第10話 決意
二〇一三年十月二十四日午後十一時
「ねぇ? 相手のことより、そもそも自分のコトをわかってる?
かぁ。確かにそうだよな。いつも誰かのためだと思ってその人のことをわかろう、わかろうとしてきたけれど、わかろうと思っていた自分のことをわかろうとはしたことがなかったかも」
賢さんのお店を出て、終電前の電車に乗れて、無事に帰宅。さすがに妻はもう寝ていたので、なんとなく書斎に入った。
家まで帰る最中、ずっとボズが言っていたことが気になっていた。
今までは上司の言う通りにやっていれば、本に書いてある通りにやっていればなんとかなっていたけれど、今度は自分の想いを相手に伝えるときにも、どこか自分の想いを隠して伝えていたような気がした。
だから、表面上は上手くいっていると思っていたけれど、その隠していたけれど隠しきれていない分が伝わってしまっていたのかもしれない。
「よくわかったね!」
「!?」
「仁が自分で気付いてくれると信じていたけれど、ようやく自分と向き合うことを決めたかな?」
いきなり後ろから声が聴こえてきて、パッと振り向いていたらボズが笑顔で立っていた。
「ボズ! 今までどこにいたの!? 三ヶ月間も姿が見えなかったけど」
「ずっと仁と一緒に行動していたよ。職場でも、家でもどこでも。何度か気付いてもらえるように声をかけていたんだけどね」
お手上げポーズをしているボズ。
いやいや、そんなにどこでも声を掛けてくれていたのならさすがに、な。
「じゃあ、もしかして今まで起きていた問題の出来事も……」
「もちろん知っているよ♪ 仁が今心から望んでいることに気付いてもらえるために、いろんなアプローチを試したんだから」
「今回のことも!? だって、あんな辛い出来事、俺は全然望んでいないぞ! むしろ、プロジェクトが上手くいくことを……」
「本当にプロジェクトが上手くいくことを一番望んでいる?」
「えっ!?」
一瞬、ボズが何のことを言っているのかさっぱりわからなかった。
「だから、仁は本当にプロジェクトが上手くいくことを一番望んでいるのかな? プロジェクトが上手くいけばそれでいいのかな?」
「そりゃあ……プロジェクトは上手くいってほしい! ……とは思っているけど……」
けれど、これまでずっと当たり前だと思っていたことを、改めて確認されると自信を持ってそのことを一番望んでいるとは思えなかった。
「そうだよね、きっと悩むよね。恐らくこれまで仁は誰かのために、会社のためになんとしようと奔走してきたから。でも、仁自身はプロジェクトが上手くいけばそれでいいのかな?」
「それは……正直わからない。プロジェクトが上手くいくことが自分の喜びになり、それで喜んでくれる誰かがいるからそれでいいと思っていた。そのことで別に俺が認められなくても良いと思っていたけれど、今回のことがあって自分のことが相手に認められないことが不安だし、怖いのかもしれない」
怖い……そう、怖いんだ。
咲夜だけではなくて、支社長や部長、佐倉さんにも敬遠されて。
その上、光恵さんや賢さん、そして、アニキにまでそうされたら、もう立ち直れないかもしれない。
「そうだね。仁は過去に『認めてもらえなかった』という思いが強いから、その反動で『認めてもらいたい』という思いが強いのかもしれないね。だから、その過去の思いがあまりに強すぎて思い出したくないのかもしれないね。
でも、もうどうしようもない過去だろうと、自分自身に起きた出来事や味わった感情を否定したままでは苦しいだけ。どれだけそのときのことを隠そうとしても、自分の感情に向き合わない行為が逆にさらに自分を苦しめることになるから、さらに隠そうとして……」
「さらに自分で勝手に苦しくなる負のスパイラルにハマっていくんだね。じゃあ、どうしたら良いの?」
すかさず仁はボズに質問した。
「どうしたら良い? それは仁が一番良く知っているはずだよ。今はそのことに向き合うのが苦しいと感じるかもしれないけれど、それは単なる幻想だから。仁ならそのことに案外あっさり気付けると思うよ♪」
(あっさり気づけていないから今悩んでいるんだよ〜)
そう言おうと思ったが、もしかしたら何か自分が勘違いしているかもしれないと仁は思い始め、言葉が出る寸前で飲み込んだ。
「……なんでボズはそう思うんだ?」
「だって、仁はオレであり、オレは仁だからね。オレができるって確信を持っているのに、仁ができないわけないじゃん♪」
『何を当たり前のこと聴いてるんだ』
そんな感じで答えてくれるボズのことが、とても有難く感じる。
「簡単に言うねー。でも、ありがとう。自分に信じてもらえるのは嬉しいね。あっ、だから以前ボズが過去の想いを繋いできていないって俺に言ってくれたんだ! 過去の自分を信じていない自分がいるから」
「そう、そうだよ! だから、もし仁がそのときの自分と向き合うって決心するなら、向き合うことのキッカケは創ることができるよ。もちろんキッカケだけだけどね。どうする、仁?」
(どうするって。そんなにワクワクした表情で言われたら、返答は決まっているじゃないか!)
「もうここまできたらやるしかないっしょ! なんとなく自信を持てていた時代と、自信を持てない自分がいる時代にも思い当たりがあるし。力を貸してほしい、ボズ」
自分一人でああだこうだ考えていてもラチがあかない。
もう打つ手なしだと思っていたところだしな。
「もちろんいいよ! そのためにオレはきたんだから。じゃあ、早速だけど準備はいい?」
「準備!? 準備って何か準備がいるの?」
準備というフレーズが出た途端に、仁は不安そうな表情に変わった。
「あははは! 準備っていうのは心の準備だよ。仁もだけどこの地球の人たちは、記憶・意識へのアクセスが自由にできないから、その記憶がすべてだと思ってしまう傾向がある。でも、オレらの星ではそれを子どもの頃から自在にコントロールできるように訓練されるんだ。そういった自分を自在にコントロールする技術をオレらは『魔法』と呼んでるよ」
「???」
「色々聴きたいことがある顔しているけれど、今はちょっと待っててね。またちゃんと説明するから」
「あははは、さすがボズだね! 気になることだらけだけれど、今は自分のことに集中するよ」
ボズと出逢ってからツッコミたいことだらけ。
『魔法って何だよ?』
本当はそう言いたかったけれど、言葉だけが大事ではないことを何となく感じる。
「うん、そうしてもらえると助かるよ。じゃあ、どの時代に跳ぶ?」
「じゃあ、まずは小二のときかな?」
仁はボズからの問いに即答した。
「そのとき何かあったの?」
「何かあったというか、あのときは本当に自由に自分を表現できていた気がするんだ。だから、その時代に感じていた想いにもう一度触れてみたくて」
「それはいいね! オレは一緒に行けないけど、向こうにいる仁がきっと力になってくれるよ」
「わかった! じゃあよろしく頼むよ、ボズ」
「了解! じゃあ行ってらっしゃい、仁。
はぴ・くにろす・うる・ぴーた」
ボズが呪文らしきものを唱え終わると自分の周りが急に明るくなり、だんだん意識が遠くなってきた。
「じゃあまた後でね、仁」
意識が無くなる前に、ボズの声が聴こえたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます