第18話 高校時代後編

二〇〇二年三月一日午前十一時


「さよなら」消えないように……

ずっと色褪せぬように……

「ありがとう」


 卒業式のテーマソングを歌い終わり、いよいよ高校生活も終わりを迎えようとしていた。


「結局、高校時代に戻ってきても何も変わらなかったなぁ……」

「何かを変えたかったのですか?」

「!?」


 急に後ろから声を掛けられたから、振り返ってみてみると高校生の頃の自分(青年)が学生服を着て立っていた。


「未来から何かを変えにきたんですか?」

「いや……変えに来たわけではなかったけれど――そういう過去の君は変えて欲しくなかったの?」

「それはどういうことですか?」


 青年は不思議そうな顔をして聞き返してきた。


「だって、あれだけ辛い思いをしたんだよ! 辛い経験をしないような未来をおれは望んでいたんじゃないのかなって……」


 そう、だから思い出をできるだけ厳重に封印してきたのだと思っていた。だから、何か問題が起きても最初は『誰か』や『何か』のせいにする。でも、結局自分だけのせいにしてしまい、誰のせいにもできない。そんなことを高校以来ずっとやり続けていたから、いつの間にか自分を出さないように無意識にセーブしてきた。

 そのことに今回気づけたのはいいが、結局それで何か変わったのか……


「そっかぁ、未来の自分はまだ自分の周りで起きた出来事を良い悪いで判断してしまって、苦い記憶がたくさんあった高校時代の記憶をよくないものとしてきたんだなぁ――でも、このときの経験は、その後のあなたにとっても貴重な財産にならなかったですか?」

「確かに――怪我をしてバレー部を辞めるような事態になって、初めて団体競技の楽しさや醍醐味がわかるようになったし。それに、あの遠藤先輩が受験で一番忙しい時期でも自分のことを忘れないで想っていてくれたことに気付いたからこそ、自分はたくさん人に支えられて生きているということを後に実感できるようになったしね」


 あの高二の冬の時点では遠藤先輩から声を掛けてもらえたことを受け止めれなかったけれど、大学二年生のときにオリンピックの主題歌としてよく色々なところで流れていたゆずの栄光の架橋を聞いていたら、突然当時のことを思い出して涙したことを思い出した。


もう駄目だと すべてが嫌になって

逃げ出そうとしたときも

思い出せば こうして たくさんの

支えの中で 歩いてきた


『自分は独りぼっち』だと思い込んでいたことが実はそうでなかったことに気づけたのも、高校時代の経験あってのことだったと思う。


「どうですか? 本当に失くしても良い経験ですか?」

「ううん、今思えばあのときの苦い記憶、情緒不安定になるような出来事があったからこそ、社会人になっていろんなことがあっても生きることを諦めずにすんだように思う。そう考えると、やっぱり出来事が直接自分に影響を与えるんではないんだね。出来事をおれがどう受け取ったかに影響されるのであって」

「そうですね。当時のぼくは自分がなんでその行動をとったのかよくわからないことがよくあって。それによって引き起きてしまったことをなかったことにしようと感情を押し込めるようになったんですよ。

 でも、そのときの感情を未来の自分がもう一度味わいにきて、感じ切ってくれたことがとっても嬉しい! どうもありがとうございます」

「あははは、まさか過去の自分に感謝されるとは思ってもみなかったけど、この当時の自分に感謝してもらえたことがとっても嬉しいよ。本当は触れられたくない過去だと思ってきたけれど、逆に自分自身を見向きもしなかったことで余計に苦しめていたんだね――でも、いろんなことがあっても生き続けてくれてありがとう」


 青年もまさか自分から感謝されるとは思ってもみなかったようで、自分以上に驚いているように見えた。けれど、しばらく経ったあとに何か取り憑かれたものが取れたようにスッキリした顔をしている。


 もしかしたら、今自分もそんな感じなのかもしれない――

 そんなことを考えていたら、だんだん自分の体がボヤっと輝きはじめた。


「どういたしまして! 未来のぼくが今回の気付きをもとにどんな決断をして、どんな行動をしていくのか、楽しみにしていますね!」

「ああ! 楽しみにしててな! これまで繋いできてくれたみんなの想いを活かして、絶対に自分の人生を最大限生き切ってみせるから!」


 輝きだした光の影響でもう青年の顔も見えなくなってきた。


「はい! 楽しみにしてますね」


 最後に青年の満面の笑顔がかろうじて見えたところで、もう何も見えなくなった。


シュー……シュパンッ!




