第26話
空を飛んでいたのは僅かな時間のように感じたけれど、案外、長かったのかもしれない。再び地面に立つ感覚を取り戻した時には、辺りは暗く、既に夜になっていた。
山頂付近の広い駐車場だった。近くにシャッターが降りた小さな売店があり、武史は売店に向かって歩き出す。蒼は疲れ切って、声を出すのも億劫だったので、黙って後について歩いた。
武史の背中には、もう翼がない。服が肩胛骨あたりで破け、大きな穴が二つ空いているだけだった。いつの間に無くなったのだろう。
売店には一台の自動販売機が置いてあった。武史は財布を取りだし、硬貨を入れると、ペットボトルの水を買う。
「飲めよ」
渡されてから、酷く喉が乾いていたことに気づいた。キャップを開け、一口、飲み込む。豊かな香り、繊細で奥深い味が、全身に染み渡るように広がった。水ってこんなに美味しかっただろうか。よほど身体が欲していたのか、一気に一本分を飲み干す。
飲み足りなかった。水分は砂漠にでも撒いたかのように消え、再び乾きを覚える。そんな蒼の表情を見て、武史はまた水を買った。
飲んでも飲んでも気が済まない。足下は忽ち空になったペットボトルでいっぱいになった。蒼が13本、武史が8本を飲んだところで、水が売り切れになった。まだ乾いていたけれど、水以外のものは何故か飲みたいとも思わなかった。
「少しは気が済んだか」
蒼は頷いた。武史が神妙な表情で、頭を下げる。
「本当に、巻き込んでしまってすまない」
「事情を話してくれますか」
「もちろん」
空のペットボトルを片づけ、売店の階段に並んで座る。自動販売機の青白い明かりが二人を照らした。
「昔、住んでいた星で、俺はカイという名前だった」
食料や資源の枯渇から、地球に侵略するためにやってきたこと。けれど故郷と対立し、かつての仲間と戦ったこと。蒼は脳裏に浮かぶ記憶と照らし合わせ、確かめる。
瀕死になった自分を生き返らせるために、武史は白い石の欠片を自分に飲ませていた。石は光球の力を凝縮させたものだった。
「川瀬が敵を倒してくれたおかげで、止めを刺されなかった。ありがとう。でも、もう光球の力は使わない方がいい」
「なぜ?」
武史は右肩についた黒い染みを指さした。よく見ると、身体のあちこちに黒い染みはあった。
「光球の力を使う代償として、俺たちの血は淀み、黒くなってしまう。いずれは身体全体が石みたいに動かなくなるだろう」
「私も、そうなるの」
「いや、おそらくまだ大丈夫だ。結晶化した光球の力を使ったに過ぎないし、大量の水を飲むことで防げるはずだ」
上空を2機のヘリコプターが、激しい音を立てて通り過ぎていく。ヘリコプターはあっという間に、夜空に消えた。
「これからどうするの?」
「川瀬の好きにすればいいさ。敵の目的は俺だし、普段の暮らしに戻ってもいいだろう。ただ、命を狙われる可能性は、完全には否定できない。いずれにしても、本格的に侵略が始まったなら、誰であっても命の保証なんてないけどな」
「鳴海さんは?」
「俺は、東京にでも行くさ」
武史がゆっくりと立ち上がる。
「とりあえず、駐車場の端に停めてある、あの軽トラックを拝借しようか。家まで送るよ」
「ヤバい!」
「どうした」
「お母さんの車、置いて来ちゃった」
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