第19話
道がない山の斜面を走った。何度も通った斜面だった。木々の間隔や位置を体が覚えている。追いかけてくるラムダは、木々に遮られ速度が出せないのだろう。距離は徐々に開いていた。
地球人のために、この戦いを始めたわけではなかった。もちろん、川瀬蒼を守るためでもない。武史が守りたかったものは、まだ生態系のバランスが保たれている地球そのものだった。
バランスを崩す要因があるとすれば人間だ。先進国は際限なく消費を拡大させ、途上国は換金作物を生産するため人口を増やし、格差も広がっていく。必要以上の欲のため。そう言う意味では、滅びゆく故郷同様、地球もゆるやかに崩壊に向かっている。
それでもまだ間に合うし、地球の問題は地球人が悩み、解決すればいいのだ。仮に故郷の仲間が侵略すれば、すぐに地球の寿命は尽きるだろう。武史は侵略を阻止したいだけだった。一人では到底太刀打ちできないとしても。
蒼が苦しそうに顔を歪めた。すまない、巻き込んでしまったな。武史は心の中で謝罪した。
当初は地球人の命なんて、家畜か野生動物程度にしか感じていなかった。生活を観察し、言語を覚え、自分で社会の中に溶け込もうとすると、人とのふれあいにぬくもりを感じた。必要以上の欲望に執着したところで、どうせいつか死ぬのだ。それなら、ぬくもりを大切にしたい。そう、蒼に感じる感情は、ぬくもりなのだ。故郷にいた頃もぬくもりを感じなかった訳ではないが、生きることそのものが殺伐としすぎていた。
「死ぬなよ」
走りながら、武史は声をかけた。意識がないのだろう、蒼の反応はない。
木々を抜け、ようやく廃線にたどり着いた。後を追うラムダの気配を感じて、一瞬、後ろを振り返る。気を抜けばすぐに追いつかれるだろう。いいぞ、そのまま追って来い。
西の空が地平線から赤く色づき始めていた。
蒼を抱え直し、また走る。やがてトンネルの入口が見えてきた。犬の姿はもうない。武史は光球を1つ放ち、暗い穴の中に飛び込んだ。
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