裏切りの理由
第10話
川瀬蒼はパソコンに向ながら、ずっとガムを噛んでいた。
昨日から鳴海武史が無断欠勤をしていて、連絡が取れなくなっていた。自分でもメールをしてみたが、返信なし。3年前に起きた失踪事件のこともあり、週が開けても連絡が取れなかった場合は、警察に相談することになっていた。
その悠長な上司の対応に、苛ついていたのだった。苛つくと、ガムの量が増えていく。でも、何でこんなに苛ついてるんだろう。恋人でもないのに。
蒼は定時に仕事を終え、帰路につく。
駅のホームで電車を待ちながら、いやいや、同僚が失踪したかもしれないのだから、心配して良いはずだ、と思い直した。
「明日、休みだし、熱帯魚を見せてもらいに、行ってみよう」
武史の家の住所は、会社内で共有されている緊急連絡簿があるから分かるはずだ。
空はまだ明るかったが、巣へと帰るカラスたちが、群を成して空を回っていた。
***
翌日、蒼は午前中にスーパーで、冷凍のピザと、コーラ、お菓子などを買い、車で武史の家へ向かった。もしも武史が家に居なければ、持って帰って自分で食べればいいのだ。
武史の家は、町からだいぶ離れた山の麓にあった。空き地に車を停め、スマホのGPSで何度も場所を確認してから、蒼は車を降りた。
瓦葺き屋根の木造の家、壁はだいぶ色あせている。道に面して雨戸が閉められており、中の様子は分からなかった。
玄関に立つと、前に表札がない。再度、GPSで位置を確認してから、辺りを見回す。辺りは木々に囲まれて、住宅も畑も、人影もなかった。
「ここのはずなんだけど」
引き戸に側耳を立てる。物音がする! 武史は家の中にいるんだ。
蒼は呼び鈴が無いことを確かめ、すりガラスの格子戸を叩き、大きな声を出した。
「鳴海武史さん、川瀬蒼です。中にいらっしゃいますか」
すぐに返事は無かったが、戸の向こうに人の気配がし、ゆっくり戸が横に引かれる。そこには知らない男が立っていた。
男性にしては小柄だが、しっかりした体格で、少し幼い顔立ちをしている。
「すみません、家を間違えました」
蒼が慌てて頭を下げると、
「いえ、合ってますよ。鳴海武史の家で間違いないです」
そう言って男が微笑んだ。
「私、鳴海さんと同じ会社の者ですが、連絡が取れなくて困っていたんです」
「無断欠勤、と言うことですよね」
「はい」
男はたいして驚きもせず、少し考えてから、さらに格子戸を引いた。
「兄は今、出かけていますが、もうすぐ帰ってきますよ。宜しければ中で待ちませんか?」
「いえ、そんな」
「ちょうど今、チョコレートブラウニーを焼いていた所なんですよ」
確かに、奥から甘い匂いが漂ってきた。
「遠慮なさらずに、どうぞ」
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