第12話 楽しいことしかしていない

「なんて伝えたらいいかわからないけれど…お兄さん、愚痴話をしている時の方が別の意味で活き活きしている感じがしたよ?」

「えっ!?」


 突然話しかけられ、キャッチボールをしながらいつの間にか過去の自分(じん)と話すことになる。そして、いつの間にか小二の自分にも仕事の愚痴をこぼしていたようだ。


「だから、仕事の愚痴を話しているときの方が楽しそうではないですが、想いがこもっていて活き活きしてた気がするんだ」

「だ、だってそれは……」

「相手が悪いから?」

「そ、それは……」


 自分を非難するわけでもなく、軽蔑するわけでもなく、咎めるわけでもなく。ただ、疑問に思ったことを質問しているだけ、という感じがじんから伝わってきて、それ以上言葉が続かなかった。


『本当に相手が悪いのか?』


 改めてそう確認してみると、なにか違和感がしはじめてきた。

 確かに、みんな自分のことしか考えていなかったかもしれないし、おれの都合をまったくおかまいなしだったかもしれない。

 けれど、それはあくまでおれがそう感じただけであって、本当に相手は自分勝手なだけだったのだろうか?


「何か思い出せた、お兄さん?」

「いや、正直思い出せないんだ。というよりも、自分はどう感じたか、今感じているのかしかわからなくて、相手がどう感じているかは考えようともしていなかったように思う……ということは、相手ではなくて自分の方が悪いのかな?」


 そう感じた瞬間情けない気持ちになって下を向きながらボソッとそう呟いてしまった。一度そう感じてしまうとさっきまで相手のせいにしてきた自分がとっても惨めに思えて、少年の顔がまともに見れそうもない。

 

 しばらくお互い沈黙したあとにそれでも何か話していたいと思って、顔を上げたら少年が笑顔で見守っていてくれた。


「お兄さん、今自分が悪かったんだ、と思っていませんか?」

「……」


 図星だった。


「やっぱりそうですよね。でも、ぼくが感じたところはどちらかが良い悪いではないんです」

「ん? それってどういうこと?」

「ぼくがこの当時よく見ていたアニメは、正義と悪、良い者と悪い者という関係があったよね? 自分たちの方が正義だと思っていれば、それに反する存在は悪になっているし、逆に悪だと言われている側からすれば、自分たちの方が正しいと思っているので、反する正義は間違っているということに。

 つまり、合ってる間違っているのように白か黒かの基準では、いつまでたっても相手と何も分かり合えないじゃないかって」

「確かに。自分が正義だと感じたことでも、自分と状況がちがう人からすればもしかしたらそれは悪かもしれないね」


 アニメに限らず、ドラマでも映画でも小説でも。

 なんだかんだ言って、正しい何かを立てることで物語を成り立たせようとしているものがほとんどのような気がする。

 (大人の人間関係も、もしかしたら同じようなものなのかもな)


「うん。つまり、どちらかが良くてどちらかが悪いという図式は別の立場の人からするとありえなくて、この視点からみると自分が正しいけれど、こっちの視点からみてみると自分の方が間違っていたということは、どんな場合でも存在するってことかな」

「ちょっと待って。じゃあ例えば人殺しの犯罪者の人も正しいってこともありえるの? そんなバカな!」


 今の発言は鵜呑みにはできなかった。

 いや、もしその考えを許容してしまったら、今まで自分が信じていたり思い込んでいたりしたものが、一気に崩壊してしまう気がしたからだ。


「なにか可笑しいですか?」

「だって、犯罪者だよ? 正しくないから犯罪者であって……まてよ、つまり犯罪者って決めている側からすると確かに悪者だけど、犯罪者側の人からするとそうとはいえないってこと?」

「極論を言ってしまうとそういうこと。だからどっちが正しくて、どっちかが悪いという判断基準では本当は判断できないんじゃないかと思うんだ。だから、それを公平に判断するという名目で作られたのが……」

「法律やルールだな!」

「そう、だからもしお互い歩み寄りたいのであれば、どちらかが良い悪いではいつまで経ってもイタチごっこですよ、っていうこと♪」


 ニコって子どもらしく笑いながらも、じんは結構物騒なこととか辛辣な発言をする。でも、的を得ている感じはして、俺はなんて言葉を返せばいいのか戸惑う。


「……じゃあどうすればいいんだ? それ以外の判断基準は思いつかないし」

「もしお兄さんがわからないとしたら、それは誰に聴くと一番よくわかると思う?」

「それは君ならわかるんじゃないの?」

「こうなんじゃないかな? という推測は立てられるし、こうすればいいんじゃないかな? という想定はできるよ」

「だったら……」

「でも、それはあくまで推測や想定であって、ぼくは実際にその人と直接やりとりをしているわけではないから、どうすればよいかわかっているわけではないよ! お兄さんならどう? もし仮にチームで話し合って決めていくような話を、自分たちに一切相談や話し合いをすることなく上司が勝手にだれかに相談したことをもとに決定していったとしたら」


 想像してみた。

 自分に相談なく勝手に話が進められていく光景を。


「そりゃあ……仕事としては承知するかもしれないけれど、絶対納得はできないかも。自分たちに関係する話なら、せめて一度は話をちゃんと聴いてからにしてくださいって思う……し」


 最後の方は自分に思い当たる節がありすぎて、仁の声がだんだん萎んでいく。


「でも、実際になんでそういう対応したのかを上司に聴いてみたら、なんて言うと思います?」

「「いつまで経っても相談に来ないし、動こうともしないから、待っていれないから話が進む相手に相談して、さっさと自分でやろうとした」みたいに言うと思う。そっかぁ、確かに自分たちの立場からすると何も相談も話し合いもしてくれなかった上司に対して腹が立つかもしれないけれど、逆に上司からすると相談や話し合いは部下からするものだと思っていたら、いつまで経ってもそうしてこない部下に腹を立てるかも!」


 そっか!

 おれの立場に置き換えると、みんなにこうして欲しいと思う想いを部長やみなみちゃんたちに伝えることもなく、それに反する行動をされて勝手にイラついてしまったのかぁ。

 しかも、部長たちが本当はどう感じているとか最後までしっかりと聴いて確認したことは……これまで一回もなかったかも。


 だから、もしからしたら部長たちは自分が本当は今どう思っているかわからないから不安や不満を感じていたかもしれないし、逆に自分も部長たちが本当はどう思っているか知らないから不安や不満を感じていただけなんだ、きっと!


 たったそれだけのことだったんだ!


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