ニンテンドースイッチが欲しくて3千里(実話)

ちびまるフォイ

神「お前にスイッチは買わせねぇよ」

ニンテンドースイッチは都市伝説。


そう思い始めてはや1ヶ月。


俺の住んでいる吉祥寺は意識の高い人が多いので

そんな新作ゲーム機が輸入されることなんてまれ。


どこの電気屋さんに行っても売られていなかった。


「行くしかないか……! アキバへ……!!」


東京の電気街の中心地・秋葉原。


普段家に引きこもっている俺も一大決心をした。

というのも、以前秋葉原で可愛いメイドさんに釣られて

あやうく家計崩壊する宝石を買わされそうになった苦い青春の思い出がある。


そう、秋葉原とは魔窟なのだ。


そこに切り込む俺の脳内にはビッグブリッジの戦いとか、

更に戦う者たちとかFFボス戦メドレーがとめどなく流れている。


グッバイ吉祥寺。

こんなゲームにうとい街より俺は本丸へ挑むぜ。



電車に乗ること数十分。


御茶ノ水駅で降りて、持ち前の方向オンチをいかんなく発揮し

徒歩10分程度の道のりを2時間かけて秋葉原へ到着する。


「ここが秋葉原……!!」


まだ朝の7時にも関わらず街には人が行きかっている。


電車男なんかで見た"ザ・オタクファッション"も現存しているのに驚きだ。

街の法律とかで義務付けているレベルを疑う。


「よし、ヨドバシカメラへ行くぜ!!」


向かった先はヨドバシカメラ。


ヨドバシカメラは最近ニンテンドースイッチを店頭販売しているとネットで見た。

開店時間の1時間30分前に入り口にいれば、開店と同時にスイッチゲット。


家に帰るころには誰もがうらやましがるゲーム機を手に提げているだろう。


到着したヨドバシアキバの前には1枚の紙が貼られていた。




本日、当店での下記商品の販売はありません。


ニンテンドースイッチ/グレー

ニンテンドースイッチ/ネオンブルー・ネオンレッド



「ええええええええ!?」


おきのどくですがあなたの早起きと交通費はムダに消えました。


ドラクエのデータが消える音が聞こえた気がした。

さらに下に小さくとどめの注釈まで書かれている。




※インターネット・SNS等でさまざまな情報が錯綜しておりますが

 店内および店外での待機はほかのお客様の迷惑になりますのでご遠慮ください。




「帰れと!? このまま帰れと!?」


なんだこれ。

鬼ヶ島に来たのにドレスコードで返されるような気分。


このまま「はいそうですか」と帰れるか!


俺はすぐに近くのスイッチ販売情報を探した。

なんと、幸運なことにこの日はビックカメラで抽選会があるという。


「フッ……神が味方してくれたようだ」


秋葉原のビックカメラに行ってみると朝早くから長蛇の列ができていた。

朝の人の多さはこれが原因だったんだろう。



「ニンテンドースイッチ、スプラトゥーン同梱版はこちらでーーす」


スタッフが朝から声を張り上げて案内をしている。

列を追いながら最後尾を目指すが……見えない、見えない、見えない。

やっと見つけた立て札には、



『中間』


「中間!? まだ先あるのかよ!?」


最後尾ではなく中間と書かれていた。

やっと見つけた最後尾に並び、腕にリストバンドをつけられた。


ネットでは「あたり番号抜かれてる」という憶測もあっただけに

スタッフはわざわざ番号を読み上げながら渡していた。


"不正してませんよ。ちゃんと連番で渡してますよ"


のアピールなんだろう。


「さて、結果発表まで楽しみだ!」


普段引きこもりで時間のつぶし方がわからない俺は

秋葉原⇔上野 を徒歩で行ったり来たりして時間をつぶした。

たぶんフランダースの犬くらい歩いたと思う。もうすぐ死んでた。


結果が発表される2時間後、ビックカメラ入り口には人だかりができていた。


高鳴る鼓動を抑えて当選番号を受験生のように目で追っていく。



「…………え?」



もう一度目で追う。



「…………なん……だと……」



落ちていた。

前後が当たっていたとかネタにもできないほど落ちていた。

かすりもしなかった。


世界が灰色になってぬとねの区別がつかなくなるほど顔が崩れた。


「ああ……あ……早起きして……ネットでしらべて……。

 交通費をつかって……2時間迷って……これだけ歩き続けて……。

 成果はゼロなんて……そんな……」


調査兵団が"何の成果も得られませんでした!"とかいうレベルの絶望。


今にも発狂しそうなとき、近くの親子連れに目が行った。



「お父さん! 当たってる!! 当たってるよ!!」

「やった!! やった!!」


兄弟だろうか。

子供がお互いに抱き合ってぴょんぴょん跳ねている。


親は恥ずかしそうにしながらも子供の笑顔が見れた安堵の表情で、

ビックカメラスタッフはにこやかに「おめでとうございます」と声をかけていた。


なんか……ほっこりした。


俺は帰りの電車に乗った。



「もし、俺が当選してあの親子が落選していたら

 きっとそっちの方がいやだったな」


なんの成果も得られなかったけど、

俺の代わりに当選した人が幸せになればそれでいい。


「あ、そうだ。イヤホン壊れたから買わなくちゃ」


最寄り駅の吉祥寺駅につくとヨドバシカメラによった。

そのついでにゲームコーナーに行ってみると列ができていた。


最後尾の看板を持つ店員に声をかけてみる。


「あの、この列はなんですか?」


「ああ、ちょうど先ほどニンテンドースイッチが入荷されて

 その購入待ちの列なんですよ。

 でも、もう並んでいる人で全部売り切れです」




「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」



わざわざ秋葉原まで行くことなかった。

俺の日曜日は終わった。

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