第15話 自分の一歩
二〇一三年十月二十四日 午後九時二十五分
「ご来店ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
元気の良いカラオケ屋の女性店員に見送られ、外に出てきた。夜九時過ぎても靖国通り沿いの道はまだ人や車で溢れている。電灯もそこら中に灯っているから昼間より眩しい感覚に陥ることもある。
「いやぁ、久しぶりに咲夜と一緒に歌ったなぁ! そういえば、あの最後に歌った曲は初めて聴いたけれど、どこで仕入れたの?」
仁は最後に咲夜が歌った曲がとても気に入ったので、楽しそうにスキップしている彼女に尋ねてみる。
「あの曲は二ヶ月くらい前にコンビニでよく流れていた曲で、何度も聞いているうちにだんだん良い曲だなって。それでYouTubeで探して最近よく聴いていたんだよ」
すると、彼女は立ち止まって嬉しそうに話してくれた。
「なるほど~、そうだったんだね。おれも何か新しい曲を仕入れたくなってきたよ」
そういえば、東京勤務になってから新しい曲はほとんど聴いていないかもしれないと仁は思った。
「仁は十八番の曲だけでも十分なんじゃない?」
そう笑顔で言いながら、彼女は楽しそうに家までの道のりを再び歩き始める。
この笑顔を間近で見るのは本当に久しぶり……というか、懐かしい感じがする。ここ一年くらいは休日も自分のやりたいことのために時間を使っていたから、一緒に食事や遊びに出かけることはほとんどなかった。しかも、出かけても仕事のことがいつも気になっていたので、会話はいつも仕事の話ばかりだったように思う。
「そういえば、本当に今日はこんなに早く仕事を終えてきて大丈夫なの?」
「どうして?」
(何でそんなこときくんだ?)
仁はそう思った。
「どうしてって。だって、いつもどんなに早く帰ってきてもこれくらいの時間だったわよ? それが今日は定時上がりだったから、一緒にいられるのは嬉しい反面、逆に心配で……」
咲夜は本気で心配してくれているようだ。
こういう風に言ってもらえるってことは、同時にどれだけ自分が仕事一筋だったかを物語っている。
「ありがとう、気遣ってくれて。でも、大丈夫! 今日は同じ部署のみんなも定時に上がってもらって、明日から再スタートすることに決めたんだ。そうしたらみんな大喜びでさ! 逆に今まで以上に早く仕事が片付いていって、元々今日中にやろうと思っていたことが定時前に終わったから、残りの時間は部署内のみんなで仕事の話以外の座談会をしたんだけど、これがまた面白くってね!」
「なになに? どんな話が聴けたの? 恋バナ?」
さっきまで彼女はすまなそうな表情をしていたのにコロッと表情が変わって、今度はとてもワクワク目を輝かせている。
「あははは! 咲夜は本当に恋バナが好きだね」
「だって、恋バナって話を聴けるだけで幸せな気分を味わえるじゃない? ねえねえ、それでそれで?」
腕を絡ませてきて、どんな話だったか興味津々に尋ねてくる。
こんな感じでスキンシップをとったのは、いつ以来だろうか?
