第27話
どうやったのか分からないけど、武史は軽トラックの鍵を開け、あっけなくエンジンもかけた。蒼は助手席に乗って、座席に沈み込むように、身体を預けた。
トラックは武史の家に向かうことなく、火事を迂回して山道を下りる。途中、山頂へと向かう道は規制線が張られ、通行止めになっていたが、下りるには問題なかった。
疎らだが住宅が増えていく。しばらく走ると、大通りの交差点にコンビニがあり、立ち寄ることにした。切られたカットソーの背中部分を、応急処置としてセロテープで繋ぎ、夕飯にコンビニ弁当を食べる。
生きて帰ってきたのに、何故か気持ちが晴れない。誰かが監視しているんじゃないか。自宅に帰ったら、家族を危険に晒すことになるんじゃないか。
武史は日常生活に戻ってもいいと言っていたが、蒼は普通の生活には戻れないと思っていた。けれど一度だけ、たった一度だけでいいから、帰りたかった。
意を決して、公衆電話から自宅に電話する。
「はい、川瀬です」
恋しかった母親の声。
「私だけど」
「蒼? あなた大丈夫なの? 大きな山火事が起きてるから、何度も携帯に電話してたのよ」
「ちょっと携帯とか財布が入った鞄を落としちゃって」
「落としたって、いま、どこにいるの?」
「高校の同級生の家に遊びに来て、いま鞄を探しに外に出たとこなんだけど、見つからなくて。それで、今日は帰りが遅くなりそうなの。だから鞄が見つからなかった時のために、家の鍵、ポストに入れて置いて」
「何時になりそうなの?」
「深夜を過ぎちゃいそうだから、先に寝てて。ごめんね。でも、私は大丈夫だから」
さらに質問責めになりそうで、蒼は一方的に電話を切った。心配する母親を安心させたかったが、逆に不安にさせてしまっただろうか。
***
家族が完全に寝静まる、午前3時まで待ち、軽トラックで自宅前に乗り付ける。子供の頃からずっと住み慣れた、私の家。2階の自室はもちろん、1階のリビングも明かりは消え、静まりかえっている。
「じゃあ、一度帰るね。30分くらいしたら戻るから」
武史が頷く。武史には一緒に東京に行きたいとお願いをしていた。東京に行ってからの後は、何も決まっていない。
ポストから鍵を取りだし、ドアの前に立つ。部屋の明かりは消えていたが、もしかしたら母親は蒼を心配して、起きているかもしれない。音を立てないように慎重に、ゆっくりとドアを開ける。普段なら玄関の明かりを付けるけれど、真っ暗なまま靴を脱ぎ、階段を上がり、二階の自分の部屋に急いで入った。
何も変わってなかった。何一つ、昨日と同じ。吸い込まれるようにベッドに倒れ込み、うずくまる。枕からする自分の香りが、懐かしく感じた。どうして、どうしてこの生活を捨てなきゃいけないの。
枕カバーに顔を押しつける。止めどなく溢れる涙が、染み込んでいく。蒼はうずくまったまま、しばらく動くことが出来なかった。
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