いた。いつものこの時間なら窓から明かりがこぼれているが、今は真っ暗なままだ。


「ただいまー! おや? やっぱりまだ咲夜は帰っていないのかな?」


 普段なら帰る時間になると咲夜が玄関の明かりを付けてくれているが、家の中に入っても真っ暗なままということは、まだ飲み会に参加している最中か帰ってきている最中なのかもしれない。

 そんなことも考えながらシャワーを浴びて、寝巻きに着替えて、リビングにあるソファーにどっと腰を下ろした。

 こういう時にどんなに考えても答えが出ないのは今までの経験からわかってはいたものの、時間が経てば経つほど他のことも考える対象に加わってしまい、もう収拾がつかなくなってきた。


「ふぅー、別に深刻な悩みってわけではないから、緊急に何かしなければっていう焦りはないものの──何か気分転換したいかも……気晴らしに本でも読もっかな」


 独り言をぶつぶつ言いながらソファーから立ち上がって書斎に入った。

 そうしたら灯りが付いていて、部屋を見渡してみたら作業机の前にボズが座って本を読んでいた。


「やぁ、仁。久しぶりだね、元気してた?」


 さもそこにいるのが当然かのように。


「ボズ!? 久しぶりじゃん! 元気にしてた……けど、相変わらずいつも突然現れるなぁ──って、そういえば本当はいつも身近にいてくれてたんだっけ?」

「うん、いつも仁の傍にいたよ! あれから仕事の方はだいぶ進展があったみたいだね?」

「そうそう! 小二の頃の自分といろいろ話をしていたら、そもそも自分の想いを伝えていなかったことや、勝手に被害者妄想にとりつかれていたことに気付いてさ。そのことをまずは身近な人から共有しようと決めたら、どんどん話が進んでいって! それからそれから──」


 次々にここ最近あった出来事が仁の頭の中で思い出されていく。気持ちいい思いばかりではなかったけれど、これまで見て見ぬ振りをしてきた自分の想いを感じることができた。

 そのことが理屈抜きで、仁は自分の心の中が今でもじわ〜っと満たされ続けている気がしている。


「仁、とっても活き活きしてるね」

「ありがとう、ボズ。ボズが言っていたように、本当に自分のことは自分がよく知ってるんだね。あの頃の自分がどんな感じだったかということをすっかり忘れていたよ。でも、あのときの自分が出てくる瞬間が時々あるってことを、あの後色々思い出したんだ」

「へぇ~、それってどんな時なの?」


 心底楽しそうな雰囲気を醸し出しながら、ボズは続けて仁に質問していく。


「それこそ物心ついた頃から高校時代まではいつも体を動かしていたからか、久しぶりに外でスポーツをしたり、ボーリングをしたりしているときは、あれこれ考えることなくその瞬間瞬間を楽しんでいることがあるんだ」

「そうなんだぁ。あっ、そういえば今、仁の高校時代の卒業アルバムを見させてもらってるよ」


 そして、ボズはそも当然かのように見ていた仁のアムバムを開いて、仁に見せてきた。


「こらこら勝手に──っておれが勝手に見てていいっていたよな。でもよく見つけたなぁ。どこに置いてあったのかすら覚えてなかったのに」

「うん、なにせ押し入れの中にあったダンボールの中から見つけたからね♪」

「そうなんだ、押し入れの中からね♪ ……って、押し入れの中を勝手に覗くなー!」


 勝手に押入れを除いたボズに抗議をしてみても、当の本人は全く悪気のない感じで満面の笑顔だ。


「それはそうと──アルバムを見ていたんだけど、この部活ごとの写真一覧のどこにも仁が写っていなかったよ。仁は高校時代部活動していなかったの?」

「それは……」


 答えを言いかけたが、それ以上言葉が出せなかった。なぜなら、入学当初は運動部に所属していた。しかし……


「その仁の表情を見ている限り、高校時代にあまりいい思い出はないようだね? 一体何があったの?」

「一言で言えば、いろんな『後悔』することをやってきた感じかな……でも、そのときの出来事は思い出せても、そのときどんな感情だったのか思い出せないんだ……思い出そうとしても何かが邪魔をして──」

「そっかぁ、やっぱりねぇ」


ボズは仁の話を聴いて、さも納得しているかのように頷く。


「やっぱり? やっぱりってどういうこと、ボズ」

「実は、仁の高校時代を境に流れが大きく変わっているような感じがしてね。というより、その期間について『全く何も視えない』というのが実際のところかな。イメージで言えば──そうそう、真っ暗闇の中に独りだけ取り残されてしまっているような空虚な感じで」


 そう言ったときのボズは、深刻そうで、とても寂しそうに見えた。


 そう、まるで高校時代の自分の表情のように……



 そんなことを感じていたら自分の周りが急に明るくなり、だんだん意識が遠くなってきた。



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