第15話

 男は標的を見失った。闘虫を煙の中に飛ばしても、行ったり来たりするだけで、何の手応えもなかった。


 何処に行ってしまったのだろうか。立ち上る煙の先には、周囲の木々から枝が伸びている。上へ飛んだのか? そう思い、闘虫を上昇させたが、ガサガサと葉が揺れただけで、やはり手応えはなかった。


 闘虫がひとかたまりの集団となって、煙の中から出てくる。虫としての本能が煙を嫌がっていて、これ以上、飛び込ませるのは限界だった。


 遠巻きに見ていると、煙の広がりは収まり、徐々に下流へ流れていくようだった。このまま一緒に、流れていくつもりか。無駄だ。どこまでも追いかけ、煙から出たところを狙い撃ちにしてやる。


 カイは光球を弾丸のように飛ばすことはできない。身体の一部を変化させるタイプで、近接戦闘向きなはずだ。つまり、距離を詰められる前に、闘虫の餌食にすればいいのだ。どんなに強くても、百数十匹を相手にすることは不可能だ。


 頭上高く、陰になった緑の隙間から、眩しいほどの陽光が差し込んでいる。目を凝らすと、陽光をわずかに屈折させながら、光球が漂っているのが見えた。やはり上か。男はその場で身構えた。闘虫が素早く光球を食いちぎる。


 空気を切り裂く甲高い音。男は胸の辺りに衝撃を感じ、思わず身体を折った。二弾目、続けて衝撃を受ける。手が黒い血で染まる。足下に鋭利な小石が転がった。


 揺れる煙の中から、カイが飛び出してきた。今だ、襲え! 闘虫を向かわせるが、カイの速度は恐ろしく早かった。下段に構えたカイが、もう目の前にいる。


 苦し紛れに突きだした腕が切り落とされた。それが男が目にした最後の光景だった。


***


 男を切り、武史はそのまま駆け続けた。闘虫はまだ追って来る。けれど一斉には襲ってこない。習性から標的を追っているだけで、主がいなければ連携できないのだ。


 一本の巨木を見つけると、武史は巨木を背にした。十分に引きつけながら、闘虫を次々と切り捨てていく。


 どのくらい時が経っただろう。騒がしかった羽音は、やがて打ち付けるような雨音に代わった。


 熱を帯びた全身を、冷気が包み込む。刀化した腕を振り、最後の一匹を切り終えると、武史は息を吐いて、呼吸を整えた。闘虫の死骸が山のように積まれていた。


 力を使いすぎたのだろう、血が淀んでいる感覚がある。酷く喉が乾いていた。沢まで下りて、水を飲みたい。再び歩きだそうとした武史の前に、光球が1つ現れた。


 おもむろに光球を掴み、体内に取り込むと、脳裏に映像が浮かんだ。数日前まで暮らしていた武史の家の中、椅子に座った川瀬蒼の姿が見える。なぜ? その側に、故郷の仲間だったラムダが立っていた。

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