***


二〇一三年十一月七日午後十時四十五分


シュー……シュパンッ!


 眩しかった景色がだんだん見えるようになってきた。周りを見渡してみると自分の書斎だった。やっぱり前回と同様にボズの姿は見えず、高校生のときのアルバムが机の上で広がっているだけ。

 改めてアルバムを見返してみると、暗黒時代だと思っていた高校時代も楽しかった記憶があったことを改めて思い出した。


 体育や球技大会、文化祭、修学旅行、放課後など

 って、ほとんどが授業以外の行事だけど(笑)


「そういえば、化学の授業は面白かったなぁ。高一までは嫌いで毎回赤点スレスレだったけれど、高二の単位がかかったテストの対策をしているうちに、いつの間にか化学が好きになっていったんだよ~。でも、まさかその影響で大学や大学院でも化学関連の研究をすることになるとはなぁ」


 しかも、高校の頃から始めたバレーボールは大学にいっても続けたし、文化祭のときに踊ったタップダンスのおかげで、今まで踊るのが苦手だという思い込みから解放されて、踊ることも好きになったし。

 他の人から見たらどうでも良いことかもしれないけれど、自分にとっては一つ一つの出来事がとても大事な記憶であること。

 覚えているってことはそれだけ感情がたくさん湧き上がった、という証拠かもしれない。


「まだまだ思い出せていないことがあるような気がしているけれど、今は特に必要ないのかもしれないしね。その必要な瞬間さえ自分で判別できたらいいのになぁ……」

「ただいまー!」


 そんなことを思っていたら、咲夜が帰ってきてリビングに入ってきたので、自分も書斎を出てリビングに向かった。


「おっ、咲夜もようやく帰ってきたな! おかえりー、咲夜」

「あれ? もう帰っていたんだね、仁。光恵さんはお元気だった?」

「あー、とってもお元気だったよ! いつも元気を分けてもらってるよ」

「確かにね! 今度はわたしも光恵さんに会いたいなぁ」


 そういいながら、彼女は玄関から入ってきた。仕事帰りだったようでスーツを着ていた。薄ら顔が赤いところを見ると少しお酒を飲んできたのかもしれない。


「ところで、仁は今何見てるの? ――あぁ、卒業アルバムね! 久しぶりに見たよ~。なんで急に見ようと思ったの?」

「えっ、あぁ。なんと……なくね。ただ、これまでは何か見たくなかったけれど、今久しぶりに見てみたら高校時代のことをけっこう思い出せて嬉しかったよ」


 そう話したら、咲夜は笑顔でにっこり笑って応えてくれた。





***


二〇一三年十一月八日午前七時三十分


 昨日のことを思い出しながら、会社に歩いて向かうことにした。結局あの後咲夜と会話が弾んで、高校時代のことをいろいろ思い出しながら話すことができて嬉しかった。

 あの貴重な体験のおかげで、今まで暗黒時代だと思っていた高校時代が、実は見方次第では今の自分にとって必要な体験ができた時間だったことが確信できた。


 とはいえ、まだ光恵さんが言っていた『自分にとって想いのまま』についてはわかったようで、まだわかっていない感じ。

 ひとまずわかったことは、『昔の自分にとって想いのままできていたこともあったけれど、あのときと状況はだいぶ変わっている中で自分自身は何を大切にして、何をしていきたいのか?』ということ。

 考えていてもやっぱり答えは見つかりそうもないので、身近ですぐにできることから実践するしかなさそうだ。


「とはいえ、何から始めようかなぁ」


 そんなことを考えていたら、あっという間に会社に着いた。


「あ、仁さん! おはようございます! どうしたんですか、そんなに考え込んだ顔をして」

「ああ、おはよう、みなみちゃん! それが最近あった奇妙な出来事でいろんな気づきを得たんだけど――それをどう活かしたら良いのか決めかねていてさ」

「奇妙な出来事……ですか?」

「そうなんだよ、実はさぁ――」


 さぁ〜て。

 何から始めてみようか。



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