「そうそう、それでさぁ。今年入ってきた新入社員の高木君っていう子がいるんだけど……」
相変わらずの恋バナ大好きっ子の彼女と、こうやって楽しく会話をしながら歩いて帰宅できる幸せを噛みしめながら帰宅の途についた。
***
二〇一三年十一月七日午後四時十分
「ご質問が特になければ、これにて打ち合わせを終わりたいと思います。
次回の打ち合わせは一週間後の十一月十四日の午後二時から行いますので、それまでに各自今回出た課題と向き合っておいてください。それでは、本日はお集まりいただきありがとうございました! 次回もよろしくお願いいたします!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
「では、解散!」
支店長や部長たちに想いを話すことができてから、今日でちょうど二週間。あれからプロジェクト自体に大きな進展はないけれど、各部署間の連携は今まで以上に活発化したように思う。
今まではこういった打ち合わせの場がない限り、異なる部署の人と打ち合わせをするという習慣はプロジェクトメンバー以外はほとんどなかった。それが今では、役職に関わらず事務・営業・経理の人たちが積極的に関わるようになってきている。
そうなっていったのも、一週間前あの想いを打ち明けた日にみなみちゃんから出た一つのアイディアがキッカケだった。
「こうやって私たちは頻繁に打ち合わせがあるので、異なる部署の人との交流がありますが、打ち合わせに参加していない方々は他部署との交流はあまり取れていないのではないでしょうか? 打ち合わせで交流ができている私たちでさえ、こういったお互いの認識のズレがあるので、何か交流できるキッカケを作りたいと思うのですが……いかがでしょうか?」
確かにって思った。
俺自身も正直部長たち以外の子と挨拶程度はするけれど、どういった子なのかということは全く知らない。でも、そういったバックで支えてくれている部署の人たちのおかげでプロジェクトに集中できている。
そこで早速次の日に他部署の一般社員を対象にして、期間限定で『他部署と交流する機会をつくる会(仮)』を急きょ発足。
堅苦しい感じにしたくなかったので、お昼休みの時間に合わせて、毎週会議室でご飯を食べながらざっくばらんに話し合う時間をつくることにした。
自分がその会に入ると堅苦しくなると思って、会の発足の経緯などは自分が説明することに。そして、みなみちゃんを始めとした各部署のリーダー・主任に司会進行をお願いすることになり、その中でどんなことをやるかについては様々なアイディアが出た。
始業前にビル内外の掃除
社内回覧板で各部署が今どんな活動をしているのかを共有
毎月仕事が終わってからみんなでどこかに出かける
などなど
出てきたアイディアを聴き、個人的にはどれも試してみたいと思った。けれど、『何をどうやるかの決定権は司会進行役のみんなに託す』ということで支社長からも了承を得ているので、彼ら・彼女らの決定に従うことに。
もちろん、みなみちゃんにはこっそり耳打ちして、「みんなでボーリングをしたい」という気持ちだけは打ち明けておいた。
「うふふ、そんなにワクワク話されたら断れないじゃないですか。わかりました! 仁さんからこんな個人的な相談を受けたことはほとんどないので、できれば実現できるように働きかけますね♪」
と嬉しそうに答えてもらったことで、例え実現しなくてもある意味もう満足してしまっている自分に気付き、ちょっと嬉しくなった。
そして、やっぱりどの部署の社員も他の部署との交流がほとんどないことを懸念していたようで、実際些細なことから始まったいざこざが部署間で時々あるということだった。
お互いが自分たちの正当性を言い出すもんだから収拾がつかないようで、いつもなし崩し的な感じでいざこざは解決したことにされている……という話も聴き、どれだけ自分の会社の実態もわかっていなかったかということを改めて思い知る良い機会となった。
だから、以前のように全く停滞している感じはなく、むしろ前に進んでいる感覚がある。
あとは、この展開の中で自分がどんな役割を果たしていきたいかだけど、未だに今の状況にピンっときていない自分もいる。
「仁さん、電話です! 二番でお願いします」
と、そんなことを考えているときに高木君からハキハキした声で電話の知らせを受け取った。
「ありがとう、高木君! もしもしお電話代わりました、梅里です……」
***
二〇一三年十一月七日午後七時三十分
「お待たせしました、光恵さん!」
秋葉原駅昭和通り口改札から出てすぐのところにある居酒屋で、仁は先に待っていてくれた光恵に合流した。
「お疲れ様、仁くん。急に誘ったりしてごめんね。仕事の方は大丈夫だった?」
「はい! 今日やるべきことは終わらせてきたので大丈夫です!」
そう、先ほどかかってきた電話は光恵さんからだった。たまたま東京に来ているということで食事のお誘いだった。
光恵さんからのお誘いだから、折角だから妻も誘ってみたけれど、今夜は急きょ会社の仲の良い友人と食事に行くことになったみたいだったので、久しぶりに光恵さんと二人っきりで食事をすることになったわけである。
「でも、光恵さんとこうやって直接会って食事をするのは、プロジェクトが本格的に始動して以来初めてかもしれません」
「そっかぁ、そうやね! あの頃は仁くん本当に忙しそうで切羽詰っている感じがプンプン伝わってきてたわね。今はどんな感じなの?」
「そう、そのことで光恵さんにご報告とご相談があるんです……」
これまでの経緯をざっくりとだけど、光恵さんに説明した。プロジェクト自体が難航していること。支社長や部長たちと確執があったこと。これから部署間での交流を深めていく活動をすることなど。
「仁くんも色々あったんだね。確かに私も仁くんの仕事以外の面は、仁くんから直接はあまり聴いたことないかも」
「そ、そうでしたっけ?」
「そうだよ~。いつも咲夜ちゃんから聴いていた情報から仕入れてたけどね♪ それが今年に入ってからぱったり減ったからどうしたんだろうって思ってたけど……最近咲夜ちゃんとはどう? ちゃんと二人の時間は作っている、仁くん?」
ウッ、相変わらずするどいなぁ、光恵さんは。隠し事がまったく出来そうもない。でも、だからこそ本音で話したいと思う。
「はい、改めてその節は大変お世話になりました! あの後からなるべく家で食事を一緒に摂るようにしたり、外出したりしています。先日は二人でカラオケにも行きましたしーー」
先日の報告を光恵にすると、自分のことのようにとても喜んで話を聴いてくれている。
「そうだったん! うん、うん。いい傾向だね! 咲夜ちゃんをちゃんとこれからも大事にしなきゃダメだからね♪」
「あはは、善処します」
「ん? 善処?」
え、笑顔でききかえしているこの感じは!?
