第24話

 蒼は光が届かない山の斜面を、急ぎ、歩いていた。ほとんど暗闇同然で、急に木が現れては進路を塞ぐ。足下も暗くて見えない。日中降った雨のせいで地面がぬかるみ、何度も足を滑らせそうになった。


 それでも必死に進もうとしているのは、これが現実だと分かっているからだった。ついこの間まで、1人の同僚にすぎなかった鳴海武史が、目の前で翼を生やし飛び立ったとしても、夢ではなかった。


 自分のものではない、別の星の記憶を受け入れた。きっと武史の記憶なんだろう。だから夢みたいな現実でも、妙に納得しているのかもしれない。


 森の斜面を登った先に、地面が少しだけ明るくなっている場所があり、蒼はそこへ吸い寄せられるように歩き、立ち止まった。見上げると、木の枝葉が途切れ、赤い残光が空に見えた。


 不意に、黒くなった枝葉が大きく揺れた。思わず息を飲む。正面の木の上に翼を生やした人影がいる。武史ではない、きっと武史が闘っている敵だ。


 早く逃げなきゃ。気づかれないように姿勢を低くし、音を立てないように片足をゆっくり上げ、移動しようしたその時、敵の翼が動き、直後に強烈な光が発せられた。一直線に伸びた光を追い、蒼が振り向くと、遠くの空で、別の影が落ちていくのが見えた。


 恐怖や怒りではない、別の感情が沸いてくる。なぜ争い、奪い合わなければならないのだろう。助け合いの道を模索することもしない。地球が滅ぶ間近の星だったとして、近くに同じような星があったら、やはり侵略するのだろうか。


 叫んでいた。言葉にならない悲鳴に近い。悲鳴と一緒に体内から、不思議な力が沸き上がるのを感じた。胸元に視線を落とした。目の前にテニスボールくらいの大きさの光の球体があった。小刻みに振動する光の球体を、蒼は両手でそっと掴み、敵の方へ押し出した。


 光の球体は少し膨らむと、何かの力から解放されたかのように弾けた。目の前が真っ白になるくらい強い閃光。光の軌道は敵の真ん中を貫いていた。


 敵の影が静かに揺れた。それから急にバランスを失い、大きな翼で激しく枝を折りながら、地面に落ちた。翼に覆われた大きな塊。蒼は数歩、後ずさりをしてから振り向き、逃げるようにその場を去った。

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