第25話

 山頂に向かって登っていたはずなのに、いつの間にか傾斜は無くなり、平地を進んでいた。


 もうすぐ僅かな光さえ無くなって、右も左も分からなくなる。その前に民家にたどり着かなきゃと気持ちは焦るけれど、走れない。ただ振り子のように足を前に出すだけだ。


 敵は死んだのだろうか。自分が殺してしまったのだろうか。逮捕されるのだろうか。それとも他の異星人に殺されてしまうのだろうか。


 思考力が低下して、何も判断できなくなっているのに、問いだけはグルグルと頭の中を回ってた。なにより、自分に妙な記憶を残した武史は、死んでしまったのだろうか。


 立ち止まった。森に差し込む光を感じる。向こう側に開けた場所がある。蒼は残っていた力を全部振り絞って走った。


 崖にたどり着いた。視界一面に、赤く、燃え盛る炎が広がっている。ほぼ真下に廃線のレールも見える。木を迂回するうちに方角が分からなくなっていたのかもしれない。


 肌を焼くような熱と、咽せるような煙。全身の力が抜け、蒼はその場にしゃがみ込んだ。もう足が動かない。


 見上げると既に夜が訪れていて、西の空には一番星が見える。武史のように背中に翼を生やすことができれば、炎が届かない、あの夜空まで飛んでいけるのに。


 試しに翼を生やそうと肩を強ばらせ力を入れてみるけど、もちろん変化はない。実際に皮膚を突き破って翼が生えてきたら、それはそれで怖いけいけど。そう思うと、少し笑えた。


 蒼は仰向けになって地べたに寝転がった。もう死ぬんだと思ったけれど、涙は出なかった。


 先程、敵を倒したあの光は何だったんだろう。本当に自分で出したものだろうか。夜空に向けて、人差し指を構える。指先に光をイメージすると、腕の中を何かが伝う感覚があった。


「バンッ!」


 指先から現れた光の玉が、夜空に向かって飛んでいく。不思議な力は本当だったんだ。手のひらをじっと見つめたが、暗くてよく分からない。自分の身体のはずなのに、いつの間にか、知らない物体に変わってしまったのだろうか。でも全く嬉しくない。光を飛ばせても、今の状況は変わらない。


 夢だったらいいのに。いや、全て夢なのかもしれない。自分の部屋で目覚めたら、どんなに良いだろう。子供の頃からずっと使っているベッド。優しい音で起こしてくれる目覚まし。母に急かされながら食べる朝食。いつもの朝が恋しかった。


 瞼を閉じた蒼の頬を、風が通り過ぎる。何度か繰り返し吹くと、風は急に強くなった。目を開けると、翼が生えた人影が立っていた。


「生きてるか?」


 聞き覚えのある鳴海武史の声だった。


「どこか怪我したのか?」


 上体を起こして、蒼は首を振る。


「大丈夫。鳴海さんこそ、生きてたの?」

「だいぶやられたけどな。シータを倒したの、蒼だろ」

「シータ?」


 初めて聞いたはずなのに、聞き覚えのある名前だった。武史が住んでいた星の記憶の中で、何度か見かけたことがある。清楚で綺麗な女性だった。


「それより、ここから逃げるぞ」

「逃げるって」


 武史は翼を羽ばたかせると、何の声がけもなく自分を抱え、飛んだ。


 地面から足が離れ、急な上昇に身体が縮こまり、武史にしがみつく。怖さと恥ずかしさで目を閉じた。


 しばらくすると上昇する感覚はなくなって、浮遊感にも不思議と慣れてくる。ゆっくり薄目を開けると、地平線の向こうに、湾曲する地球の丸みが見えた。

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