「い、いえ! もちろん咲夜のことはこれからもさらに大事にしていきます!」
「よろしい! じゃあ何を注文しよっか? ここはお魚が美味しいから、まずは刺身よね。いや、その前に野菜をたくさん食べておきたいかも。でもでも……」
光恵さんのこの切り替えの速さは、本気で見習いたいと思う。
「いやぁ、けっこう食べたねー。仁くんはまだまだ食べれるでしょう? 遠慮しないでたくさん食べなよ」
「ありがとうございます! けど、もうけっこう腹一杯です」
「そう? じゃあ後は食後のデザートね! う~ん、どれにしようかな? ……よしこれにしよう! すみませーん、注文お願いします!」
勢いよく追加注文していく光恵をみて、仁の中では「どこにそんなに食べ物が入っていくのか?」謎は深まるばかりである。
「あれだけ食べて、さらに食後のデザートってさすがですね」
「デザートは別腹ってよく言うでしょ? あ、そうそう。そういえば、相談したいことがあるって言ってたけれど、どんなことかな?」
……すっかり忘れてた。
「実は深刻な悩みとかではないんですが、最近色々あった中で感じていることがありまして。昔から調整役をやってきて、それが自分に合っている感じがこれまでしていたのに、なんか自分らしさを感じられなくなってきていて……」
自分のことがよくわからない。
その一言に尽きる。
正直認めたくはなかったけど……。
「なるほどね~。なら、想いのままに行動してみたらどうかな?」
「そうなんです。なので、想いのままに行動してみようと思ったんですが、その『想いのまま』というのがそもそも全然わからなくて。
そこで相談なのですが、『想いのまま』を実感できるようなセミナーや講座とかってご存知でしょうか? もし知っていたら、是非教えて欲しいのですが」
良いものなら、きっと自分のためになる。この時の自分は本気でそう信じていた。
「…………仁くんは、本当にそのことがわからない感じかな?」
「!?」
じーっとぼくの顔を見た後、光恵さんからの問いかけを聴いた瞬間すごくドキッとした。というよりも、変な冷や汗をかいてきた。
「といいますと?」
「実際にそういった『自分らしさ』を気付けるようなツールや手法はあるし、私も知ってるよ。でも、仁くんはもうそのことに気付いているというか、わかっているみたい」
「えっ!? それってどういうことですか、光恵さん?」
わかっているみたい……わからなすぎて困っているのに。本当は何か自分で気づいているけど、気づいていない振りでもしているのだろうか。
「それはね……内緒だよ♪」
「えー! それはないですよ、光恵さん。ならせめてヒントを教えてくださいよー」
「ヒント? う~ん、どうやって表現したらいいかわからないけれど……じゃあ今から言う問いかけを自分自身にしてもらっていいかな? いくわよ?」
と言ってから、光恵さんは目をつぶった。そして、間を少しあけてから、ゆっくり目をあけて微笑みながらぼくにこう問いかけた。
「自分にとって想いのままってどういうこと?」
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